色恋沙汰
「おかえり~。ご飯あとちょっとだから~」
「あ~い」
リビングに入らず二階にある自室に入る。自室のドアノブには看板が下がっており、いない時は何も書かれてない面。いる時はポップに書かれた名前の方をかけなければならないと決まっている。母さんが昔覚えるために作った名残だ。
鞄をベッドに投げ捨てて押入れに収納されている洋服ダンスから適当に選んで着る。上着はお気に入りのデフォルメされた猫が描かれているやつだ。全く同じものが五着あるというだけでどれだけ気に入ってるか分かるだろう。他にもシャツとかも同じものばっかりある。どっかの動画で時短になるって言われてからほぼ同じものしか買ってない。
「ぁぇり~」
リビングでは母さんが着々と料理の準備を進めていた。その傍らで麻友姉がスマホで連絡を取っている。そのせいかおかえりが崩れまくっている……顔立ちは整っているのだが……
「麻友、ご飯だからケータイ止めて」
「大事な連絡なんですぅ~」
「新しい彼氏?」
僕が母さんが盛り付けた料理を運びながら訊ねる。
「まだ続いてるし」
惰性で連絡を取ってる辺りあと持って二週間か。
「ってか今日のご飯何?」
「目の前見たら分かるよ」
「あ、ハンバーグか」
並ぶ食器を一瞥してまたスマホに目を向ける。
「はいもう食べるよ」
「あ。あと一文字……あい終わり」
明らかに一文字の指の動きじゃないんだけど、まぁどうでもいいか。
「じゃ、いただきます」
「いただきまーす」
「あーす」
いつもの如くばらばらだ。
毎週水曜日は必ずハンバーグと決まってる。どうやら僕が小さい頃にハンバーグが好き、と言ったところから始まり、毎週その日を作ろうと両親で決めたそうだ。多分今となっては作り慣れているという理由もあるんじゃないか?
「そういえば麻友。あんた大学はどうなの」
味はとても美味しい。毎回適当に流す母親なので口にはしないが、少しずつアレンジしているようで、十年以上経っても飽きはきてない。
「全然よゆーだよ。分かんないとこは凛が教えてくれるし」
「凛ちゃんまだ元気なの?親御さんとは仲良くやってるの?」
「元気だよ。まだ映研やってるみたい。親の話は上がらないから知らない」
箸で差す母さんの方を見向きもせずハンバーグを割って食べる麻友姉は相変わらず芯が強い。僕みたいな軟弱者とは正反対だ。
「ってかあたしのことよりもゆうのことでしょ。そろそろ彼女の一つや二つできないの?」
さっきまで死にかけた動物みたいな目をしていたのにいきなり目がらんらんと輝くあたり酷い姉だ……
「ほぼ毎日聞いてくるけど……飽きないの?」
「弟の色恋沙汰しか生きる理由がないの!」
「……無いよ……あ、でも」
脳裏に美香さんが浮かぶ。
「でも!?」
身を乗り出す麻友姉。本当にこれしか生きる意味がないようにさえ見えてしまう。
「あ、や、なんでもない」
「はぁ!? 絶対なんかあるでしょ!!」
「ないって!」
もう飯を食う暇さえ奪ってきた。
「た、食べようよ」
「食べるのは後でもできんの!」
それを言ったら問い詰めるのも後でできるだろう。
母親に助け船を出そうと思ったが、つまらないバラエティだとでも思っているのか見向きもせず黙々と食べている。
「仲いい…?いいのか分からないけど、今日、美香さんと話した」
「お~、名前からして美女じゃん。どんな人なの?」
名前で判断するのはどうかと思うが。
「えっと、綺麗で。夜みたな人…?」
「夜みたいって…エロいの?」
言われた途端、何だかイラっときた。自分の作品を馬鹿にされてるかのような気分に陥った。美香さんは誰のものでもないはずなのに、それは分かっている。けれど、だけれど……
「あっ、ゴメン。ゆう、そういうの嫌いだったよね」
どうやら黙りこくった僕を見て察したみたいだ。能天気な麻友姉でも分かる程度には顔に出てたんだろう。
「いいよ。もう慣れたし」
自分に対して嘘を言う事に対してだろうか。
僕たちは確かに喧しいテレビの音が鳴る中で黙々と食べ続けた。何の会話もない。麻友姉はやらかした顔をしている。母さんはちょっと楽しそうだ。
「ごちそうさま。部屋いるから」
食べ終えた食器を重ねて流し台に置いてリビングを出た。何だか自分のせいじゃないのに自分のせいでこんなことになった気分になっていたたまれないっていうのがあったのかもしれない。
「なんか地雷踏んだっぽい……」
「そんなもんでしょ、姉弟って」
そんな会話が背後がから聞こえてくる。そんなもんなんだろうか。なんだかわからなくなってきた。
読んでいただき誠にありがとうございます。
更新遅れて申し訳ありませんでした。この時期、このご時世、忙しくなるものですね。




