28.デブの愛想笑い
「アニキ、このままだとジャガイモを保管する場所がなくなるよ」
「毎日掘ってもなくならないからな」
ジャガイモは段ボールに入れて101号室に保管してある。
だんだんとドワーフ五人衆の居住空間を圧迫して、今では廊下に寝るドワーフも出る有様だ。
そのうちジャガイモに追い出されて、外で寝る羽目になりそうだった。
「それで最寄りの町にジャガイモを運んで売ろうと思うんだけどいい?」
「いいんじゃないか。俺たちでは食い切れないだろ。売るんだったら構わない」
無償でくれてやるというなら抵抗があるが、労働の対価として金を受け取るのは正当な権利だ。
いくらラピィがカレーライスを食いたい為とはいえ、今まではドワーフに無償労働をさせているようで気になっていた。
「それで売った時の配分についてだけど」
「その辺については詳しく決めてなかったな」
この辺の土地は全て俺のものだ。
もし小作料という扱いで割合を決めるとなると、作物のうち3割しか小作人のものにならないらしい。
「やけに小作料というのは高いんだな」
「これはちゃんと畑が管理されて作物が取れる土地ならの話だけどね」
地主が神官に祈祷料を払って土地を浄化していることが条件らしい。
畑の穢れが少ないほど小作料は高くなるという話だった。
「ここは作物が幾らでも実るからアニキの取り分はもっと多いのだろうけどね」
「それでも俺が7割というのは取り過ぎだな」
金のありがたみはわかっているが、仲間から毟り取る気はしない。
ラピィとの話し合いでジャガイモに関しては、俺が4割、ラピィが4割。
しばしば手伝ってくれる七龍やロココにも1割ずつ渡すことにした。
お小遣いってやつだ。
「売れたらの話だけどな」
「売れるに決まっているよ。茹でるだけで美味しいんだからさ」
ラピィは自信満々だ。
ジャガイモが売れて当然と考えているみたいだ。
このアパートから一番近いニアの町では場所代さえ払えば誰でも露店を出せるらしい。
荷物の関係で俺たちは二組に分かれて出発することにした。
俺とロココ、ラピィとフェルトだ。
「なんでワシを連れていかないのじゃ。歌を披露する折角の機会なのに」
「まだ納得がいくような歌い方はできないんだろ」
置いていかれる七龍は残念がっていた。
どうやら町で弾き語りをしてみたいようだが、七龍の声は毎日の練習でしわがれている。
無理して高い声を出そうとするからだ。
これでは満足に歌えないだろう。
それに七龍はあまりに目立ち過ぎる。
堂々とした体躯に厳めしい顔。
大陸では珍しい龍人となれば知っている者も多いだろう。
人が多くない村であれば対応も楽だが、町ともなると騒ぎになることもありうる。
英雄が来たとなればお偉いさんもやってくるかもしれない。
それは面倒くさい。
俺には勇者のカリスマみたいなものはないので、廻しさえ隠せば気づかれないのだ。
「これなら誰かわからないだろ。日本だと変質者みたいだけど……」
白い廻しを締めて地味なマントを羽織った。
マントの下が変態みたいだが、気にしたら負けだ。
この状態で発揮される金剛力は1割ほどだ。
だが、これならマントを脱げばすぐ全力を発揮できる。
安全には代えられない。
「オイラたちは先に到着して露店を始めているから」
ドワーフ組は荷馬車で先に行った。
荷馬車は俺への貢ぎ物を積んできたやつだ。
「お兄ちゃんと二人だと旅の最初を思い出すね」
俺はリヤカーを引っ張ってロココと一緒にのんびりと町に向かう。
俺の隣を歩くロココは童謡を歌いながら楽しそうに尻尾を振っていた。
リヤカーには大量のジャガイモとハウンドの皮を乗せている。
ハウンドの皮は露店を終えたあとに冒険者ギルドに持ちこむつもりだった。
冒険者ギルドは仕事の斡旋の他には素材の買い取りも行っている。
主な依頼は魔物退治や護衛だ。
俺からすると便利屋といった感じだ。
ニアの町にはドワーフ組より一日遅れで到着した。
町規模になると低くはあるが防壁が建てられていた。
門には兵士も立っている。
通行料はかからないが、身分証の提示は求められた。
「これでいいか。黙っていろよ」
手で隠して俺とロココの白銀のカードを見せる。
このカードは本人が所持してないと輝きが曇る特別製だ。
俺が勇者だと知って、門番をしている兵士は驚きで声も出ないようで何度も頷いていた。
「ふぅん、俺が混沌の怪物を倒したからって、すぐに人々の生活が良くなるわけでもないか」
町の中に入ると、以前より人々の表情は明るくなった気はする。
それでも痩せた人は多かった。
露店売り場でラピィと合流すると段ボールが山積みになっていた。
ほとんど売れている気配がない。
「自信満々だった割にはかなり売れ残っているよな。大口を叩いたのは誰だったかなぁ」
