27.ロココのマフラー
「アニキってばやたらと大きい羊を連れてきたね」
狩りの成果を持ってアパートまで帰ると、ラピィがボス羊の大きさに驚いた。
「世話をするのが大変そうだなぁ」
「それなりに賢いから放置していても大丈夫なはずだ」
雄々しい見た目とは違って大人しく言うことを聞くので、ラピィが意外そうな顔になる。
「角が折れているからアニキが叩きのめして上下関係をわからせたってわけか」
ラピィはボス羊に雑草だけを食べるよう言い聞かせていた。
それを理解したのかボス羊は畑には近寄らない。
「メッメッメエェェ」
それだけでなくボス羊は畑には行かないよう他の黒羊を統率していた。
これなら人間の手間が省ける。
牧羊犬が必要になるということはなさそうだ。
「やれやれ、羊を持ち帰ったことで一仕事終えた気分だ」
黒羊を持ち帰ったことで俺は全ての作業が終わった気になった。
だが、ロココの目的は羊毛から服を作ることだ。
大変なのはこれからだった。
ドワーフ五人衆の中で牧畜や裁縫に詳しいフェルトヴェイグル。
略してフェルトがいた。
そのフェルトから教わってロココは羊毛の処理をしている。
「お嬢ちゃん、まずは刈り取った羊毛を洗って汚れを取るのじゃ」
「うん、わかった」
まずは羊毛をぬるま湯に入れて汚れやゴミを洗い落とすことからだった。
「……大変な労力だ」
俺も手伝ったが、一掴みずつ羊毛を優しく洗うのはなかなか根気がいる。
ロココが隣で『ゆかいな牧場』を楽しそうに歌ってなければ、途中で嫌気がさしただろう。
テンポのいい童謡を聞いていると、時間が経つのを忘れられた。
牧場で色んな動物と戯れるロココの姿が頭に浮かんでくる。
「誰かが世話をしてくれるなら、他の動物を飼うのもありなんだけどな」
「たくさん動物がいたら楽しそうだよね」
俺は牛乳が飲みたいのだ。
日本にいる頃は毎日牛乳をガブガブ飲んでいた。
羊の乳をちょっとだけ飲んだが、臭みがあって味がくどい。
それに新鮮な卵だって欲しい。
卵さえあれば料理の幅が物凄く広がる。
牛乳や卵なんて日本ではどこでも売っていたのに、この世界では手に入れるのが大変だ。
大規模な牧畜を行うと危険な獣や魔物を引き寄せることになる。
どこの村でも売るほどの量は生産していないのだ。
「この土地はアニキの足跡のせいで魔物が近寄らないみたいだ。牧畜をするのも悪くないよ」
「ただそうなると人手がいるだろ。たくさんの人と話すと疲れるんだよな」
「お主は好き勝手やって、他に管理人でも用意すればよかろう。何ならワシが信頼できる龍人を呼んでもよいぞ」
「考えとくよ。大家さんになって働かずに食べていけたらなぁ」
アパートを建てて人を募集しようと思っても、まとまった木材を手に入れるのは難しい。
そこが悩みどころだった。
丁寧に洗った羊毛を天日干しすると光沢が出てきた。
ここからさらに糸車で糸にする。
ドワーフは生まれついての職人だ。
フェルトは拾ってきた木材で糸車や手織り機を作ってくれた。
「糸車を回すのは楽しいね」
ロココは童謡を口ずさみながらカラカラと糸車を回している。
かなりの高速だ。
気楽な感じなので遊んでいるように見えるが、指が細かく動いて糸が一定の太さになるよう調整していた。
「こ、これ難しいぞ」
俺もやってみたが、途中で糸が途切れてしまう。
細かい作業は俺には無理だった。
「はうぅ。あんなにたくさん羊毛があったのに、糸にすると少ない」
黒羊を二頭潰したのだが、子供用のセーターでも五着ほどがせいぜいだろう。
へにょんとロココの耳が伏せている。
「子供たちには手袋でも編めばいいんじゃないか」
そう俺は提案したのだが、数日後にロココが持ってきたのは三人分のマフラーだった。
しっかりと編みこまれて、気品が感じられる黒マフラーだ。
貴族がしていてもおかしくはない代物だった。
「これは?」
「みんなに。これから寒くなるからね」
「オイラにも?」
「うん、みんなに協力してもらったから」
狩りに行ったのは三人だが、ラピィも羊毛洗いには参加していた。
それにフェルトを紹介したのはラピィだ。
「これは素晴らしいのぅ。暖かいマフラーじゃ」
「子供たちはいいのか?」
「だって仲間を大切にできない人が子供を助けられるわけがないよ」
子供にロココの優しさが向けられると俺はつい拗ねてしまうが、ちゃんと仲間のことを気にかけていたのだ。
初めから俺たちのことを計画に入れたうえで羊狩りに出かけたのだろう。
ただロココの予想より羊毛を糸にしたら少なかったのだ。
「嬉しいけどこれはロココがしてくれよ。俺には赤褌があるからさ」
黒マフラーを手に取ってロココの首に巻いてやる。
「お兄ちゃんにして欲しかったのに。そうだ」
ロココは俺にピタッとくっついてくる。
マフラーを少し解くと俺の首にも巻いた。
「えへっ、これで二人とも暖かいね」
マフラーが暖かいというよりは心が温かくなった。
「ちょっと植える時期が遅いが試してみるか」
ジャガイモが一週間で実ったのだ。
本来なら夏に植えるべき種だが、ここは日当たりが良いので秋でも暖かい日が多い。
ぎりぎりで何とかなるかもしれない。
ラピィに頼んで101号室に保管されていた種の袋を持ってきてもらった。
この種のことには気づいていたが、食い物の確保が先だった。
「アニキが食べられそうもない花の種を撒くなんて珍しいね」
種の入った袋にはでかでかと花と書いてあった。
花くらいの簡単な漢字ならラピィでも読める。
ラピィは観賞用とでも思ったのだろう。
「チューリップ?」
花を植えると聞いて、ロココが期待するような目を向けてきた。
パタパタ尻尾が振られている。
「残念だけど違う」
「あう」
だらーんとロココの尻尾が垂れた。
「うわぁぁ、可愛らしい花が咲いたね」
がっかりしていたロココだが、数日して淡い黄色の花が満開になると目を輝かせた。
ピョンピョンと花の周りを飛び跳ねている。
「日差しの強い日が続いて助かったな」
足跡に近い場所に種を撒いたので成長も早かった。
だが、驚くのはこれからだ。
花が枯れて丸々とした実が弾けると、白い綿毛が姿を現す。
種の袋に花と書かれていたのは綿花だった。
「フワフワとして動物の毛みたいだろ」
「えっ、これって毛が取れるお花なの!?」
「アニキ、これって凄いじゃん。これが広まったら凍死者が減るよ」
実が弾けて顔を出した綿をツンツンと触ってロココは驚いていた。
この大陸では綿花を見たことはない。
服として使われている主な素材は、麻、絹、獣毛といったところだ。
平民の多くは麻服を着ている。
夏は涼しくていいが冬は寒い。
もし綿花が流通するなら影響力は強いだろう。
ただ綿花は暖かくないと育たないので、今の大陸では栽培するのは難しい。
「お兄ちゃん、大好き!」
ロココが俺の手を取ってダンスをするみたいにグルグル回る。
綿花の周りでステップを踏みながらずっと楽しそうに笑っていた。
手作業で綿花を収穫するのは大変な労働だが、ロココは尻尾を振っていつも機嫌が良さそうだった。




