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ポップコーン  作者: 口十
3/8

キャンドル・コーヴ

 部屋に戻ってすぐにベッドに身を投げた。二度三度跳ねて落ち着くと、何やってるんだろうって気持ちになる。

 ああやって地雷を踏んだ方が悪いんだ。そうだそうだ。僕はちっとも悪くない。

 そう思い込めたらきっと楽だ。

「……描こう」

 のしっと起き上がって小学校からずっと変わらない勉強机の前に座る。椅子は最近バイトのお金で新調した。流石ゲーマーを想定しているだけある。長時間座っても何の苦にもならない。とはいっても、ゲームのためじゃないけど。

 目の前のノートパソコンを開いていつものサイトを開く。

 クリーピーパスタを知ったのは中学生の頃。丁度絵を褒めてくれる人が減ってきた頃だ。こういった都市伝説を描いてるから減ったのか、減ってきたからなのか……そんなことはどうでもいい。

 スレンダーマン、ジェフ・ザ・キラー……大抵のものは描いてきた。二つは日本の口裂け女と花子さん程度には認知されているんじゃないかな。

「キャンドル・コーヴ?」

 知らないものが出てきた。どうやら実在したか分からないテレビ番組のようだ。極少数の人の記憶には残っているが、記録には一切残っていない、語るも恐ろしい内容の番組。

「…やってみよ」

 基本都市伝説を風景に混ぜる僕にとっては挑戦だ。人工物をメインに、でも目立ち過ぎず……難しい塩梅だ。

 まずは海外の家具を調べて、上手い具合に配置して…あたりを描いて。

 コンコン―――

 この力加減は…麻友姉か。

「なに?」

 僕はわざと不機嫌に返事した。許してると思われたくない。僕はそんな簡単に許せる人間じゃないんだきっと。

「姉ちゃんだけど…さっきの、話したくて………入っていい?」

「いいよ」

 突っぱねたら翌日まで引っ張るのが麻友姉だ。ここは少し許してやった体を装おう。

「ありがと」

 少ししょんぼりとした顔の麻友姉が顔を出す。不機嫌な顔で返すのも可哀想になってくる程に。

「まだ怒ってる?」

「もう怒ってないよ」

「ホント?」

 それに頷いて返す。途端顔が明るくなった。本当に分かりやすい人だ。

「その…さ。美香さんってどんな人?」

 仲直りへの切り口なんだろう。あまり見ない麻友姉の表情に笑いを堪えながら言葉を考える。

 …夜みたいな…人間じゃないみたいな。絵画みたな人……自然現象みたいにそこにぱっといて、ぱっと消えて。でも、明らかにいる。風景に溶け込む美しさ……なんて答えれば伝わるかな。

「綺麗な…人?」

「フッ、何それ」

「笑わないでよ……なんか、本当に捉えられないんだよ。風みたいな」

「風ぇ?」

 そうとしか言えないんだよ。実際に風みたいなんだから。突発的に心をくすぐって消える。今日も僕を焦らせて、落ち着いた頃にはもういない。

「なんていうのかな…神出鬼没」

「あ~、それなら分かる。男子そういうの好きだよね」

「偏見でしょ」

「まぁそうだけど…あ、そうだ。写真ないの?写真」

「写真は…ないけど、絵なら」

「おぉ!絶対そっちの方が分かりやすいって。見せて」

 そういえば麻友姉は僕の絵をよく褒める人の一人だった。僕が見せなくなっただけで、見せた時はいつも必ずいいところを見つけてくれる。褒めて伸ばすタイプだ。

 僕は鞄からスケッチブックを取り出して麻友姉に見せた。

「やっぱ上手いなー。なんだっけ、写術的なやつ」

「写実的な、ね」

「そうそれ。これで身長どれぐらいなの?」

「僕が小さいのもあるけど、普通と比べても大きいんじゃないかな。麻友姉と同じぐらい」

「じゃ、一六五ぐらい…結構あるね。モデルさん?」

「じゃないと思うけどな。クラス…っていうか、学校で人気だけど」

「そりゃ、絵で見るだけでも惚れそうだもんね。いやー、一回会ってみたなぁ。家とか知らないの?」

「知ってるわけないでしょ」

 呆れ気味に言うと、麻友姉は、はーやれやれと机のすぐ後ろにあるベッドに腰かけた。

「そういう情報を集めてかないと絶対彼女にはできないよ?」

 言われて少し頬が赤くなる。僕が、美香さんの彼女…? ありえない。あれだけ人気なんだから、別に僕じゃなくても彼氏には困らないだろうし…そもそも、今だってて彼氏がいるかもしれないんだ。

「彼女にしたいとか…そういういのじゃ」

「じゃぁ、どうしてそんなに描いてるのさ?ゆうが一人をずっと描くって今までなかったんだし、自分に素直にならないと」

「………」

 僕は黙って頷いた。

 確かに、今までこれほど一人に執着することはなかったし、自分でも自分が可笑しいのは何となく分かってた。けど、認めるとそれしか見えなくなりそうで怖かった。

「恋することは悪いことじゃないよ。そりゃ、騙されたりもするだろうけど、それもまた一興。絵の足しにすればいいんだよ」

「絵の足し…?た、例えばどんな?」

 僕はとにかく言い訳が欲しい。フラれた時、無駄じゃなかったと言えるような言い訳が。

「うーん、あたしはそういうの詳しくないけど、恋してた時の心情とか、フラれた時の気持ちとかを表現してみるとか? 馬鹿みたいなイケメンでも絶対フラれた経験はあるから共感してくれる人は絶対いるし、ゆうってそういう現実にないもの描くの得意じゃん? だから、幅を利かすのにもなると思うよ」

「そ、っか」

「だから怖がらずに何事もチャレンジだよ」

 そういうものか。

「一つの大作を作るんだって思って」

 大作……そういえば作った事が無いな。

「じ、じゃぁ、明日から声かけてみる…」

「よっしゃ!その意気!!」

 サムズアップしてみせる麻友姉は夕食時以上にキラキラしてた。よっぽど楽しいんだろう。でも、楽しまれるのも嫌じゃない。観客や見てくれる人が居るって分かっている方がいい作品が作れるときだってある。

「麻友姉も頑張って」

「あたしはもういい」

 よっぽど今の彼氏に飽きているんだろう。自分のこととなるとスンと切り替わる。

 それを見て僕が笑って、その様を見て今度は麻友姉が笑う。案外いつもこうやって自然と仲直りするんだから姉弟という関係は面白い。

 よし、明日は頑張ろう。

 読んでいただき誠にありがとうございます。

 キャンドル・コーヴを知っている方ってどれだけいるんでしょうね?


 では、また次回。

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