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13.ドワーフが腐った

 ドワーフ五人衆にも協力してもらって101号室を整理しながら探す。

 思ったより農作業に役立ちそうなものが出てきた。


 カレーに必要な植物が全て揃うわけではないが、トウガラシ、ウコン、ショウガ、ニンニクといったものは何とかなりそうだ。


「うっはぁ、すっげぇ、すっげえぇぇ! これってどんな植物が実るのかなぁ」


 四角い袋に入った野菜の種もたくさんあった。

 パッケージに印刷された写真を見て、ラピィは飛び跳ねそうなほどテンションが高い。

 声が高くなったせいで耳がキンキンする。


「おいおい、そんなものまで大事に取っておくのか?」


 大家さんに忘れ去られて段ボールでカビだらけになったミカンや干からびたリンゴ。

 そんなものまでラピィは大事に取っておいている。


 この世界にもリンゴと翻訳される果物はあるのだ。

 ただし品種改良された日本のリンゴより小粒で甘みは少ない。


 あとは床には籾米が落ちて散らばっていた。

 それを一粒一粒、砂金でも見つけたように拾っている。


「アニキ、そこ」


 プチッ。


「アニキ、気つけて」


 プチッ。


「ア、ア、アニキィィ」


 プチッ。


 俺に細かい作業や注意力を期待されても無理だ。


 籾米を踏み潰すたびにラピィが意外と可愛らしい悲鳴を漏らす。


「……うん、オイラが間違っていたよ。人には向き不向きがあるものね」


 俺に渡されたのはクワだった。


「アニキはこれで外を耕してきてよ。アニキにしか任せられない仕事なんだ!」


「お、おぅ、そんなに力説せんでもわかったよ」


 可愛くなった顔に力が入っていると妙な迫力がある。

 鬼気迫る顔で訴えられたらさすがに嫌とは言えない。

 俺も力仕事なら役に立つ自信がある。


「うおりゃあああぁ! おりゃああぁぁ!」


 猛烈な勢いで土地を耕していく。

 さすがに日本製のクワだ。

 小石に当たっても刃が欠けたりしない。


 白い廻しでも俺は百人力だ。

 そんな俺が全力を出してもクワはびくともしなかった。


「頑丈だな」


 異世界に来たばかりの頃は、俺も人並みに剣や槍に憧れがあった。

 だが、不器用な俺が到底扱えるものではなかった。

 金剛力に目覚めてからは並の剣では叩きつけただけでポキンと折れてしまった。


「勇者の最強の武器がクワというのもしまらない」


 やれやれと肩を竦める。

 そもそも俺には武器なんて必要なかった。


 ここのところ引きこもっていたが、久しぶりに体を動かした。

 ちょっと疲れを感じて面を上げるとアパートがかなり小さくなっていた。


 見える範囲は全て耕してあって黒い土が露出している。


「俺に任せればざっとこんなものだ」


「アニキったらやり過ぎだよ。こんな広い畑を管理するなんて、オイラたちだけじゃ無理だって」


 俺は自信満々に言い放ったが、ラピィは一面畑になった土地を見て呆然としていた。


 畑仕事が終わった頃には101号室もそれなりに整理されていた。

 ほとんどの荷物は一部屋に押しこめられていた。


 101号室と106号室で三人ずつ住むかと思ったが、ドワーフ五人衆は101号室だけ使うという話だった。

 意識したことはないが、腐ってもラピィは王族ってことだ。


 ドワーフ五人衆はラピィの部下ということで畑仕事には従事するが、なるべく俺には関わらないようにしてくれるらしい。

 その方が俺としても助かる。


「ここがオイラの部屋だね」


「本がまだ散らばっているけどな。冷蔵庫の中身以外は自由に使ってくれていいぞ」


 オタクの女子大生が使っていた部屋にラピィを案内する。

 火事を起こすような行為については厳重に注意しておいた。


「へぇ、こんなにたくさん本があるなんて珍しいね。偉い学者さんでも住んでいたのかな」


 まだ手書きの本が主流のこの大陸では本は貴重品だ。

 無造作に散らかすなんて普通はありえない。


 薄い本を一冊拾ってペラペラとめくったラピィは顔を赤くした。

 日本語が読めなくても絵で内容はわかるのだろう。

 目が落ち着きなく動いて鼻息が荒くなっていた。


「す、す、凄いね。こんな世界があるんだ」


 ラピィがその手のことに純情というよりは、見知らぬ世界だったのだろう。

 異世界には早すぎた。

 それだけに衝撃が大きかったようだ。


「あくまで創作。想像の産物だから鵜呑みにするなよ」


