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34.女になったので改名

 畳をラピィが掃除している間に、俺とロココは七龍チーロンの抜け殻を綺麗に拭いた。

 背中の傷にはガムテープを貼りつける。


 それから道士服を着せると、見た目は寝ているようだった。

 今にもこの七龍が目覚めそうで変な気分だ。


「服がないんじゃが貸してもらえんかのぅ」


 俺がまだ気持ちの整理をつけられないでいると、ひょっこりと七龍が部屋に顔を出した。

 腰にはタオルが巻かれていたが胸には丸い果実が揺れている。


「うわわっ!」


 俺は大慌てて収納ケースの引き出しを開けた。


「これでも着てろよ」


「見られても何も減りはせんがなぁ」


「俺の理性が削られるんだよ」


 そこにあったTシャツを七龍に投げつける。

 俺は赤い顔でうろたえていたが、ロココとラピィは胸を見下ろして何故かしょんぼりしていた。


「うぅ、絶対に勝てない」


「ロココはまだ希望があるじゃん。オイラは育つか怪しいよ」


 ひそひそ会話をしていたが意味がわからなかった。

 ロココは女の子だからあまり動揺しないのだろうが、男であるラピィが女の裸で騒がないのは納得がいかない。

 まがりなりにも王族なので、女には不自由しなかったのだろうか。


「今ならお主の服でも着れるようじゃ」


 七龍チーロンの目線は俺より僅かに高いだけだった。

 顔を見上げて長く会話をしていると首が痛くなったのにかなり縮んでいる。

 これくらいの身長の方が会話しやすい。


 裸が隠れれば興奮しないと思ったが、布地が思いっきり膨らんで胸の存在を強調していた。

 ズボンを履いてないので太ももが少し隠れるだけだ。

 大事なところが見えそうで見えないのも破壊力が高い。


「スンスン、男と女では体臭の感じ方が違うようじゃな。くさいにはくさいが何かこう惹きつけられるものがあるわい」


 見た目は美人にTシャツのにおいを嗅がれると悶えそうになる。


「あれは爺さん、あれは爺さんだ」


 念仏でも唱えるように自分に言い聞かせたが、頭が過熱していくのがわかる。


「誰が爺さんじゃ。ワシはまだ十七歳のピチピチギャルじゃよ」


 七龍チーロンが悪戯っぽく微笑みながら、俺の耳元でかなり図々しいことを言い放った。

 もはやサバを読むというレベルではない。

 それにピチピチギャルっていつの時代の言葉だよ。


 心の中で突っ込んだが、爺さんの声でも吐息が耳にかかると不覚にもドキッとしてしまう。

 Tシャツから漂う俺の臭いよりも首筋から立ち上る石鹸の匂いを鼻が強く感じた。


 安物の石鹸のはずなのに、見た目が美人というだけで芳しい匂いに思えた。

 つい鼻の穴が大きくなってしまう。

 俺は気の迷いを払うようにパンパンと両頬を叩いた。


「どうして七龍がその姿になったんだ。わけがわからないぞ」


「ワシは千歳を迎えて昇仙したようじゃ。仙人になると若返るというのう」


「若返るのはわかったけど、女になったのはどうしてだよ」


「色々な要因が重なったようじゃな。若返った姿は本人の望みが反映される。ワシは高い声を出したいと願っていたからのぅ。それにお主好みの女性を紹介できなくて申し訳ないと思っていたのも大きい」


