31.元気の樹
「うわぁ、お兄ちゃん、汽車みたいに速いよ」
俺はリヤカーにロココを乗せて爆走していた。
童謡で汽車を知っているロココがはしゃいでいる。
後ろにはデブの足跡が点々と残って砂埃が舞っていた。
早く帰らねばならない理由は特にないのだが、外泊するとせんべい布団が恋しくなる。
やはりアパートでないと安心して眠れない。
アパートに戻るのは夜のつもりだったが、昼過ぎにはもう近くまで来ていた。
「あれ、帰る方向はこっちで合っているよな」
見覚えのない山が見えてきて俺は首をひねった。
異世界には正確な地図も道路標識もない。
周りの景色を覚えて現在位置を確認するしかないのだ。
「うん、そろそろアパートが見えてくるはずだよ」
方向感覚に優れたロココが言うなら間違いないだろう。
「ええぇ、なんじゃありゃああぁ!」
裏山の頂上には立派な樹が生えていた。
遠くからでもわかるくらいに青々とした葉を茂らせている。
それに芝生のような短い草が山全体を覆っていた。
赤茶けてみすぼらしい見た目だったのに、緑に恵まれた山になっていた。
「何でこんなことになっているんだ」
アパートで留守番をしていた七龍に尋ねてみると、あまり外に出ない俺が気づかなかっただけで山は変化していたらしい。
樹の成長が促進されても若木になるのはまだまだ先だと思っていた。
ただ頂上の樹が一気に成長したのは、俺たちが出かけてからのようだ。
「やはり足跡に種を埋めたから成長が早かったのかのぅ」
「お兄ちゃん、見に行ってみよう」
「こんな緑に溢れた山なんてオイラ見たことないよ」
四人で山登りに行くと、緑色の草が絨毯のように生い茂っている。
心が浮き立つような光景だ。
「アニキ、この草フカフカして触ると気持ちいいよ」
「王城に敷かれた最上級のカーペットのようじゃ」
「転がるとおもしろーい」
柔らかい草がクッションのように足を受け止める。
俺は裸足なので足の裏がこそばゆい。
ロココは少し登ると、クルクルと回転しながら転がり落ちてまた登っていた。
物凄く元気だ。
自然と戯れる機会なんて今までなかったので、尻尾が興奮して太くなっている。
草だらけになっても口を大きく開いて笑っていた。
こういう姿は本当に子供らしくて可愛い。
「オイラもやってみる」
ロココの楽しそうな様子にお調子者のラピィも乗っかった。
ゴロゴロとでんぐり返しをしながら山を下っていく。
体が丸っこいせいか良く回転していた。
「見たくなくても見てしまうんだが」
「ほっほっほ、男の悲しい性というやつかのぅ」
どうやらラピィは興奮して女装をしていること忘れているようだ。
「今日のパンツは緑か。いや本当に誰得だよ」
ラピィが回転するたびにスカートの中身が見える。
どうも男という生き物はスカートの中身に弱いようで目が向いてしまうのだ。
腐れドワーフのパンツを何度も見てしまって悲しくなった。
「ひゃん、何すんだよ、アニキ」
「草を払ってやっただけだ」
腹立たしくなってラピィの尻をはたいた。
驚いた時の声はなおさらボーイッシュな女の子っぽい。
尻の感触がまたムッチリとした気がした。
手に変な感触が残っている気がして、俺はパンパンと手を叩いた。
山頂に登ると甘くて爽やかな匂いがした。
若葉が生い茂って風に揺れている。
「空気が美味しいな。春になったらここで昼寝をするのも気持ち良さそうだ」
「すぅはぁ。肺の中が洗われるようじゃ。心地いいのぅ」
「息をしているだけで元気になってくるよ」
もう少し気温が高かったら昼寝をするのに最適な場所になりそうだ。
「どんな樹に育ったのだろう。俺にわかるかな」
たくさんの種類の樹の種を植えたが、足跡があった場所には一本の大木しかない。
ドングリが実る樹であればいいなと思って頭上を見上げると、赤く色づいたリンゴが目に入った。