「まさかあんなことやそんなことまでするなんて。異世界って進んでいるね。うーん、これも広めるべきか」


「日本が勘違いされるわ。広めなくていい」


 コツンとラピィの頭をはたく。

 ドワーフか疑わしいのにさらに腐るとかありえない。

 余計な知識を与えてしまったかと俺は後悔した。




 まずは家庭菜園のレベルでジャガイモ、ニンジン、タマネギ、それに米を植えることになった。


「もっと色々なのを植えようよ。ブーブー」


 ラピィがバタバタと足を振って子供みたいな駄々をこねた。

 見た目が若返ったからか、精神年齢も下がった気がする。


「ダメだ」


 地球の植物が原因でバイオハザードが起こっても困る。


「インターネットで育て方は調べたけど、水稲は育てるのが難しいかもしれないぞ」


 自炊をしようと思ったことがあったので、お料理サイトがブックマークに入っていた。

 もちろん自炊なんて三日坊主もいいところだったが。


 お料理サイトの材料のリンクを経由して、どうにか植物の育て方を見つけたのだ。


「水を自由に使えるならとりあえずやってみるよ」


 今は初秋なのでジャガイモ、ニンジン、タマネギは何とかなるかもしれないが、米は植える時期を外している。

 それに水稲なので田んぼに水を引く必要がある。


「こんな野菜クズで果たして芽が出るかのぅ」


 七龍チーロンも疑わしい目をしていた。


「オイラが種芋にリフレッシュをかけたからおそらく大丈夫」


 俺の野菜の切り方が下手だったので、皮には可食部が多く残っていた。

 それでも細切れ状態の野菜から芽が出るとは俺にも思えない。


 神聖術のリフレッシュは人にかけると病気を癒し怪我を治す高位術だ。

 野菜にかけることで生育を促すことができるらしい。


「神聖術で土は浄化しなくてもいいのか?」


 瘴気の雨が染みこんだ土地には植物が生えにくい。


「えっ? この辺の土地は穢れなんてないよ。むしろ養分が豊富で生きている土地だ。珍しいよ。アニキが何かしたんじゃないの?」


「心当たりはないけどな」


 特別なことをした覚えはない。


「いやいや、ここだけ太陽の光が差しているのがそもそもおかしいよ」


「うむ、おそらく太郎が本気になった時だけ発揮される力なんじゃろう」


 七龍チーロンが推測を述べたが、俺は半分聞き流していた。

 仲間の為ならともかく俺は可能な限りダラダラしたい。

 見知らぬ人間の為に働く気はなかった。


 翌日にはもう芽が出ていた。

 やたらと早い。

 まさか細切れになった野菜クズから芽が出るとは思わなかった。


「ほう、こいつは驚いたのぅ」


 一面緑になった家庭菜園を見て七龍チーロンも感心していた。


「あんな子っていたかな?」


 ドワーフ五人衆に混じっておさげ髪のドワーフの少女も農作業に勤しんでいた。

 愛嬌のある面立ちで可愛らしい。


 スカートに割烹着を着ている。

 割烹着は倉庫にあったのだろう。


 老人ばかりのドワーフに少女が混じっていたらすぐ気づいたはずだ。

 おかしいと思ってじっと注目しているとその悪戯っぽい目には覚えがある。


「ほらほら、アニキ。もう芽が出たよ。オイラに任せて正解でしょ」


 畑の真ん中で少女、ではなくラピィが胸を張る。


「何でそんな恰好しているんだ。変な趣味にでも目覚めたのか」


「違うよ。これは変装だって。似合うっしょ」


 ヒゲがなく童顔なラピィは上手く少女に化けていた。

 悔しいが、パッと見は俺も騙されそうになった。

 意外に似合っていて、危うくラピィに可愛いと言うところだった。


「これからアニキの所には来客が多くなるはずだろ」


「歓迎したくないけどな」


「そこにドワーフが護衛として雇われていることも考えられるじゃん。いつ姿を見られてもいいように用心だよ」


 理屈は納得できるが気合の入った変装だ。


「そのスカートはどうしたんだ?」


「部屋にあったものを使わせてもらったよ。ダメだった?」


 オタクの女子大生の服やスカートを縫い直したようだ。


「それくらいならいいけど」


 変な臭いが染みついた服なんてどうでもいい。

 むしろ処分する手間が省けたというものだろう。


「腐った女子大生の部屋に入れたのは間違いだったかな」


 作物はスクスク成長しそうなのに、ドワーフが腐ってしまいそうだ。

 これ以上危ない趣味に目覚めないことを俺は心から祈った。

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