39.勝負には勝ったが
「お主も久しぶりに手合わせをしてみんか。正解がわからぬままではモヤモヤするじゃろう」
柘榴が汗を太陽の光で反射させて輝くような笑顔で俺を手招きした。
そう言われると俺の負けず嫌いなところが出てきてしまう。
「思いっきりめくってやるから後悔するなよ」
「ほっほっほ、お主との勝負は久しぶりで楽しみじゃな」
もちろん普通にやったのでは俺が柘榴に勝てるはずがない。
金剛布なら力押しで何とでもなるが、今しているのは赤褌だ。
「いきなり風神掌!」
立ち会う前に突風を放つ。
俺としてはパンツの色がわかればそれでいいのだぁ。
「そこじゃ」
不意打ちしたにも関わらず、柘榴に慌てた様子はない。
突風に隠れた竜巻の塊を棒で弾いていた。
そのまま受けていれば、竜巻が四肢に絡んで動けなくなっていた。
弾かれた竜巻はラピィに当たってスカートをめくる。
「いやーん」
青だった。
いやそっちじゃない。
ラピィがスカートを押さえるが、本当に誰得だよ。
それにしても見えない風すら弾くなんてとんでもない爺さんだ。
「ダブル風神掌!」
時間差をつけて左右の手から突風を放つ。
一発目は柘榴に向けたが、二発目は地面だ。
あっさりと一発目の風神掌は防がれた。
二発目が地面に当たって砂煙が立ったが、赤褌のパワーでは全身を隠すほどではない。
「力が足りなくて目論見が外れたようじゃのぅ」
「どうかな、仁王乱舞!」
俺は思いっきり足を踏み出した。
グラグラと柘榴の足元が揺れる。
体重が軽くなった柘榴は転ばないよう足を踏ん張っていた。
仁王乱舞を迎え撃とうと柘榴が勇ましい表情で棒を構える。
俺の怒涛の張り手を正面から受け流すつもりなのだ。
女になって体力や筋力が衰えても、武人の血が騒ぐのだろう。
そんなところは七龍を彷彿とさせた。
「と見せかけて、地裂衝!」
「なぬぅ」
俺が強く足を踏みこんだ時点で地裂衝は発動していた。
地割れに足を挟みこむという技だ。
砂煙を起こしたのも地面を隠す為だった。
俺は手技を使うことがほとんどなので、足技は柘榴の意表を突いたようだ。
それに体重が軽くなったことで、必要以上に踏ん張り過ぎていたことが仇となった。
まだ女の体に不慣れな柘榴だから通じた戦法だ。
「うぅむ、抜けぬわい」
七龍なら力づくで地割れに挟まった足を抜けたが、柘榴では力が足りない。
「グフフ、思う存分めくってやるぜ」
「うわ、アニキが身の危険を感じるような血走った目をしている」
指をワキワキと動かしてしまう。
スカートめくりなんてしたことはないのでやけに興奮していた。
「ワシから見せるのはいいが、太郎に剥かれるとなると思ったより気恥ずかしいものじゃな」
腰を隠す赤い布に指をかけると、柘榴の頬に赤みが差した。
もっと気にしないと思っていたのに、そんな態度を取られると俺まで照れ臭い。
妙にドキドキしながらペロンと赤い布をまくった。
「こ、こいつは……」
勝負には勝ったが、俺の負けだった。
正面からパンツを拝むと、無骨な突起物は一切見当たらない。
思ったよりも大人っぽいデザインで、危うくパンツが俺の血で赤くなるところだった。
「俺と柘榴が一緒に風呂に入るのかよ。複雑な気持ちだな」
美人と風呂に入れるのは嬉しいと思う反面、やたらと緊張する。
あんなに柘榴が自信ありげだったので、下着の色が赤ではないとは思わなかった。
「やけにぎくしゃくとしておるのぅ。ロココとはしばしば一緒に風呂に入っているではないか」
「ロココはいいんだよ。まだ小さいから」
ぺったんこでツルツルなボディに欲情するはずがない。
だが、柘榴は違う。
中身が爺さんってだけで体は美しい女性だ。
そりゃ興奮するに決まっている。
まさか仲間と一緒に風呂に入るだけで、こんなに動揺する日が来るとは思わなかった。
「ほれ、早く頭と背中を洗ってはくれぬか。以前と同じようにすればいい話じゃろ」
