2.アパートへの帰還
「やったか?」
「いやいや、見事ですね。まさかオークのコマがヒーローに化けるとは思いませんでしたよ」
金色の粒子が舞う静かな空間に拍手の音が鳴り響いた。
道化師のような姿をした神が逆さまになって空中に浮かんでいた。
気を抜こうとした俺は人を小馬鹿にした声に顔を歪めた。
「ジェスタァァ! この邪神がぁぁ!」
俺を異世界に召喚した神に怒りが噴き上げる。
「おやおや、私は遊戯の神ですよ。それにあなたを呼んだことで数多の人が救われたのです。これは善い行いでしょう」
「ふざけたことを。詭弁を抜かすな!」
異世界の人間は舞台を盛り上げるエキストラとしか考えていない。
そもそもこの世界の良識ある神々は、異世界人を召喚して救世主とすることには反対だった。
それをジェスターは面白そうだという理由だけで、王国・帝国・共和国の三国家が協力して行った召喚の儀式に力を貸したのだ。
「それで俺に何の用だ。貴様もぶっとばされたいか。混沌の大本は倒したんだから、俺を住んでいたアパートに帰しやがれ!」
「構いませんよ。そら、そのゲートに入れば君の部屋です」
「へっ?」
まさかあっさりと俺を帰してくれるとは思わなかった。
虚を突かれて怒りが吹き飛んでしまう。
口を開いたままの間抜け顔になってしまった。
「突然のさよならだけど、今までありがとう。俺が戦ってこれたのはみんなが助けてくれたからだ」
いきなりのことでありきたりな別れの言葉しか出てこない。
「……そうか」
ロココは寂しそうな笑顔を浮かべて俺の頭を撫でた。
「いいのか? お主はこの世界に残れば英雄じゃぞ」
「それは俺の身の丈に合った生き方じゃないからさ」
最後だから格好つけたが、アニメや漫画、インターネット、快適な生活を捨てるなんてとんでもない。
もう石みたいなパンや干し肉、薄いスープはこりごりだ。
「それじゃ長生きしてくれよ」
「誰が爺さんじゃ。ワシはまだ七百歳じゃわい」
七龍とはいつも通りのやりとりで終わった。
「太郎のアニキ、オイラのことは忘れないでよ。陽気で勇敢なドワーフがいたことを」
「ああ、嫌でも覚えているさ。お調子者で悪戯好きなはた迷惑なハーフリングのことは」
「オイラ、混じりっけなしのドワーフだって」
いつも明るいラピィが目に涙を滲ませてだんご鼻を啜っている。
俺はもう一度仲間たちの顔を目蓋に焼きつけると、青く光るゲートに足を踏み入れた。
「そうそう君が借りている小屋みたいな部屋に帰らせるだけなんてそんなつまらない、おっと、ケチくさいことはしませんよ」
「それはどういうことだ?」
趣味の悪いクスクス笑い。
「そんなにアパートが恋しいなら君に差し上げましょう。全て無料でね」
ジェスターに余計なことはするなと叫びたかったが、俺は既にゲートに入ってしまった。
グルグルと空間が歪んで他の空間と繋がっていく。
光の洪水が押し寄せて目が開けられない。
浮遊感を覚えたかと思うと、落下して尻餅をついていた。
「ここは?」
まず感じたのは空気の違いだ。
埃っぽく湿っぽい空気。
転移の影響で目が眩んでいたが、どうにか薄目を開く。
「……俺の部屋だ」
座っているのは万年床のせんべい布団だった。
昼間でもカーテンを閉め切っている薄暗い部屋。
「幻覚とかじゃないよな」
パンパンと両頬を平手で叩く。痛い。
水道の蛇口を回すと水が流れ出た。
パシャパシャと顔を洗う。冷たい。
ちょっとだけカルキ臭い水を飲むと、火照っていた体が落ち着いてきた。
俺の部屋だ。俺の部屋のように思える。
ややほっとすると空腹を感じた。
目についたのはコタツの上に置かれたファミリーサイズのポテトチップス。
俺の大好きなのり塩味だ。
確か異世界転移の直前に封を開けて食べていたように思う。
「うっひいぃ、おぉう、このジャンクな味がたまらない」
手で掴み取って口に放りこむと、パリパリと軽快な音とともに爆発的な旨みが舌の上で弾けた。
海苔の風味が懐かしい。
猛烈な勢いでポテチを食べていた俺だが、ふと疑問を感じて首を傾げた。
「湿気てないな」
俺が異世界にいたのは五年にもなる。
そんなに経っているなら袋が開いたままのポテトチップスなんて食べられる代物じゃないはずだ。
「今はいつなんだ?」
時代遅れになったブラウン管のテレビをつける。
ちょうどお昼のニュースをやっていた。
アナウンサーの日本語が耳に馴染む。
「マジか……」
じっとニュースに注目して日時を確認すると、おそらく異世界転移してからせいぜい数時間しか経っていない。
浦島太郎になったってことはなさそうだ。
「とりあえず考えるのは寝てからだな。目蓋が重い……」
そのことに安心すると急に眠気が襲ってくる。
異世界での生活と怪物との戦いで身も心も疲れ切っていた。
安全な日本だとわかると眠気に逆らえない。
俺は突っ伏すようにせんべい布団に倒れた。
そのまま深く深く熟睡する。
こんなに安心して眠れるのは五年ぶりだった。
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