第壱話「邂逅」
やっと、『陰陽師奇譚』を投稿する事が出来ました。嬉しい限りです。
申し遅れました、私……雛罌粟初秋と申します。詳しい事は私のユーザー情報やTwitterをご覧頂ければと存じ上げます。
拙い文章力かと存じますが、最後までご拝読頂けると幸いでございます。
これから宜しくお願い申し上げます。
6月1日 3時40分 華島神社
太陽がまだ出ておらず闇が広がっている神社の境内に二人の若者がいた。普通に考えればこの時間、この場所に人がいるのはおかしい。明らかに参拝客ではない感じだった。
「この先を踏み入る事なかれ、だってよ?どうする」
黒の帽子を被った若者が立て札を見ながらもう一人の若者に聞いた。
「いや、関係ねぇよ。行っちまおう」
答えは想像通りだった。金髪で耳にピアスをした若者がそう答えた。若気の至りだろう、二人は立て札の警告を無視して足を踏み入れた。すると、地面が妖しく紫色に光った。
「────!!」
帽子を被った若者は目を丸くし絶句していた。異変はこれだけでは終わらない。ピン、ピン、ピン、ピン、ピンと音を立てながら地面に光の線が走り五芒星を描いた。
「なッ、なんだ……今のは!?」
自分たちの目の前に非現実的な出来事に対し発する事の出来た言葉はそれだけだった。そして早くこの場を去った方がいい、と身の危険を感じ引き返そうとした時だった。後ろに僅かな風を感じ一瞬だけ呻き声を聞いた。気になり振り返ると耳にピアスをした若者がいなくなっていた。
「おいッ!何処に行ったんだ!?」
と、辺りを見渡しながら心配する声を上げる。
「地獄だぜ?」
「えッ!?」
背後に風と気配を感じた。何事かと思った時には、帽子を被った若者の意識は刈り取られ二度と目を覚ます事はなかった。
ボリボリ、ガリガリ、ゴリゴリと骨肉を嚙む音、ジュウ~、ズズズと血を飲む音といった静かな境内に似つかわしくない音が響き渡った。
「久しぶりの人間の肉は美味いぜ!!」
人間の肉は美味い、と現実では聞かない言葉が発せられた。この言葉の持ち主が帽子を被った若者を襲ったのである。襲った者は異形だった。人間と同じく二足歩行だが背丈が熊の様に大きく毛深く、顔が赤く二本の牙が鋭く伸びて、目がギロリと光り、額から二本の角が生えていた。
「強いて言えば女子の肉が良かったがな」
「ガハハハッ!そいつは言えているぜ」
奥の方から二体の異形が帽子を被った若者を食している異形の下に近づいた。この二体の異形が耳にピアスをした若者を襲い食した者だった。この異形も同じ姿をしていた。
三体の異形は笑いながら若者を食していた。その様子はサラリーマンが飲み会を楽しむ様だった。やがて、夜が過ぎ朝が来ようとしていた。
「ふぅ、喰ったな」
「あぁ、こんな時間だしな。もう、人間たちの時間か」
「おい。お前の足元に落ちている物は、アレか?」
異形の一体が仲間の異形の足元に落ちている物を指さしながら口を開いた。
「忌々しい陰陽師がオレたちを封印する時に使った代物だな」
その代物が足元に落ちていた異形はそれを拾い上げ事細かく眺めていた。その代物は白い勾玉の形をしていた。それらのやり取りを見ていたもう一体の異形が強引に奪い取った。
「その持ち主の陰陽師はくたばっちまったと思うが、ムカつくぜ。こんなちっぽけなモンで」
奪い取った後は勾玉の形をした代物を一瞥し適当な方向へ放り投げた。
「怒りは尤もだ。だが、封印は解かれた。これからは食べ放題だ」
「あぁ、そうだな。まぁ、人間たちの時間が近いからな……楽しみは夜までのお預けだぜ」