「わ、わかったよ」
広くもないアパートの浴室だ。
俺と柘榴の距離は必然的に近くなる。
少し身動きしただけで肌が触れそうだ。
汗に濡れた肌から若い女の匂いがしていた。
見た目だけではなく体臭まで変わっている。
これで加齢臭でもしたら興覚めもいいところだが、男の心を騒がせる匂いまでするのだ。
まさか視覚だけではなく嗅覚まで女性だと意識させられるとは思わなかった。
鼻の穴が無意識に広がってしまう。
「そんなに鼻を鳴らしてどうしたのじゃ?」
「柘榴からいい匂いがするからさ」
「そういうものか。あまり気にしてなかったのぅ」
柘榴は体臭まで変わっているとはあまり意識してなかったようだ。
ずっと嗅いでいるので鼻が慣れてしまうのだろう。
俺は名残惜しさを感じながら、シャワーで柘榴の汗を流す。
心を揺さぶる匂いが消えて少しほっとした。
「うっわ、髪の毛がサラサラだ」
紅玉を糸にしたような髪を洗うと、髪の間をすり抜ける指がゾクゾクとする。
滑らかで艶のある髪だ。
頭から生えた角も珊瑚のように美しい。
髪の間からうなじが垣間見える。
七龍だったとは思えないほど細くて頼りない。
簡単に折れてしまいそうで、男として守りたくなってしまう。
(これは気の迷いだ。相手は爺さんだ)
心の中で念仏のように七龍の名前を唱える。
七龍の厳つい顔を思い浮かべて、変な考えを振り払った。
「やっと髪は終わったか」
髪を洗うだけで魂が抜けそうなほど疲れたが、まだ背中が残っている。
「どれくらい力を入れて洗えばいいのかわからないな」
七龍ならガシガシと赤いウロコを力任せに洗って大丈夫だった。
タワシで洗っても平気そうな体だったのに、柘榴の肩はなだらかな曲線を描いて柔らかい。
手を置いただけで指が沈みそうな気がする。
「ほっほっほ、そんなに心配しなくても大丈夫じゃよ」
「それならいいんだが」
赤褌をしていたら力の入れ過ぎに気をつけなければならないが、今の俺は単なるデブだ。
そこまで神経質にならなくてもいいか。
「こんなに体が柔らかいのか」
ロココの体を洗ってもすぐに骨を感じてしまうほど肉が薄いのに、柘榴の体は指先に適度な弾力が跳ね返ってくる。
滑らかな肌の感触を味わいたくて、つい指に力が入りそうになった。
「これで終わりだな」
力加減に悩みながらどうにか背中を洗い終わった。
そりゃ楽しいけれど、童貞の俺には刺激が強い。
これで解放されると思ったが、
「まだ尻尾が残っておるぞ」
「……そうだったな」
尻尾のことを指摘されて、頭がクラクラした。
前回は洗ったのだから、今回も洗わないといけない。
尻尾の付け根は尻が近い。
気をつけなければ触れてしまいそうだ。
前は大きなウロコで岩でも洗っている気がしたが、今の尻尾はウロコ一枚一枚が小さい。
大理石のように滑らかな感触だ。
石鹸で洗うとツルツルと滑って、手の中でウナギのように尻尾が暴れた。
「くすぐったいのぅ。ウロコが薄くなって思ったより敏感になっておるようじゃ」
柘榴の息が弾んでいた。
俺が手で握って逃げられないようにするとビクビクと尻尾が痙攣する。
ウロコの内側にあるしなやかな筋肉が感じられた。
尻尾を洗い終わると、手から力が抜けてしまった。
背中だけしか見ないよう気をつけていたのにやたらと疲れてしまった。
「どれ、今度はワシがお主の髪を洗ってやろう」
疲れ切っていたので柘榴に任せてしまった。
頭を洗いながら俺の耳元で柘榴が鼻歌を歌う。
息が吹きかかるだけで耳の内側が熱くなった。
それに俺の大好きな声が浴室で反響して脳を揺さぶるのだ。
それだけで頭がボーっとしてしまう。
気づいた時には風呂から上がっていた。
やけにすっきりとした気分なので、念入りに柘榴が体を洗ってくれたのだろう。
そのことを覚えてないのはちょっと残念だったが、安堵の方が大きかった。