「リンゴの樹だったのか。ドングリの実る樹じゃなかったのは少し残念だな」
目論見とは違ったが、果物が好きだから十分ロココは喜んでくれるだろう。
そう思ってロココを探すとミカンを剥いてモグモグと食べていた。
「お兄ちゃん、あーん」
反射的に口を開けた。
大きく開いた口にロココがミカンを投げ入れる。
ミカンを噛むと口の中で果汁が弾けた。
甘酸っぱくて美味しい。
間違いなく日本のミカンだ。
懐かしい味に頬が緩んだが、これはリンゴの樹ではなかったのか。
「え、なんでだ?」
もう一度首を上に向けてみると、リンゴやミカンの他にもブドウやドングリが実っていた。
ドングリはクヌギだとしても二回りは大きい。
それに葉っぱはお茶に似ていた。
正直何の樹やらわからない。
「この渋みと甘みは間違いなく茶葉だのぅ」
もっしゃもっしゃと七龍が葉っぱを食べていた。
大きな口で葉っぱが噛み砕かれると爽やかなお茶の匂いがしていた。
「これは何の樹なんだよ」
よくよく樹の幹を観察すると、何種類もの樹が捩れて融合していた。
種から芽生えた全ての樹が合わさって、一本の樹になってしまったらしい。
「まさかこんな結果になるとはオイラも驚いたよ」
ラピィはうっとりとした顔でブドウを食べている。
ブドウの皮ごと食べていた。
渋みなんて一切ないみたいだ。
ブドウを植えた記憶はないので、悪戯好きなラピィが仕込んだのだろう。
「足跡に植えても成長が早いだけだと思ったんだが」
融合して全ての特徴を備えた樹になるとは思いもしなかった。
この結果は予想外だが面白い樹になったものだ。
「ペロペロ。お兄ちゃん、この樹液ってとっても甘いよ。来て来て」
ロココの顔が琥珀色の粘液でベトベトになっていた。
近くに行くと頬についた樹液をすくって俺の口に突っ込んでくる。
「甘いな」
ハチミツに似た味だがもっとサラリとしている。
くどくない甘さだった。
これを煮詰めればシロップになりそうだ。
「これで砂糖の代用品が見つかったね。料理で助かるよ」
料理を担当しているラピィが目を輝かせた。
アパートでは砂糖を置いている部屋が多かったとはいえ、使えばいつかなくなってしまう。
買うとなると小量でも高い。
「これなら芋団子以外にも菓子を作れそうだな」
「それは楽しみじゃのぅ」
七龍は茶葉に樹液を擦りつけて食べていた。
厳つい見た目によらず甘いものが好きな爺さんだ。
美味しいのかなと疑ってしまうが、茶と甘いものの相性はいい。
日本でも茶を使った菓子は多いのでまずくはないのだろう。
「これからも色んな植物を混ぜ合わせたら楽しそうだよ」
「やめておこう。足跡に植えるのは今回きりだ」
ラピィが気楽な感じで言ったが、混ぜ方によっては思いもよらぬ形で危険な植物になるかもしれない。
今回はたまたま上手くいったと考えるべきだ。
勇者が新たな災厄を起こしてしまったら笑い話にもならない。
「この樹はなんて呼ぼう。ドングリだけが実るわけじゃないからなぁ」
「元気の樹というのはどう?」
ロココが頬を赤らめながら言う。
照れ臭いようで尻尾が不安定に揺れていた。
「いい名前じゃん」
「うむ、この場所に相応しい名前じゃなぁ」
「それなら決まりだな」
確かにここに来ると元気を分けてもらえる気がする。
ロココの命名で頂上の大木は元気の樹と呼ばれるようになった。
しばらくすると元気の樹から落ちたドングリから若木が伸びて林っぽくなった。
ただ全ての若木がシイかクヌギのようだ。
果実が実るのは元気の樹だけだった。
試しにクヌギを伐採してみると、切り株からすぐに芽が伸びてまた若木に成長した。
シイやクヌギは加工しやすいので使い道が多い。
これで木材や燃料に困ることはなくなった。
そのお陰でアパートの隣に倉庫を建てられて、そちらに農作物を保管できるようになった。




