Scene1
私立結糸学園高等学校には地名に根付く都市伝説が生徒達の間で語り継がれている。
バレンタインの日、チョコレートを豊穣神「結糸」に捧げると、チョコレートの送り主ともらい主が運命の糸で結ばれるというものだ。
この伝説を初めて知った人は苦笑するに違いない。地名になる神様がバレンタインの日を大事にしたり、供え物がチョコレートだったりと、イベントが現代的で虚構めいているからだ。それでもこの伝説が語り継がれるのは、生徒達が恋愛に切実な想いを抱いているからかもしれない。
本校の生徒、横川大地も恋愛に切実な想いを抱く生徒だった。彼は運動部で鍛えられた筋肉質な体型と大らかさな性格で、男子女子先輩後輩を問わない交友関係を持っていたが、恋愛では意中の相手に振り向いてもらえずにいた。一年生の時のバレンタインでは妹の清からチョコレートをもらうに留まった。
それから一年。大地は自室の机に並べられた、三つの小さな包みの前で腕組みをしていた。
そんな大地の傍らには三毛猫が、包みに鼻を近づけて、尻尾を振っていた。そして猫は大地の方を振り向くと、小学生のような甲高い声で語りかけた。
「で、どのチョコを僕にくれるの?」
「猫にチョコやったらダメだと思うんだが?」
「僕は猫の姿に見えるだけで、実際は神様だから大丈夫なんだ……で、どのチョコくれるの?」
「それが、どれが誰のチョコか分からないんだ」
猫はズコっと仰け反った。
「もらったとき、顔を見てないの?」
大地はムスっとした。
「去年は女子に告白して全敗したんだ。舞い上がるに決まっているだろ?」
猫は口を開けて大きな欠伸をした。
「なら適当に選べばいいよ。三人とも可愛いから舞い上がってるんでしょ?」
「いや、二人だ」
「チョコレートは三つあるじゃん」
「……あのうちの一つは男友達の海路からもらった友チョコなんだ」
力なく笑う大地に猫は淡々と言った。
「僕の力が有効なのは一人だからね?」
「く、どれが霞のチョコなんだ」
頭をかきむしる大地の腕に猫は肉球を添えた。
「とりあえず今日一日を振り返ってみようよ」
「お前……」
「僕は豊穣の神、結糸だよ?」
そして結糸は僕の横に座った。
「さぁ、今日の一日の行動を振り返ってごらん」
「お、おう……」
大地は三つの包みを見つめた。
赤い花柄の包み。
黒い高級そうな包み。
少し皺の寄った緑色の包み。
大地は瞼を伏せ、今日一日を振り返った。