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ポップコーン  作者: 口十
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盗み描く

 小さい頃から絵が好きだった。見るのは勿論描くのだって大好きだ。風景、人物、動物なんでも描けると信じ切っていたし、実際に極端に下手なものはなかった。あるコンクールでユニーク賞を貰ったし、親からも保育園や小学校の友達にも沢山褒められた。ただ、その分陰口は増えた。光に宛てられれば当然影もその分濃く、大きくなっていく。

 それでも、僕は毎日絵を描き続けた。少なくとも二年前までは。

 僕の絵は万人受けするものから少し逸れてしまった。それは個性を求めた故か真実を求めた故かそれは分からないけれど、中学校二年生の三学期に絵画コンクールに応募したことが切っ掛けで誰も僕に見向きもしなくなった。今まで僕の絵を見に来てくれた友達や親にも愛想を尽かされてしまった。正直悔しい反面、どこか仕方ないや、って諦念に暮れる気持ちも確かにあった。

 それから人の前で絵を描く事はなくなった。絵画コンクールにも応募しなくなったし、自分の描いた世界が馬鹿にされるのが嫌で人に見せたくなくなった。

「悠真クン。何描いてるの?」

 ハッ、と我に返る。いきなり呼ばれてビックリしたんだ。

 外はもう帳が降りかけている。人工芝生の生えたグラウンドからはラグビー部やサッカー部の声やぶつかる音なんかが聞こえる。

 クラスに残っているのは僕と、それから声をかけてきた人ぐらいだ。

 すぅっと脚を覆うタイツと学校指定の黒いブレザー。ゆっくりと顔を上げた先にヴィーナスのように整った顔と、腰まである夜色の髪が見えた。

 綺麗。語彙のない僕が彼女を表現する言葉はそれぐらいしか思い浮かばなかった。

「ねぇ、何を描いてたの?」

 その生徒は妖艶な少し吊り上がった目でこちらを見てくる。そこに悪意はないように見えた。純粋な興味だろうか。

 思い出した。クラスメイトの黒淵美香さんだ。クラスどころか学校のマドンナと言っても差し支えないだろうこのクラスの唯一の誇りだ。彼女がいるだけで場は和むし、誰だって笑顔になる。僕みたいな根暗な人とは大違いだ。

 そこでようやっと自分のスケッチブックの中身が見えてしまう、と焦った僕はぐしゃぐしゃと力任せに抱き寄せ見えないようにした。

「そんなに恥ずかしいこと描いてたの?助平」

「ち、違います!」

「なら見せれるじゃない?」

「………」

 美香さんは中途半端に食いついてくる。きっと僕が今スケッチブックを机の横に書けてある鞄に入れて退散すれば彼女は追ってこないだろう。その程度の食いつきだ。

 でも、人間そう思った通りに動けないように上手く出来ている。

「ど、どうぞ」

 僕は何をしているんだ! 見せないって一言言えばそれで彼女は退いてくれるんだ。けれど、だけれど……承認欲求には逆らえない。その一言がどうしても出ないんだ。

 彼女はスケッチブックを手に取って一枚一枚丁寧に見ていく。

「そ、その…中身は人物画とふ、風景画がメインです。あ、の…」

 僕の言葉が耳に入ってないのか、返事がもらえない。

「……素敵」

「えっ?」

 美香さんはゆっくりとページを捲りながら、その一つ一つじぃっくりと見ている。

 素敵なんて言われたのはいつぶりだろう。少なくともこの二年は言われてない。もっと言われてないかもしれない。

「あ、の、今、素敵って」

「言ったよ」

 美香さんはこちらに目を向けずに独り言のように応えた。

 またとないチャンスだ!

「あ、あの!できれば他のも…・・」

「いいの?」

 彼女の持っているスケッチブックを貰い、鞄に入っていた二冊の内の小さい方を渡す。いつもサラッと描ける用の小さめのと大きく景色を切り取る用のものを持ち歩いてるんだ。

「ど、どうぞ。あの、ラフ画ばっかですけど」

「へぇ……あ、これ……私、かな?」

 言われて僕の目は白黒する。

 描いていたことをすっかり忘れていた。美香さんは綺麗な体…というか、あまりに美しいから何度かモデルにしていたんだ。無断で。

 言葉が詰まって何も出てこない。ここでそうだ、と肯定しても無理矢理にスケッチブックを奪っても待ってるのは碌な未来じゃない。

 何が正解だ?

「いいよ」

 ああでもないこうでもないと慌てふためいていると、美香さんは少し照れた様子で呟いた。

 へ?と僕が返す。

「その、描いてもいいよ。私のこと。その、ほら、描かれるって今まで経験しないことだからさ。それに、こんなに綺麗に描いてくれるなら本望っていうか…」

「あ、え、あ、ありがとう。っていうか、本当にいいの?」

 言っちゃえば盗撮みたいなものだ。それを許諾するのか?本当に?

「うん……その、女の子でも承認欲求はあるんだよ。こんな未来の芸術家の被写体になるっていうのはそれだけで認められてるっていうことだろうから」

 美香さんをスケッチしたページをこちらに見せながらはにかむ姿は、どの芸術家にも描けやしないだろう。写真家でさえも残せない。脳だけがそれを鮮明に記録できる。

 僕がぼけぇっとしていると美香さんはチャイムの音に反応してそそくさと帰る支度をしだした。

「また明日も放課後話そうね」

「えっ…あっ、うん」

 明らか美香さんはもう走り去って声は届かないというのに僕は誰に対して返事をしたんだろう。

 先ほどまでオレンジ色だった空は既に真っ暗。秋の空はよく変わってしまう。その間を切り抜こうとしても画角を決めている内に気まぐれに変えてしまう。

 女心と秋の空。

 なんて言葉が頭に浮かんだ。美香さんの心は今どの空色なんだろうか。晴れか雨か。昼か夜か。そのどっちが良い悪いじゃなくてただ単に知りたくなってしまった。

「帰らないと」

 もうグラウンドに生徒の姿はない。廊下を通るともう僕のいたクラス以外電気もついてなかった。

 ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。


 こちらはワードで書くのと同時並行して作りますので、二週間に一回よりも遅いかもしれませんが、気長に待っていただければなと思います。


 では、次回にまたお会いしましょう。

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