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ポップコーン  作者: 口十
7/8

逃走準備

大変お待たせしました。

「悠真くんの自転車はどれ?」

「僕のはこれ」

「うーん、じゃぁ、これで」

 言って美香さんはシンプルな白色のママチャリを引っ張った。

「美香さん自転車通学だったの?」

「違うよ。知らない人の。でも、逃げるのに足だけじゃ不便でしょ。だから必要経費だよ」

 美香さんのハチャメチャな理由に、僕は何故か納得をした。毎日登下校時にここにきてるからわかるけれど、この自転車は朝も夜も、ずぅっと置いてある。忘れ去られてるんだ。鍵もかかっていないから元から大事にされていないんだろうか。

 なら、だれが使おうが別にいいじゃないか。使ってくれた方が自転車も嬉しいだろう。

「ね、どこ行こう?名駅とかどう?いっぱいゲームセンターとかあるんじゃない?」

「いいね」

 確か12時までやってるゲームセンターがあったはずだ。

「あ、そうだ。美香さん。僕のこと”ゆう”って呼んでくれない?」

 僕らは車通りの少ない路を並走しながら進んでいく。名駅は確か……いや、適当だけど、方角は分かるから辿り着けるだろう。着けなくても、楽しいけれど。

 僕が自ら人にあだ名呼びを頼むなんて、これがきっと最初で最後だろう。

「いいの?」

「うん。いいよ。美香さんなら」

「じゃぁ、私のことも”みか”って呼んでね。あっ、頭の中で思い浮かべる時はひらがなね」

「わかったよ。みか」

 恋人。そんなものができたのなら、もし僕にできたのならきっとこんなやりとりをするんだろうな。家族よりも自分のことを理解してくれていて、それでいて家族よりも何十倍と愛らしい。他のどの人間でも満たされない何かが、きっと恋愛で繋がる人なんだろうな。

「ゆうくんはさ、ゲームセンター……っていうかゲームってやるの?」

「やるよ。音ゲーと、あとはRPGとか、いっぱいやってる。やりこんじゃうタイプだからさ。あ、でもあんまりゲーセンはいかないかな」

「そうなんだ。じゃぁ、楽しみだね!」

「うん」

 それからそれから、なんて口上でどんどん話は盛り上がっていった。ライトをつけ忘れて轢かれそうにもなった。歩道との境目が分からなくて何度縁石に乗り上げそうになったか。それら総てが、本当に楽しかった。


「ねぇ、制服じゃ目立つかな?」

「補導されるかもね」

「そっか~……名駅で買おっか」

 名古屋駅の光が煌々と目を焼くようになってからようやっと自分たちの置かれた立場を理解した。

 僕たちは逃亡者。大罪を犯したわけでもないのに追われてしまう哀れな逃亡者。逃げるからには、否、違うな。楽しく逃げるにはずぅっと同じ姿をしているわけにもいかない。

「適当に探そうか。お金はあるし」

 僕が言うとみかもうんと頷いた。

 高架下の駐輪場に自転車を留めて名古屋駅に入っていく。誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントを買ってもらいに、中学校時代に友達と馬酔木に何度も来た冬の名古屋駅が、やけに爛々と、美しく、まるでテーマパークかのように見える反面、周りの目がやけに刺々しくこちらを向いてるように思えてしまう。僕たちの相思相愛っぷりに嫉妬しているんだろうか。

 二人の指が絡み合いながら、離れてくれない不安を追い払うようにぎゅぅと握る。

「どのお店がいいかな、ゆうくん。私が選んであげるね」

「いいの?ならみかのは僕が選ぶよ」

 二人でへらへら笑いながら名古屋駅のビルのエレベーターに乗る。上部に書かれている案内を見ながら五階のボタンを押す。一緒に入ってきた親子が八階のボタンを押すと、エレベーターは外の景色を見せながらぐぅっと上がる。

