16.俺はデブでも紳士だ
「子供らしく育てるなんて何をすればいいんだろう」
ロココは十二歳らしい。
怪物退治の旅は五年かかった。
つまり日本なら小学生の時期をずっと戦いに費やしたのだ。
異世界での遊びや教育なんてものを俺は知らない。
だが、初等教育くらいは学ばせてあげたいと思う。
「幸いなことに小学校の教科書はあったからな」
102号室では千晴ちゃんが使わなくなった教科書が保管されていた。
それを元に教育を考えよう。
俺だって優等生じゃなかったんだ。
ほどほどでいい。
「勉強なんかよりロココの体調を取り戻すのが先だな」
痩せてしまって可哀想だ。
俺みたいに太ることはないが、子供はもっと頬がプクプクしているべきだ。
冷蔵庫からとっておきのスーパーピッグプリンを出す。
こいつは豚さん印のメーカーから出ていて、とてつもなくデカい。
「甘い匂いがする」
プリンの容器の蓋を開けると、ロココがクンクンと鼻を鳴らした。
プリンをすくって口元に持っていくと、
「食べていいの?」
ロココがおずおずと訊いてくる。
「もちろん」
パクッと小さな口にプリンの欠片が消えた。
「冷たくてあまぁぁい!」
その瞬間、パァアとロココが笑顔になる。
銀色の尻尾が忙しなく動いていた。
耳がピクピク揺れている。
可愛い。
子犬を飼う人の気持ちが今ならわかりそうだ。
「美味しい。とっても美味しい。リンゴより甘い」
旅の間、果物を食べる機会があると、ロココの口元が緩んでいた。
正体がこんな小さな女の子なら甘いものが好きに決まっている。
「んんぅ、はぁ、しあわせーっ」
プリン一つでこんなに喜んでくれるなら安いものだ。
プリンを一口食べるたびに身悶えして震える姿が愛らしい。
でも、半分ほど食べたところでロココの口が閉じる。
「もうお腹いっぱいなのか?」
「あとはお兄ちゃんの分」
やばい。
涙腺が緩みそうになった。
いい子過ぎるだろ。
旅の間だってロココの態度はこんな感じだったけど。
見た目の違いというのは大きい。
大人の男がやるのと幼い女の子がやるのでは、印象がまるで違ってしまう。
友情や信頼を感じるというより庇護欲を誘われてしまった。
「一口だけもらうよ」
胸がいっぱいになってあまり腹に入りそうにない。
それに一口も食べないとロココが納得しないだろう。
ロココの性格はわかっている。
「はい、あーん」
「う、うん」
ロココが使っていたスプーンがそのまま差し出される。
スプーンにはプリンが山盛りだ。
無邪気な笑顔だ。
そりゃ今までもロココと一緒の食器を使ったことはある。
回し飲みなんて当たり前にやっていた。
ただ見た目は小さくても女の子だと変に意識してしまう。
変な汗が背中から流れていた。
俺はデブでも紳士だ。
これくらいでは動揺しない。
そう思ってゴクンとプリンを食べたが、味なんてわからなかった。
「寝たみたいだな」
プリンを食べ終わったロココはクゥクゥと静かな寝息を立てていた。
凄く無防備な姿で警戒心の欠片もない。
旅の間、ロココは寝ている時でさえ槍を手放したことはなかった。
物音がするとすぐ目を覚ました。
野営に不慣れな俺を守ろうと気を張っていたのだろう。
「おいおい、俺を信用し過ぎじゃないか。悪戯しちまうぞ」
モテないブサメン相手に無防備もいいところだ。
苦笑しながらペラッとシャツをめくった。
プリンを食べたことでお腹がぽっこり膨れていた。
その丸いお腹に手を置く。
子供の高い体温が伝わってきた。
瘴気の傷痕で腹の皮膚が黒ずんでいることに浴室で気づいたのだ。
混沌の怪物から俺を守って受けた傷だろう。
このまま放置すると命を縮める。
「こんなに小さいのに無理しやがって。ふぅうう、外気功」
俺は七龍との修行で気功術を教わった。
金剛力を上手く使えるようになる為だ。
気功術は攻撃にも回復にも使える。
戦う術は何とか覚えたが、人を癒すのは得意ではなかった。
その方面は神官であるラピィに任せっきりだった。
そもそも仲間が守ってくれるお陰で俺はほとんど怪我をしなかった。
ただ金剛力による外気功の方が瘴気の傷に対しては効果が大きい。
「はぁはぁ、気が安定しないな」
手から放たれる白銀の光は切れかけた蛍光灯みたいだ。
「どの古傷も見覚えがあって当然だ。俺の不甲斐なさで割を食っていたのはロココだ」
浴室でロココの裸を見た時から薄々はおかしいと思ったのだ。
大人の体では目立たない傷痕でも、子供の体では痛々しい。
「はは、必死になって何をやっているんだか。ラピィに頼めば済む話なのに……」
ポタポタと脂汗が流れる。
汗が目に入って痛い。
怠けたわけではないが、今思うと修行に真剣ではなかった。
だって俺とは全く関係ない異世界なんて心の底から救いたいと思えるはずがない。
そんな俺でもロココから受けた恩の何分の一かは返したかった。
「よし、どうにか消えた。ふぅうう、はああぁ、外気功」
黒い痣を消すと古傷にも外気功を行っていく。
可能な限り傷痕を薄くしたところで、俺は体力と集中力を使い果たしてしまった。
汗だらけで布団に倒れた俺にロココがくっつく。
ロココの体温を感じながら、そのまま二人して眠ってしまった。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「別に」
あとで礼を言われたが、俺がすっとぼけるとロココはクスクスと笑った。
「優しいよね」
「ロココの気のせいだ」
このやり取りも懐かしい。
俺は素直になれない性格なので、感謝されるとぶっきら棒になってしまった。
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