40.あーんで食べ合う
理想の声を手に入れて、柘榴はいっそう歌の練習に励むようになった。
朝から美しい声が聞こえると、俺の相棒が元気になってしまいそうだ。
ティッシュに手が伸びて朝から体力を消費しそうになる。
「あれは爺さんだ、あれは爺さんだ」
七龍の顔を思い浮かべて、心の平穏を守る羽目になった。
爺さんの心まで女になったら考えるが、今は手を出さない。
絶対に爺さんの喘ぎ声なんて聞きたくないからだ。
もし理想の女性の姿からそんな声を聞いたら、男として不能になってしまう。
「アニキ、おはよう」
悶々とした気持ちを抱えていると、ラピィが朝食を作りにやってきた。
女装を決めている腐ったドワーフを見ると、心が落ち着きを取り戻した。
おさげ髪にするだけでなく最近は化粧にまで手を出したらしい。
見た目は可愛らしさが増していた。
だが、男に手を出す趣味はない。
心が男である柘榴とも一線は越えない。
俺は正常だ。
「どんな格好をしていてもラピィは男だからな。体は女の柘榴と違って、気兼ねなく相手ができるのはいいよな」
男同士の気さくな関係を維持できるのは楽でいい。
相手が女になってしまうと、距離感がわからない時があるのだ。
「そ、そうなんだ。嬉しいような、そうでないような」
俺の率直な気持ちを言っただけなのに、ラピィは微妙な顔をして唸っていた。
「女の心を知る為に色々と試したいのじゃが、太郎に協力してもらえんかのぅ」
朝食の席で柘榴にそう言われて、俺は危うくジャガイモの味噌汁を吹き出しそうになった。
破廉恥な行為を思い浮かべて、思わずギョッとしてしまう。
ただ味噌は限られているのだ。
カロリーを無駄にしない為にどうにか飲み干した。
ロココやラピィも驚いた顔で柘榴を見ている。
俺と同じように考えたのだろう。
「お、お姉ちゃん、エッチなのはいけないと思います」
めっちゃロココが真顔だった。
スプーンを持つ手がプルプル震えて顔が赤くなっている。
尻尾が落ち着きなく畳を叩いていた。
「いや、そういうことはなしじゃ。ワシもムードというものを大切にしたいからのぅ。ロココの真似をしたいだけじゃよ」
「どういうこと?」
ロココがきょとんとした顔で首を傾げる。
「こういうことじゃ、ほれ、あーん」
柘榴は俺の横に座ると箸でつまんだジャガイモの煮物を俺の口に持ってきた。
今の今まで柘榴が口に入れて使っていた箸だ。
箸の先端は唾液で濡れているに決まっている。
迷う、物凄く迷う。
「え、お兄ちゃん、どうするの」
いきなりの柘榴の行動に面食らったロココとラピィは箸の行方に注目していた。
柘榴は軽く微笑むだけだが、有無を言わせない雰囲気があった。
その圧力に屈して俺は口を開く。
そっと俺の舌にジャガイモの煮物が置かれた。
もしゃもしゃと食べる。
味は変わらないのに舌が熱くなりそうだ。
「ほほぅ、男に甲斐甲斐しく世話を焼くと、何となくワシの胸がむず痒くなる気がするのぅ」
柘榴は興味深そうに胸を押さえた。
それだけでポヨンと魅力的な膨らみが揺れる。
「どうじゃお主は。何か味でも変わったか?」
「ふつーだよ。こんなことで味が変わるわけがないだろ」
照れ臭くなったが、尻をつねって必死に誤魔化した。
「そうじゃの。味が変わるはずもない。でも、ワシにも試してもらえぬか?」
「えっ?」
柘榴が口を開いた。
潤いのある桃色の唇から綺麗に整った白い歯と健康的な色をした舌が見えた。
怪獣みたいだった七龍の口とはまるで違う。
龍の顎で石でも噛み砕けそうだったのに、今は思いっきり口を開いても俺より小さい。
血色のいい舌が催促するように動いた。
「うわ、オイラまで妙にドキドキしちゃうよ」
ラピィの視線が強くなった。
腐っても男ということか。
美人の唇には男を惑わす効果がある。
「小さく切らないと口に入らないよな」
七龍ならジャガイモ丸ごとでもペロリと平らげそうだが、柘榴の小さな口では難しい。
ただジャガイモの煮物を箸で切るだけなのにやけに緊張する。
ジャガイモの小片を箸でつまんだはいいが、プルプルと手が震えていた。
箸からジャガイモを落としそうになったところで、すっと柘榴の顔が動いた。
「おっと、危ないところじゃったな」
パクッとジャガイモを受け止めると、咀嚼しているようで微かに唇が動く。
すらりとした首が少し盛り上がって飲みこんだことがわかった。
それだけの行動なのに俺の心臓がドクンと跳ねる。
「ジャガイモの味がしたな。お主の味はしなかったわ」
おかしそうにクックックと柘榴は喉で笑った。
「お兄ちゃん、今度は私の番」
「オイラは次」
「何が悲しくて男からあーんをしてもらわなきゃいかんのだ」
「そんなぁ。オイラだけ仲間外れなんてひどいよ」
いや、当然だろ。
腐れドワーフの唾液なんてバッチィだけだ。
「はい、お兄ちゃん。あーん」
「うん、美味いな」
ロココに食わせてもらってもちょっと心拍数が高くなるが、ほっこりする気持ちの方が大きい。
照れ笑いをするロココは子犬みたいに愛らしかった。
「お姉ちゃんもあーん」
ロココが柘榴にもスプーンでジャガイモを差し出す。
仲睦まじい姿のはずなのに、見た目が女の子だと妙にドキッとした。
「おや、ワシにもか。これはこれで新鮮な感覚だのぅ」
「うん、何となく気恥ずかしいね」
ロココと柘榴は顔を見合わせて頬を染めていた。
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