「透明のエレベーターってハラハラするね」

「あはは、確かに」

 昔の僕と全く同じことを言っている。

 五階のランプが点滅してチーンと鳴って扉が開く。やけに高級気味ている雰囲気が僕たちを睨み付ける。お前らの来るところじゃないんだぞ、と。

 そんな雰囲気をものともしないみかの手に引っ張られて僕も大きく一歩踏み出す。すると先ほどとは違って、視線が優しく思えた。

 さぁどこで買おうか。カジュアルなものから桁を数えたくなくなるものまで……本当に何でもあるから悩んでしまう。

「まずはゆうくんからね」

「ドキドキするなぁ」

 服を真面目に考えたことがなかったから自分に何が似合うかすら分かっていない。いつもは全く同じ服しか買わないから、酒類で言えば二種類ぐらいしか……そういえば、人と出かけるなんて高校に入ってからしたことなかったっけ。だから服に疎くなったのか。

 繋いだ手を見説受けるようにブンブンと振りながら店定めをする。

「あ、ここいいかも」

 言ってスタスタ入っていく。中を見渡すとどうやらカジュアルな服が多いようだ。暖色だったり、大き目のサイズであったり。中にはアニメとコラボしているシャツも売っていた。

「ゆうくんって優しいからこういう方が似合うと思うんだ」

「優しいかぁ。じゃぁ僕は僕で選んで……」

 言っては無そうと手の力を緩める。けれどみかがぎゅっと繋ぎ返してきた。

「や」

 口を尖らせてポツンと一言。目はこちらを見てないけれど、少し頬が赤らんでいる。

 嗚呼、何てかわいい脱獄犯なんだろう。

「……一緒に見て回ろうか」

 こちらまで恥ずかしくなってしまて右頬をポリポリと掻いた。片手が縛られたままじゃうまく服も取り出せないだろうに、どうするつもりなんだろうか。

「うーん、どうだろう。これかなぁ」

 みかが左手で持ち上げたのはでかでかとデフォルメ化された白熊の描かれた白いシャツだ。

 するとみかはすんなりと繋いだ手を放して僕の背中に服を当てた。何だか寂しいような、けれどもやっぱりどこか愛らしい。

「サイズは……っもうちょっと大きめの方がいいかな」

「派手じゃない?」

「これぐらいは許容範囲だよ。それに、どうせ上から何か羽織っちゃうし」

 それもそうか。

 僕は納得してもう一度背中を貸した。

「うん。サイズもちょっと大きいけど、ダボっとしてる方がかっこいいし、これにしちゃう?」

「そうだね。かご取ってくるよ」

「わかった~」

 みかは素早く綺麗にシャツを畳んだあと、すぐ後ろをトコトコとついてきた。片時も離れたくないんだろうか。まるでRPGの探索だ。

 かごを取ってその中にシャツを入れる。

「何着ぐらいいるんだろう?」

「う~ん、三着ぐらいでいいんじゃないかな? あとパジャマ」

「じゃぁ四着だね」

「うん! 選ぼ選ぼっ」

 みかはもう一度手を繋いだ。

 手を放して服を持ち上げて、僕の背中に当ててこれは違うだの言って。

 一つ一つ吟味しながらかごに入れていく。

「あっ、リュックもあった方がいいよね」

「確かに」

 言われるまで気づかなかった。リュックがなければ僕らの服は勿論、食料もどこに入れるつもりだったんだろうか。学生用の鞄なら学校に捨て置いてあるから、新調しないと。

 僕たちは財布と相談しながら買えるギリギリのラインで一番大きいリュックサックを選んでかごに入れて会計に持って行った。

「ちょっとお値段かかったね」

「いいの。ゆうくんに似合うならいいの」

 満面の笑みで手をつないで歩くみかは少し照れながら言った。今度は僕がみかの服を選ぶ番だ。

「みかはどんな服が着たい?」

「ゆうくんはどんな私が見たいの?」

 えっ、と言葉が詰まった。

「どんなみかも見たい」

 また脳が考えるのを止めてしまった。パタンと思考が閉じるとどうしても単純な答えしか喋れなくなってしまう。

「そっか、そっか……えへへ」

 嬉しそうにはにかむみかは、今までの子供らしさの陰に、どこか大人っぽさが見えた。禁断の林檎を食べて初めて羞恥心を覚えてしまったイヴが、ここにいるかのようだ。