異形たちは朝日が昇る前に闇の中へと去っていた。再び来る夜の、闇の時間の為に。異形たちが去った後は静寂が訪れた。そこには無残な若者の遺体が……というのは無く、跡形もなく、まるで何もなかったかの様だった。
6月1日 7時40分 華島神社付近
青のスポーツバッグを肩にかけタレ目で人当たりが良さそうな青年が歩いていた。名前を金森柊馬という。柊馬は大学を目指して歩いていた。その道中、カランカランと何かを蹴っ飛ばした。ただの小石だろうと思ったが、よく見ると白く綺麗な勾玉の形をしていたので近づいた。
(うん?石かと思ったけど、違うな。確か……歴史の教科書に載っていた────)
「勾玉だ!!」
柊馬がそれを勾玉と認識し拾い上げた瞬間、脳内に何かが流れてきた。
「────!!」
最初に流れた来たのは夜の森の中に二人の人影だった。一人は狩衣の青年で、もう一人は衣一枚を纏っていて頭の長い老人だった。続いて声が流れてきた。声の感じからして青年からだろう。
「吾是天帝所使執持金刀
非凡常刀是百錬之刀也
一下何鬼不走何病不癒
千妖万邪皆悉済除
急々如律令」
言い終えると青年は印を結んだ。すると、老人は苦しみ光に包まれ青年が持っていた刀に吸い込まれた。
柊馬がふと気が付くと虫や鳥たちの鳴き声、子どもたちの他愛のない会話、車が走る音が聞こえ現実に引き戻された。
「な、何だッ!?今のは……」
暑さのせいか、いや……今流れ込んできた映像のせいであろう汗をいつも以上にかいていた。
(疲れているのかな。大学が終わったら今日は早めに休もう)
そう帰宅後の予定を立てると、ポケットに勾玉を入れて大学に向かった。
6月1日 12時36分 華島大学・食堂
「……」
柊馬は華島大学の食堂にて昼食をとっていた。しかし、今朝の出来事が気になり食欲が無いのか、殆ど手を付けずに箸を置いた。
「よう!どうした、そんな辛気臭ぇ顔して。失恋でもしたか?」
椅子を引き座り180cmくらいの長身で茶髪の男が声をかけてきた。男の名は渡瀬煌志。柊馬の親友である。煌志の口ぶりは心配というよりもおどける様な感じだった。
「恋してないから、失恋も出来ないよ」
「あはは、違ぇねぇ」
柊馬の返答に煌志は僅かに口角を上げ答えた。
「で、本当にどうした?」
そして、先ほどとは打って変わり真顔で声の調子は真剣になり、指を組み柊馬に聞いた。
「今朝、華島神社でコレを拾ったんだ」
柊馬はポケットから今朝拾った勾玉を取り出し、煌志の目の前に置いた。
「これは……!?」
「何か分かるの?」
煌志が目を丸くし何かに気が付いた口ぶりだったので、柊馬は顔を近づけ煌志の目を見た。煌志は勾玉を凝視し静かに時間が過ぎた。
「分かんねぇ。何だっけ、コレ?」
「……」
煌志の答えに柊馬は呆れて何も言えなかった。やがて、ため息をつくと口を開いた。
「勾玉だよ」
「そうだ、勾玉だ!!その勾玉が何だっていうんだ?」
「拾ったら幻覚?の様なものが見えて。でも、今は見えなくて。煌志も触ってみてくれないかな?」
「どれどれ……」
煌志は言われままに怪訝そうな顔を浮かべ四本の指で勾玉に触れた。
「どう?」
「何も見えねぇぞ?お前が薬をやる奴じゃねぇからな、疲れてんじゃねぇのか?」
「そうかも知れないね、昨日は徹夜だったから。大学が終わったら早く休むつもりだよ」
煌志には見えない様で、柊馬と同じく柊馬自身が疲れている、という答えを出した。柊馬も煌志の答えには納得した様で頷いた。
「あぁ、それがいい。ところでよ、この勾玉どうするんだ?」
