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第59話「礼儀」

 たった一日のはずだけど、とても長く感じられた別荘で過ごした時間。

 濃密過ぎる昨日あった出来事を思い出しながら、シャワーを浴びてきた俺は自分の部屋で横になって寛いでいた。


 やはり一番印象的だったのは、四大美女達のプライベートな姿だ。

 楓花はともかく、彼女達はそのあまりにも優れた容姿のせいで周囲から常に一目置かれており、ありのままで居られる機会というのはきっと多くは無いだろう。


 楓花はともかく。


 だからこそ、昨日のありのままで楽しんでいる彼女達の姿を見ていられたのは純粋に良かったなと思う。

 柊さんも、星野さんも、羽生さんもみんな楽しそうにしていてくれたのが、別に自分の功績というわけでもないけど嬉しかった。



 パァーン!


 そして、俺の部屋の扉が勝手に開けられる。

 しかしもう、俺は驚かない。

 すっかり慣れたものというのもおかしな話だが、実際慣れてしまっている自分がいた。


 こうして人の部屋の扉を断りも無く開けて入ってきたのは、言うまでも無く楓花だった。

 昨日は一応あれでも気を張っていたのだろう、今日はいつものジャージにメガネとお馴染みの干物スタイル全開だった。

 そして、牛乳片手にもう片方の手にはお菓子を大量に持ってやってきた楓花は、当たり前のように部屋の机の上にぶちまけると「よいしょっと」と座って寛ぎだす。



「あ、お兄ちゃんも食べていいよ」

「いや、家かよ」


 家なんだけどさ。精神的な話だ。

 長年のツレのように寛ぐ楓花は、煎餅片手に横になりながら腰の辺りをボリボリかくその姿は、完全に大人を通り越してオジサンだった。



「で、今日は何しに来たんだ?」

「え?別に何も」

「何もないのか」

「うん、昨日は一緒に過ごした仲じゃない。人がいなくなって寂しいかなと思って、このスーパー可愛い妹が遊びにきてあげたんだよ」


 感謝して欲しいもんだね全くと、何故か呆れる楓花。

 そんな自由過ぎる妹に、俺の中のイライラバロメーターが徐々に上がって行くのは最早言うまでもない。



「いや、必要ないから」

「まぁまぁ、いいのよ別に。大船に乗った気持ちでいてくれてさ」


 何が大船だ。泥船の間違いだろう。

 しかし、こんな妹でも昨日は彼女達に引けを取らない程美少女に見えたのは、やっぱり気のせいだったに違いない……。


 そして、そんな楓花に呆れていると一件のメッセージが届く。



「ん?羽生さんだ珍しい」


 そのメッセージはなんと羽生さんからのもので、普段連絡を取っているわけでもない羽生さんからのメッセージに驚いた俺はついそう呟いてしまう。

 そして、その呟きを地獄耳で聞き逃さない楓花は、ガバッと俺の方を向くとそのまま起き上がってスマホを覗き込もうとしてくる。



「おい、やめろ!プライバシーの侵害だぞ!」

「うるさい!兄妹だから関係ないの!」

「何だよめちゃくちゃ言うな!おい、マジでやめろ!」


 純度100パーセントの理不尽を口にしながら、スマホに手を伸ばす楓花。

 しかし、羽生さんのプライバシーだってあるのだから、当然スマホを見せるわけがない俺は楓花のデコを掴んで引き離す。


 そして、隙を見て片手で送られてきたメッセージを素早く確認すると、それは何てことない昨日はありがとうというお礼だった。



「昨日はありがとうってよ。礼儀正しくていい子だよな、お前と違って」

「はぁ?わ、わたしだって礼儀正しいし!歩く礼儀だからっ!」


 勝手に人のスマホを見ようとする楓花に嫌みを言うと、今年一番無理がある事を言い出しながら何故か張り合う楓花。

 最近の楓花は、何だか以前にも増して負けず嫌いが悪化しているような気がする。



「ふーん?じゃあ見せてくれよ、その礼儀とやらを」

「いいでしょう。本当は講習代を頂きたいところだけど、特別に無料で見せてあげましょう」


 そう言うと、自信満々に立ち上がる楓花は何を企んでいるのか足早に自分の部屋へと戻って行った。

 そして10分ちょっと経っただろうか、再び部屋の扉をパァーンと開けて戻ってきた楓花。


 やれやれ、何だよ一体と呆れながら振り向くと、俺はそのまま驚きで固まってしまう――。



「――お前、何やってるんだよ」

「何って、礼儀だよ」


 俺が驚いているのに気を良くしたのか、そのままベッドに腰掛ける俺のもとへツツツと近付いてくると、そのまま隣にくっつくように座ってくる楓花。

 そのぐらいなら正直気にもならないのだが、今の楓花相手にはそうもいかなかった。



「いや、お前――その恰好は――」

「どう?可愛いでしょ?」

「可愛いっていうか――なんでお前、そんなもん持ってるんだよ……」


 そう、部屋に戻ってきた楓花は一体いつ手に入れたのか、ナースのコスプレをしているのであった――。


 純白のミニスカートの白衣から、白く透き通るような長い足が覗く。

 その姿は、雑誌やネットで見るコスプレ写真なんて目じゃないほど様になっていた――。



「そ、その恰好の何が礼儀なんだよ……」

「何って、男の子に対する礼儀だよ――どう?ドキドキする?」


 俺を試すように、耳元でそんな言葉を囁いてくる楓花は、妹なのにちょっと艶めかしく感じられた。

 さっきまでジャージ姿で完全に干物だったというのに、まさに馬子にも衣裳で感じられる印象はまるで異なり、妹相手だというのにドキドキしてしまっている自分がいた。



「……分かった、降参だ。だからもう着替えてこい……」

「うふふ、降参ってなぁに?お兄ちゃん♪」


 完全に気をよくして、面白がっている楓花。

 焦る俺を手玉に取るように、更に身を寄せて魅了しようとしてくる。


 両腕をきゅっと寄せたせいで、胸元からは谷間まで覗く――。



「……目のやり場に困るんだよ……。その、刺激強いから……」

「刺激?」

「ああ、だからそんな恰好、他の男の前ではするなよ……」


 これでも四大美女と呼ばれる大切な妹なのだ。

 そんな妹のこんな姿が世間様に知られたら、きっと大変なことになるのは確実だった。

 それに、どこの野郎かも分からないやつに、こんな楓花の姿を見られるのは何だか癪なのだ。



「……う、うん。着ない着ない」

「ほ、本当か?」

「うん……着ない……お兄ちゃんの前、だけ……」


 そう言ってすっと身を引き離す楓花に安堵した俺は、隣を振り向く。

 するとそこには、何故か俺以上に顔を真っ赤にする楓花の姿があった。



「……なんでお前が照れてるんだよ」

「う、うるさいっ!き、着替えてくるっ!」


 そう言って立ち上がると、足早に自分の部屋へとまた戻って行く楓花。

 全く何がしたかったのか最後まで謎だったが、妹のコスプレ姿にドキドキしてしまうなんてなと自分に呆れつつも、改めて自分の妹の破壊力を思い知らされたのであった――。



最後はやっぱり返り討ちにあう楓花ちゃんでした。


――でも、今回は引き分けですね。

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― 新着の感想 ―
[一言] うん、結局妹というものは兄には敵わないのですね/w しかし、なんでナース服持っていたのか。バニー服とかも…
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