 僕は膨大にすら思えてしまう女性用の洋服店からみかに合いそうなジャンルを取り扱っている店を選んで入った。

 少し落ち着いている店構えだけれど、飾ってあるものは子供らしさが少し残っている。

「へぇ、ゆうくんはどんなのを選んでくれるかな~」

「ハードル上げないでよ。女子の服なんて選んだことがないんだ」

「いいよ。なんでも嬉しいから」

 そう言われても緊張するものはするんだ。

 置いてある服をさらりと軽く見てから、どのあたりにある服が似合うか考える。

 大人っぽすぎたらダメだし、かといって子供すぎるとまた似合わない……

「何かお探しですか?」

 僕がみかと一緒に右往左往していると女性の店員が話しかけてきた。やけに香水の香りがする、大学生くらいの。

「あぁ、みかの……」

「私たちで探すので大丈夫ですっ」

 言ってみかはぎゅっと僕の左腕を掴んでずいずいと奥へ引っ張っていった。

 一番奥まで引っ張られて、ようやっと僕の腕は解放される。

「みか、嫉妬した?」

 ギクリ、とみかの肩が強張る。

「ゆうくん、鼻の下伸ばしてた」

「まさか。誰の服を選んでると思ってるのさ」

 僕はみかの頭を撫でた後、行こっかと言って手を繋いだ。先ほどの店員が遠くから僕らを見ている。

 さて、みかが嫉妬したものだから人の手は借りれなくなった。元から僕一人で選ぶ予定だったからいいのだけれど、それでもいざという時の手綱が一つ離されてしまった。

 あっ、とみかが足を止める。

「……みか、似合いそうだね」

 僕がみかの視線の先のマネキンを見て呟いた。

「ちょっと大人っぽすぎない?」

「着てみたいんでしょ?」

「うん」

「ならいいよ」

 そう言ってマネキンの左の棚にある一式をかごに入れた。少しボーイッシュな見た目の、メンズライクって言うんだったか。そういった類の服だ。

 みかの好みはよくわかったから、それに近い服を少し多めに五着入れて、僕のより少し小柄なハイキング用の水色のリュックサックをかごに入れる。

「そうだ、ゆうくん。お揃いの買おうよ」

「お揃いの?」

「うん。これがある限り私たちは絶対に離れない。絆を形として」

 随分と気障なことを言うものだと思ったけれど、僕はそうった、何というか普通であればハッと嘲笑に伏されてしまうような言葉が好きなんだ。それとも、みかが言ったから好きなのか。兎角僕はその意見に賛同した。

 幸い、この店はネックレスなどのアクセサリー類も売っている店だったので、数に困りはしない。

「う~ん。何か違う」

 指輪の棚を見てもしっくりこない様子。確かに邪魔そうだし、無駄に着飾っていてぼんやりと嫌な雰囲気がする。

「あ、これいいんじゃない?」

 僕が指さしたのは上半身だけのマネキンにかざられた、一対のネックレスだった。片方は青く、片方は赤いハートが嵌め込まれたネックレス。

「これなら、お揃いだって分かるでyそ?」

「あっ、いいね。これお値段もしないし」

 そうだね、と金額を見ると財布にも優しい。元から学生向けに作られたんだろうか。

「じゃぁ、これで終わりかな」

「そうだね」

 かごをレジに持っていく。

 財布を見ると、案外と残っていた。これならここ三日は衣食住に困らないだろう。

 ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。

 本当にお待たせしてしまい申し訳ありません。2か月近く経っており「時間が流れるのが早い!」と焦っております。

 言い訳をしておきますと、10月のはじめに今まで使っていたPCが壊れてしまい、投稿するにもできない状況でした。今は新しいPCからこうして投稿しています。幸いデータがそのまま移行できたので。


 次回はもっと早く投稿したいと思います。

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