「神社の近くにあったから、神社の持ち物だと思うんだ。だから、帰る途中に寄ろうと思っているよ」
「そっか。あんま無理はすんなよ?じゃ」
煌志はそれだけを言うと椅子を引き立ち上がり手を上げ柊馬の下を去った。柊馬も手を振り返し答えた。そして、煌志に打ち明けホッとしたのか食欲が湧いてきたので昼食を再びとり始めた。
6月1日 20時45分 華島神社付近
初夏とはいえ陽は沈み夜になっていた。そんな中、柊馬は勾玉を返却する為、華島神社を目指し歩いていた。陽が沈む前には立ち寄れるはずだったが、この様な時間帯になってしまったのは、柊馬がレポートを仕上げるのに夢中になっていたからである。
華島神社に差し掛かった時、怒声が柊馬の耳を支配した。
「……?何か声が聞こえるな……喧嘩かな?神社の境内から」
柊馬は疑問に思った。こんな時間に、こんな場所から怒声が聞こえるのか、と。勾玉の返却もあったので境内に足を踏み入れた。歩を進めるにつれ、血生臭いにおいが柊馬の鼻を刺激した。今にも吐き出しそうだったので、慌ててハンカチで鼻と口を覆った。
吐き気を堪えながら境内の最奥部を目にした時、柊馬は自身の目を疑った。
「────!!」
(人が……喰われて、いる?何だ、あの異形の者は?急いで離れないと)
異形が人を喰らっていた。獅子が鹿を喰らう様な純粋に食事の風景とも言えぬ、非現実的な事に本能が訴えかけていた。見つかる前に逃げろ、と。考えるよりも先に柊馬の足が動いていた。しかし、不幸にもパキッと音が鳴ってしまった。いや、鳴らせてしまった。柊馬の足が枝を踏んでいたのである。当然、異形もその音に気が付き柊馬の方へ視線を向ける。
「ほう、人間か!!お前も喰われに来たのか?」
(逃げないと!!)
ニヤリと不気味な笑みを浮かべ異形は柊馬へ問う。答えようが答えまいが結果は同じ。そもそも、それ以前の問題である。逃げなければ死。火を見るよりも明らかなこの現状に、柊馬は一目散に逃げだした。
「おい、待てよ!!喰わせろよ」
「あの人間はお前に任せるぜ」
奥からもう一体の異形が姿を表し、柊馬を追いかけようとしている異形にそう言うと、その異形は「おう、ありがてぇ」と言ったのと同時に柊馬を目掛けて駈けだした。その表情は鬼ごっこで鬼になった子どもが、追いかけ捕まえようとしている楽しい感じだった。
先に逃げたとはいえ人間と異形である。あっという間に追い着かれてしまった。たとえ100mの記録保持者でも異形の前には無意味だろう。捕食者が獲物を狩る時には攻撃し弱らせる必要がある。異形が柊馬の前に出ては振り返り右の拳で、柊馬の左頬を死なない程度に打ち抜いた。
「がッ……!!」
苦悶の声と共に柊馬の身体は打たれたボールの様に吹っ飛び、近くの木にぶつかった。
「オイオイ……簡単にくたばってくれるなよ?獲物はゆっくりと時間をかけて喰いたいからな」
異形が頭を掻きながら呆れた口調で、痛みに悶える柊馬にゆっくり近づいて来た。
(こ、このままじゃ……やられる……!!)
何とかしようとも恐怖で身体が言う事を聞かない、動かない。柊馬は死を覚悟し目を瞑った。すると、頭の中に聞き覚えのある声が響いた。
「汝、光を以て闇を鎮め給え」
声の持ち主は柊馬が今朝、華島神社で勾玉を拾った時に流れてきた映像に出てきた狩衣を着た青年だった。
「ッ!?光を以て闇を鎮める?何の事?」
「勾玉に勇気・覚悟・意志を込めよ。さすれば光の刃とならん」
「光の……刃……」
柊馬がそう呟くと現実に引き戻され、異形がすぐそこまでに迫っていた。
「覚悟は決まったか?人間よ」
(くッ……やるしか、ない!)
