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4.勇者のお約束 家探し

 使えるものを求めて部屋の外に出た。


「ここはどこなんだろうな」


 この辺りは晴れていて太陽が見えるが、四方は不吉な黒雲に覆われていた。

 俺がいた異世界もいつも黒雲に覆われて太陽が見えるのは稀だった。

 そう考えるとまだ同じ異世界にいるのかもしれない。


 駐車場には大家さんが置きっ放しにしているリヤカーがあった。

 他には車がない。


「アパートの転移に巻きこまれた人がいなきゃいいけど」


 俺がアパートに帰りたいと願ったことで新たな被害者が出ていたらやり切れない。


 とりあえず玄関前に落ちていた鍵の束を拾って、101号室を訪れる。

 ここは農家を営んでいた大家さんが倉庫代わりに使っていた部屋だ。

 住人はいない。


「大家さん、まさかいませんよね?」


 一応ノックしてみたが反応はない。

 101のタグがついた鍵を錠前に入れるとスッと入って抵抗なく回った。

 やはりアパートのマスターキーで間違いない。


 ジェスターがアパートをくれるというのは本当らしいが、大家さんや他の住人にとってはいい迷惑だ。

 このアパートがコピー品の可能性もあるが、神でもないのに俺にわかるはずもない。

 俺にできるのは無事を祈ることだけだ。


「ごほっ、ごほっ、すっげぇ散らかっている」


 使わなくなった農具や草刈り機。正月にしか使わない臼や杵。藁束わらたばや太鼓なんかが雑然と置かれていた。

 凄く埃っぽくて咳が出てしまう。

 袋にしまわれたものもあるが、パッと見た限りではすぐ必要になるものはない。


「次に行くか」


 気持ちに余裕がないので、ちゃんと調べようという気にはならない。


 102号室は母子家庭で小学生の娘さんがいる部屋だ。

 俺の部屋の左隣になる。

 小学生の千春ちゃんはこんな汗臭いデブの俺にも挨拶ができる良い子だ。


「お隣さん、いますか?」


 生活音の一つもしないのでいないのは間違いないとは思うが。

 コンコンとノックをしてから三分ほど待つ。


 人の住んでいない101号室と違って緊張してきた。

 鍵を持つ手が脂汗で滑り落ちそうだ。

 いつもぼっちの俺は他人の家に入るのは小学生の時以来だった。


「お、お邪魔します」


 ヌルヌルする手で苦労して鍵を開けて玄関に入った。

 無意識にコソコソとした忍び足になる。

 古い床がミシミシと鳴るので全くの無駄だったが。


 俺は一応世界を救った勇者のはずだが、パンツ一丁の姿では不審者もいいところ。

 日本で通報されたら一発アウトだ。


 整頓された部屋からはほっとするような生活臭がする。

 お母さんって感じだ。

 故郷にいる両親を思い出して、切なくなった胸を押さえた。


 まず調べたのは台所から。

 棚には粉物が入った袋や米が入ったケースがあった。

 これだけでも大発見だ。特に米は嬉しい。

 デブのステップで床が大きくギシギシと鳴った。


「これは夕飯の残りかな」


 冷蔵庫を開けると冷たい。

 他の部屋でもちゃんと電気が通っている。

 冷蔵庫には余り物や食材が保管されていた。


「ありがとうございます」


 思わず手を合わせて頭を下げる。

 見ているだけで唾がわいてきた。


 気づいたら煮物が入った小鉢をつまみ食いしていた。

 家庭の味がして手が止まらない。


「くくくくく、我慢だ、我慢」


 冷蔵庫を閉めるには意志の力が必要だった。


「廻しに使えそうな長い布はないかな?」


 何となく背後を気にしてキョロキョロしながら引き出しを調べる。


「これはハンカチか。さすがに小さ過ぎて使えないな」


 何の気もなしに小さな布を広げて、


「どわああぁぁ!」


 変な声が出た。顔から汗が吹き出す。

 お母さんのパンツだった。


 パンツ一丁の不審者から変質者にクラスアップだ。