「それで七龍が見た目は俺の好みの女になったというわけかよ。いや、困るんだが」


 理由はわかったが、爺さんが理想の女の姿になっても扱いに困る。

 そう易々と手が出るはずがない。


「何を困ることがある。別にお主の好きにしてくれていいのじゃよ」


「うん、無理。姿は好みだけど声が無理」


 いくら見た目が凄まじく好みでも、爺さんの声ではいざという時に萎えまくる。


「では日本語で喋ったらどうかのう」


「それはいいアイデアだ」


 俺の翻訳能力が働かなければいいのだ。

 これで解決すると期待したのだが、


「なんでだよ!」


 日本語で喋っていても爺さんの声が頭に聞こえた。

 どんな言葉を喋ろうとも心を反映して声を俺に伝えるらしい。


「距離を取るか、七龍が心まで女にならないと無理っぽい」


 千年も男として生きてきた七龍を心まで女に染めるのは難しいだろう。


「おかしいのう。ワシはお主のことが好きなんじゃが」


 爺さんの声でも美人に好きと言われるとドキドキする。

 顔が熱っぽくなってしまって悔しい。

 ブサメンの定めとはいえ、俺という奴は女性に対する耐性が低すぎる。


「好きでも色々な形があるじゃん。七龍の好きはアニキを人として好きとか尊敬しているってことでしょ」


 ラピィに指摘されると七龍は考えこむように唸った。


「言われてみるとそうじゃな。異性であることを意識して、太郎を慕っているわけではない」


 つまり女として男が好きなわけではないから駄目というわけだ。


「つまりワシに女としての心が芽生えれば、お主にも女の声で聞こえるわけじゃな。まずは形から入ってみるのはどうかのう」


 七龍は俺から3メートル以上の距離を取った。

 何を喋るつもりかと唇に注目してしまう。


 瑞々しい桃色の唇で柔らかそうだ。

 つい目が引き寄せられる。

 心臓の鼓動が早くなりそうでどうにか視線をずらした。


わらわは今より女じゃ」


 まだ爺さんっぽい口調だが、女としての喋り方に変えてみるようだ。

 どんな喋り方をしようとも近くでは爺さんの口調に聞こえてしまうわけだが、他の人にとっては見た目との違和感が少なくなる。

 それにずっと女口調で喋っていれば、心も影響を受けるかもしれない。


「呼び名も変えてもらおうかのぅ。太郎がわらわに相応しい名前をつけてくれぬか」


「そう言われてもなぁ」


「七龍というのはそもそもお主がつけたあだ名であろう」


「そういやそうだったな」


 やたらと七百歳だと主張するので、いつしか七龍と呼ぶようになったのだ。

 それが当たり前になっていた。


「それじゃ仙龍というのは?」


「ひねりがないのう。それに若さも女らしさもあるまい」


 ダメ出しを喰らった。

 センスのない俺ではそう簡単に思いつくはずもないが、美人に期待した目で見られては無い知恵を絞るしかない。


「俺の世界では1月の誕生石は柘榴石ガーネットという赤い宝石なんだ。そこから柘榴シーリオというのはどうだろう」


「フフッ、いいではないか。それではこれから妾のことは柘榴シーリオと呼んでくれ」


「……構わないけど」


 ずっと七龍と呼んでいたのに奇妙な感じだ。

 中身は七龍なのに呼び名を変えただけで別人になった気がする。


「まさか七龍まで参戦してくるなんて。いえ、これからは柘榴シーリオか」


 ロココやラピィは深刻そうな顔をしていた。

 戸惑うのも無理はない話だ。

 俺もずっと動揺しっぱなしだ。


「力は落ちたようじゃが、道術は問題なく使えるのう。むしろ術の力は強まっておるな」


 柘榴シーリオは七龍の抜け殻に呪符を貼った。

 すると魂のない七龍の体が立ち上がる。


「こうして見るとワシは背が高かったんじゃなぁ」


「何をしたんだ?」


「呪符で魂のない体をキョンシーにしたのじゃよ。これなら腐ることもない」


 キョンシーというのは道士によって操られる死体のことらしい。

 ゾンビと違って腐敗することはないようだ。


 柘榴シーリオの指示に従って、七龍の抜け殻は105号室に向かった。

 古強者である七龍がうら若い女性に従う姿と言うのはどうも見慣れない。


「さて、お主のシャツというのも捨てがたいが、ずっとこのままというのものぅ」


「下着を探さないといけないね。大きいのをぶら下げたままだと年を取った時に垂れるみたいだよ」


 世話を焼こうとしている割には、ロココの言葉は何となく刺々しい。

 夜中に起こされたので機嫌が悪いのかもしれなかった。


「仙人となったこの身は老いとは無縁じゃがなぁ。女がずっと若いままというのは男にとって理想じゃろ」


 柘榴シーリオが悪戯っぽい笑みを浮かべながら片目を閉じてみせる。

 中身が爺さんでもズルいと言いたくなるほど魅力的な表情だった。


 女性用の下着を探すということで、柘榴シーリオと一緒にロココとラピィは俺の部屋を出た。


「あれ、どうしてラピィまで出ていったんだ」


 自然な感じで見送ってしまったが、女装をしていてもラピィは男だ。

 一緒で良かったのだろうか。


 柘榴シーリオの裸を見ても興奮してなかったのは、若返った影響もあるかもしれない。

 腰が細い女性はドワーフの好みではなかった可能性も大きいが。


「いつも誰かいることに慣れていたから、一人というのは珍しいな」


 何だか俺だけ除け者にされた気分だった。

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