落ちこんでいるラピィの顎をタプタプと持ち上げる。
ヒゲが生えてないとはいえもっとザラザラしていると思ったが、毛穴なんか感じられないモッチリ肌だ。
つきたての温かい餅を触っている気分になる。
「むぅうう、オイラが悪かったからさ」
男同士のたわいないやり取りのつもりだったのに、ラピィの目が潤んでいる。
深い青色の瞳がキラッと光った。
見た目はおさげ髪の愛らしい少女なので、何となく後ろめたい気分になる。
慌てて手を離した。
「形のいいジャガイモばかり持ってきたのに」
拳大のジャガイモが2個で銅貨1枚の値段になっている。
ドワーフはこだわりが強く頑固な一面がある種族だ。
いい加減な性格に見えるラピィにもその傾向はある。
いいものを持っていけば黙っていても売れるという考え方だ。
それに王族なので商売に対する考えも甘いのだろう。
「ここに来るまでに他の露店を覗いたけど、石芋が5個で銅貨1枚だったぞ」
小ぶりとはいえ石芋の方が量は多いように見える。
実際にはジャガイモ2個とそんなに差はないはずだ。
それに石芋は硬くてまずいが、平民はよく口にして慣れている。
食料が不足しているとはいえ、見たことのないジャガイモを買うのはためらいがあるのだ。
「やっぱスーパーみたく試食をしてもらうのが一番だよな」
近隣の村にはジャガイモを配ったが、ニアの町まではそれなりに距離が離れている。
ジャガイモのことをまだ知られてなくて当然だ。
「誰も見てないよな」
俺は段ボール箱の後ろに隠れた。
バサッとマントを翻すと裸に近い姿をさらす。
日本なら通報されそうだ。
変質者が隠れているようで微妙な気分になるが、肌の露出が多くないと金剛力は活性化しない。
「ふぅううう、ジャガイモよ、おいしくなーれ」
俺が持ってきた形の悪いジャガイモを両手で包んだ。
デブの体温、ではなく金剛力による白炎でジャガイモを蒸し焼きみたいに仕上げた。
手の隙間から白い湯気が立ち昇る。
試食用のジャガイモを用意したところで、
「ロココ、適当に童謡を吹いてくれ」
「うん、任せて。いっぱい人を呼んでみるよ」
リコーダーを吹いてくれるよう頼んだ。
縦笛はこの世界にもあるが、異世界の童謡なんて誰も聞いたことがないに決まっている。
ロココがリコーダーを思いっきり吹き鳴らした。
何となく心がウキウキするような童謡が町の中に響く。
楽しそうな音というのは人を惹きつけるものだ。
露店の前で足を止める人が増えてきた。
そんな人たちにタダで切り分けた蒸しジャガイモを配るのだ。
タダという言葉には誰だって弱い。
「異国から仕入れた珍しい芋ですよ。試食はタダですのでどうぞ」
俺だってコンビニやファミレスのバイトくらいはやっている。
太郎ではあるが、風太郎ではない。
フリーターだ。
愛想笑いくらいはできるのだ。
もっとも、俺が試食のジャガイモを渡そうとしたら、通行人に逃げられた。
俺が愛想笑いを強めるほど通行人が遠巻きにする。
おい、タダなんだから食っていけよ。
「美味しいジャガイモですよ。お一つどうぞ」
なんでラピィの方にばかり人が集まるんだ。
納得いかねぇ。
そりゃ見た目は愛らしいロリ少女かもしれないが、実際はドワーフの野郎だぞ。
女装している変態男だ。
くそっ、正体をばらしてぇ。
「お兄ちゃんが格好いいことは私がわかっているから。そんな無理に笑わなくてもいつも通りで大丈夫だよ」
表情筋がつりそうになったところで、ポンポンと背中を叩かれ小さな少女に慰められる羽目になった。
俺が憮然とした顔で試食のジャガイモを配ると受け取る人が増えてきた。
心の平穏の為にそろそろ昼時だからと思うことにする。
自分がブサメンだとわかっていてもガラスのハートは傷つくのだ。
俺から試食のジャガイモを受け取った人は恐る恐るといった感じで食べ始めたが、
「なにこれ美味しい」
「ホクホクして甘いぞ」
一口食べただけで笑顔になった。
そりゃ美味いだろう。
人は体に足りない栄養を美味しく感じるものだ。
蒸しジャガイモには塩をふりかけておいた。
炭水化物の塊に塩なんて最強の組み合わせだ。
爆発的な旨味に人は逆らえない。
ちなみに塩は売らない。
何かしらの労働が含まれてないので、売る気にはなれないのだ。
「まいどありー」
試食した人は必ずといっていいほどジャガイモを買っていく。
一気に10個ほどまとめ買いする人も出てきた。
人が人を呼んで日が傾く前に俺が持ってきた形の悪いジャガイモも全て売り切れてしまった。
「アニキのお陰で助かったよ。オイラの考えが甘かった」
「そんなにくっつくな」
完売するとラピィに抱きつかれた。
いや男に抱きつかれて喜ぶ趣味はないんだが。
でも、ラピィのポヨポヨした腹でも当たるのか、ちょっと感触が気持ち良かった。