 慌ててパンツをしまう。全く心臓に悪い。


 俺はデブでも紳士だ。

 パンツの匂いを嗅いだり舐めたりする趣味はない。今のところは。


 ミシンが置いてあったので大きな布もあるかと思ったが、押入れにあったのは布の端切ればかりだった。

 千春ちゃんのお母さんは小物作りが趣味だったかもしれない。


「こんなとこか」


 ずっと家探ししていたら日が暮れてしまう。

 適当なところで切り上げて105号室に向かう。

 ちなみに103号室が俺の部屋で104号室は存在しない。


「こいつにはいい思い出がないよな」


 おざなりにノックをして鍵を開けた。

 ここに住んでいたのは音楽狂いの大学生だ。


 夜でもギターを弾いたり、人を呼んで大騒ぎをしたりでいい迷惑だった。

 何度我慢を強いられたことか。


 部屋で目につくのは当然楽器だ。


「ギターに、これもギター? なんでこんなに持ってるんだ」


 見た目では楽器の違いがわからない。

 俺にわかるのは高そうってことくらいだ。

 今頃大学生が慌てているならザマァとは思ってしまう。


「ちょっと弾いてみるか」


 少しだけ興味を惹かれてギターの弦を太い指で弾いてみる。

 鈍い音が出た。

 不器用な俺では扱える気がしない。ブタに楽器だ。


「ちっ、リア充め」


 ギターの他には薄型のテレビがあって、ゲーム機が繋がれていた。

 ソフトはパーティゲームが多い。


 俺には女友達がいたことがない。

 異世界でのパーティメンバーも頼もしき野郎ばかりだった。

 ヒゲ、ヒゲ、アニキである。


 ビキニアーマーの女戦士でも仲間に欲しかった。

 そうしたらせめて目の保養ぐらいにはなったのに。

 つきあいたいなんて贅沢は言わないから。

 知らずにため息が出ていた。


「また大騒ぎでもするつもりだったのか。でも、今は許してやろう。グフフ」


 冷蔵庫にはレンジでチンするだけで食べられる冷凍食品がぎっしり入っていた。

 揚げ物が多い。ソフトドリンクやビールもある。

 また学生で集まって宴会でもするつもりだったのだろう。


 コロッケ、唐揚げ、チキンナゲット、ピザ。

 デブの体を維持するには必要な食品だ。


 異世界では揚げ物料理を見ることがなかった。

 ほとんどの調理方法が焼くか煮るかの二択だ。

 単調な料理にはもう飽き飽きしていた。


 一階で最後の部屋になる106号室。

 ここに住むのも大学生。しかも女子だ。

 うん、俺みたいなブサメンはドキドキしても不思議はないのだが、あいにくとそんな気にならない。


 たまにすれ違うと、彼女はいつも目の下に黒い隈を作って不健康そうな顔色をしていた。

 口の中でボソボソ呟いていることもあって不気味だった。

 人づきあいが苦手そうで俺と同類の臭いがした。


「うっわ! なんか臭いな」


 女の子はいい匂いがするという幻想が一撃で砕かれる。

 悪い方向に予想以上だった。

 俺の部屋だって片付いているとはいえないが、彼女の部屋は足の踏み場がない。


 ラノベと漫画、薄い本で床が埋め尽くされていた。


「腐ってやがる。もう手遅れだな」


 薄い本を拾った俺はそう呟いた。

 ボーイズラブやオネショタ本が多い。

 とりあえず本を山積みにしながら冷蔵庫まで足を進める。


「びみょー。ないよりましか」


 冷蔵庫には栄養ドリンクとコーヒー缶が並んでいた。

 他にあるのはゼリー飲料やチーズブロック。

 まともな食品はないに等しい。


 部屋の隅々まで調べるとなると、この腐界から何が出てくるかわからない。

 女子大生の余計な趣味まで知ることになりそうだ。

 それは敬遠したい。


「収穫もあったけど、無駄に疲れた気がするな。今日のところはこれでいいか」


 アパートには二階もあるが、疲れてしまって調べる気力はなかった。

 やっぱり他人の人生に関わるのは最小限にしたい。

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