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15.獣耳少女の正体

 風呂上がりに締めたのは赤褌だ。

 廻しというのは誰かが手伝ってくれないと締めるのは難しい。

 フルチンで少女に手伝ってもらうのは気が引けた。


「あとで服は探してくるから、とりあえず俺のシャツでも着てくれ」


 腹の辺りが伸びてダボダボになっている白いシャツを渡す。


「うん。エヘヘ、お兄ちゃんの臭いだ」


 デブの臭いが染みついたシャツだが、少女はためらいもなく頭を突っ込んだ。

 それどころかクンクンと臭いを嗅いで、だらしない顔をしている。

 ヨダレが口の端から垂れていた。


 子犬が主人の靴下の臭いを嗅ぐような行為だ。

 俺の方が気恥ずかしくなった。


「ロココはどうしているんだ?」


 話の流れを変える為にも気になっていることを訪ねた。

 幼い少女を一人で俺のところに寄こすなんてロココには考えられない行動だ。


 ロココは子供には特に優しい。

 旅をしている時は、孤児院に寄付している姿をたびたび見かけた。


「うん、ちょっと待ってね」


 少女が巨大な狼の頭蓋骨を頭にかぶった。

 ロココとは違ってすっぽりと頭が隠れてしまう。


「……私の前にいるのは太郎か?」


 遠くから聞こえるような掠れた声が、狼の頭蓋骨から漏れた。


「ロココ、久しぶりだな」


「ああ。太郎とまた話せたことは嬉しい。だが、私はお前に謝らなければならない」


「どうしてだ。ロココが俺に謝ることなんて何もないだろ」


 ラピィじゃあるまいしさ。


「知らせずに済ませられるなら良かったのだが。実は私はもう死んでいる。すまない」


「そんな……」


 足元が崩れ去るような衝撃を受けた。

 ロココが性質の悪い冗談を言うはずがない。

 怒りが際限なく膨れ上がっていく。


「誰がロココを殺ったんだ。絶対に許せねぇ」


「混沌の怪物を討ったことで仇は取ったに等しい。だからそんな哀しい顔で荒ぶらないでくれ。私は満足しているよ」


 穏やかな声だった。

 その声を聞いて俺は動揺を抑える。


「今まで共に戦っていたのは私の魂を憑依させた娘だったのだ。ロココというのも実は娘の名前だ」


 ロココの父の告白に俺は言葉を出せないほど驚いていた。


「姿は私のものでも声は変えられない。だから霊体の私が声だけは出していた」


 どうりで喋っても唇が動かないはずだ。


「もちろん娘が、ロココが戦っていたのは私が無理強いしたからではない。太郎の力になりたいと願ったのはロココだ」


「じゃあ、俺はこんな小さな子に今まで守られてきたというのか! どうして!?」


 献身的に守ってくれた理由が思いつかない。


「初めてロココに会った時、太郎は混沌の魔獣キマイラから娘を助けてくれただろう」


「だってその前に俺はロココから恩を受けていた。恩人を助けるのは当然だろ」


 盗賊に身包み剥がされて丸裸で震えていた俺を救ったのはロココだった。

 ロココが腹に巻いていた血塗れのサラシをくれたお陰で、力に目覚めるきっかけになった。

 俺がしている赤褌は染め直したとはいえ、ロココの血が染みているのだ。


「あれは生きていた頃の私だよ。太郎と別れてすぐに混沌の魔獣キマイラに殺されてしまったがね。不甲斐ないことだ」


 自嘲気味な声だった。


「それで巫女の力を持つロココは、私の魂を憑依させて部族の仇を討とうとしたのだ」


「そこに駆けつけたのが俺だったのか……」


 今思えば混沌の魔獣キマイラと戦うロココは、熟練の戦士というには無謀な突撃を繰り返していた。

 あれは怒りと復讐に我を忘れたロココだったのだ。


「絶体絶命のピンチで娘を助けた姿はまさしく勇者だった」


「おかしいな。俺の記憶だと涙と鼻水塗れのデブしかいなかったのに」


 戦いの場に駆けつけたはいいが、ロココがピンチになるまで怯えていただけだ。

 勇者なんて言われたら恥ずかしくて仕方ない。

 俺は小市民でそんな器ではないのだ。


「髪を切ったロココはもう以前のように巫女の力は使えない。それで私はいいと思う。死者がずっといるのは不自然なことだ」


「長い髪にはそんな理由があったのか……」


 バッサリとロココの髪を切った俺は気まずそうな顔をした。


「太郎、頼みがある。私の代わりにロココを子供らしく育ててもらえないか。それだけが私の心残りだ」


「ロココの父さん、いやアニキ。心配しないでくれ。ロココは責任を持って俺が預かる」


 アニキの頼みを俺が断るはずがない。

 その言葉を聞いて安心したのか、ロココの頭から狼の頭蓋骨が滑り落ちた。


 俺は異世界に召喚されて自分がずっと不幸だと思っていた。

 したくもない戦いにまずい飯。


 だがそれ以上にロココの境遇は恵まれていなかった。

 それでも、両親と部族を皆殺しにされた哀しみを隠して、旅を共にして俺を守ってくれた。


 むしろ真の勇者と呼ばれるべきは、この幼い少女だろう。

 彼女の助けがなければ力はあっても俺の心は折れていた。


「ロココのアネゴ、これからは俺に任せてくれ」


「そんな大げさじゃなくて今まで通りロココがいい」


 モジモジと恥ずかしそうに上目遣いでロココにお願いされた。

 俺の敬意の表れだったが、ロココが嫌なら仕方ない。


 それに小さくても女の子の上目遣いには破壊力があった。

 この子の為には何でもしてあげたい気分になってしまう。

 これが父性愛なのかと思った。

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