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ポップコーン  作者: 口十
4/8

悲し笑い

「ありがとうございました~」

 皆が一斉に頭を下げる。その直後鳴り響く机の動く音と足音。

「っしゃ帰ろうぜ~。あ、ゲーセンよらね?ほら、煙高(けむりだか)駅近くの最近できたとこ」

「おっ、いいね~。あ、美香も一緒に行かね? ほら、美香っていつもすぐいなくなるだろ。たまには遊ぼうぜ」

 美香さんの名前が挙がって僕は無意識にそちらを見る。高橋と今井田が美香さんを誘ってるようだ。両方とも確か彼女がいたはずだったが……別に僕の気にするところではない。

「ほんと?」

 あー、関係ない関係ない。そもそも、そもそもだぞ。忘れてるのが普通なんだよあんな些細な約束なんて。そうそう。気にしてる方が可笑しいんだって。だって考えてみてみろ。僕は一昨日までずっと一人だったじゃないか。一人黙々と絵を描く姿がお似合いだったじゃないか。何を絆されているんだ僕は。嗚呼、ちゃっちゃと絵を描いちゃおう。

「あ、でもごめんね。今日用事あるから」

 そうか。美香さんには用事があるのか。きっと他の女子と遊ぶとかだろう。

「マジかー。んじゃまた明日なー」

「うん。また明日~」

 言うと美香さんはふわりとクラスから姿を消した。

 クラスの中は程よいうるささをキープしている。遊びに行く人はもうクラスを出て、残っているのは青春を撮りたい人か、特にすることなしに駄弁る人だけ。学年上がってすぐは僕に興味持って話しかけてくる人もいたけど、もう空気と同じ程度にしか思ってないんだろう。そっちの方が僕も助かるんだけどね。

 キャンドル・コーヴについては家で調べておいた。一応製作者も分かってる都市伝説というよりかは作り話といった方がいいんだろうけれど、僕とっては何でもいいんだ。絵になるものだったら何だっていい。嘘でも何でもいいから描きたい。


 ザァザァザァ

 降り始めた。夕焼け色に明るい色から一遍、落ちる雨は様々な音を奏でるけれど、どれも美しい音はしない。人の心を陰鬱にさせる音に、僕は少し身をゆだねた。

「あっ」

 少し聴き続けてようやっと傘を持ってないことに気づく。

 まぁいっか。どうせ秋の空だ。少ししたらまた変わるだろう。

 ……美香さんの心もすぐ変わるんだろうか。あの時話しかけたのは例えるなら夕立みたいなもので晴れだしたらまた僕の知らないところに行ってしまうんだろうか。そしてもう一度降るときは別の場所に……そんな風に、僕への気持ちなんてものはすぐに終わるんじゃないか。

「いやでも……」

 何が正解か分からないまま、そもそも正解があるかすら分からないまま反語だけを呟いて絵を描き続ける。気の迷いなんてものは誰にでもあるんだ。そうだそうだ。それを真に受ける方が馬鹿げてるんだって。

「ペンが進まないね」

「わっ!?」

 突然耳元で鳴る美しい音に僕は飛び跳ねた。

「美香さん……?帰ったんじゃ?」

「ん? ちょっと先輩のとこに顔出しに行ってただけだよ。それよりもどうしたの?悩み事?」

 外で鳴る音とは違って僕だけに聞かせてくれる軽く弾む音。まるで管楽器のそれに、僕は少したじろいで答えた。

「な、なんでもないよ……」

 ホントの事なんて言えるわけがないだろ。美香さんの事を考えていました……なんてキチガイじゃないと言えやしない。

「そうなんだ」

「み、美香さんは帰らないの?」

 周りを見るともう僕ら以外に学生は残っていないようだった。遠くから少しばかり吹奏楽部の練習する音が聞こえるだけ。それも雨のせいで少ししか聞こえないけれど。

 僕の問いに美香さんは少し悲しそうに笑って、

「昨日約束したじゃん。明日も話そうねって」

 言ってくれた。

「えっ、あっ、覚えて……た、の?」

 言うとこれまた悲しそうに、

「当たり前だよ。また見たいんだもん」

 まるで僕の心を読むように望む言葉を投げてくれる。

 あまりの嬉しさに僕の言葉は絶えた。長年使ってない言葉を今この場でぱっと使うのはあまりに失礼だと思って何も喋れなかったんだ。錆びついてるかもしれないし、そもそも音が鳴らないかもしれない。そう思うと喉はうまく鳴らないんだ。

「にしても雨止まないね」

「あ、あぁ、うん、そうだね。僕、傘忘れちゃって?」

「そうなの?実は私もなんだ」

 あはは、と頬を掻く姿の何たる愛らしさ。細めた目はまたゆっくりと開いて再び外を見る。

「雨って、ちょっと綺麗だよね」

「そ、そう?……かもね」

 どこが、と尋ねようとしたけれど、今この場この瞬間を崩したくなくて同意してしまった。

 僕は雨なんか嫌いだ。湿気でペンが弾まない時もあるし、何より濡れたら今まで描いたものは全部無くなってしまうじゃないか。

「あ、もしかして嫌いだった?」

「っと……そんなに好きではない………かな」

「そっか~、ごめんね」

「な、何も美香さんが謝らなくても…」

 沈黙が流れる。嗚呼、ずっとこうしていたい。静かに、ただゆっくりと流れる時間が、少しだけの雨音を流して、ただ僕は絵を描く。そうして行き詰った時だけちょっと駄弁る。

 ぼうっと流れる時間が、もっとゆっくり、遅く流れればいいのに……

 人の心は難しいものですね。気まぐれなのにどこか硬い芯を持ってる。本当に分からないものです。

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