一か八か。柊馬は覚悟を決めポケットから勾玉を取り出し自身の胸元に持って来て力強く握り念じた。
「あばよ、人間」
異形が飛び掛かり死が柊馬に迫っていた。ブスリと肉を貫く音と共に、ポタポタと血が滴る音。そして、苦悶の声。その声は人のものではなかった。
「き、きさ……ま。お、んみょう……じ?」
柊馬が恐る恐る目を開けると勾玉が光の刃へと変化し、異形の胸元を貫いていた。それが、致命傷となり柊馬に疑問を残しつつこと切れた。すると、異形の身体が光に包まれ、光の刃に吸収された。
「た、倒した……」
緊張の糸が切れたのか柊馬はへなへなと力なく、その場に座り込んだ。しかし、安心も束の間。何かの足音が柊馬の方に近づいて来た。
「おい、何してん────!!貴様……その刀」
「陰陽師の末裔か」
「……!!」
足音の正体は先ほど倒し吸収した異形によく似た二体の異形だった。この状況は流石に想定外で柊馬は光の刀になった勾玉を握っている事しか出来なかった。一方で異形の方も想定外だった。まさか、仲間の一人が人間に、それも陰陽師の末裔かと思われる者に倒されるとは思いもしなかったからである。
「陰陽師が一人と言えど、油断出来ん。これは予想外だ」
「退くか」
「あぁ……」
二体の異形は柊馬に襲い掛かる事なく踵を返し、闇の中へ消えていった。それを見た柊馬は、今度こそ安心。と思い切り息を吐いた。
「ふぅ……な、なんとかなった……」
「お見事です」
「────!!」
突然、目の前から子どもの声が聞こえたので柊馬は声の持ち主であろう、その子を見て言葉を失った。狐色をしたショートカットの髪。見た目5歳くらいの子だが、今の時代には珍しい狩衣を纏っていた。百歩譲って狩衣は良しとしよう。異様なのは狐の様な耳と尻尾が生えていたのである。
「き、君は……誰だ?さっきの奴らの仲間なの?」
「ボクは式神です、その刀の持ち主だった方の」
式神の言葉に柊馬は光の刀になった勾玉に視線を落とした。
「元は貴方が言う奴ら────妖怪でした。とある事情で式神となりました」
「妖怪。さっきの奴らが……」
「はい。その刀の持ち主・ご主人様とボクは協力して妖怪を封印していました」
(今朝、頭に流れてきたのがそれか……)
頭に流れてきた映像を思い返していた。狩衣を来た青年が頭の長い老人と対峙する場面。あの光景は妖怪を封印しているものだった。
「妖怪たちの封印は終わり、平和が訪れました。しかし、ボクのご主人様は……1000年先の世で邪悪な妖怪は解き放たれる、と予言していらっしゃいました」
「1000年先というのは……まさか、今年?」
柊馬が恐る恐る質問すると式神は首を縦に振った。
「そして、ボクは……ご主人様に、この刀を扱う者の式神となり手助けせよ、と命じ、刀に封印されておりました」
「もしかして……僕が」
「えぇ。ボクはゴンです。宜しくお願いしますね、新しいご主人しゃ……ご、ご主人様」
その式神は自らをゴン。と名乗った。ゴンは頭を下げ噛みながらも柊馬を主人とし尽くす事を誓った。
「ご主人様、僕が?」
ゴンの主人となる柊馬は未だ事態を呑み込めておらず、首を傾げていた。
6月1日 21時32分 ???
「ほほう。これはこれは……実に面白くなったな」
如何だったでしょうか?
皆様を楽しませる事が出来たのであれば何よりでございます。
ご感想やご質問は随時受け付けております。此方でもTwitterでも構いません。皆様のお声が私の力になります。
それでは、第弐話までお待ちくださいませ。