第57話「同室」
寝室には、元々来客用に用意されているのかベッドが二つ置かれていた。
その光景を見て、何故か楓花は舌打ちを打っていたのだが気にしないでおく事にした。
まぁ他には何も無いし、何より疲れ切った俺は明日に備えて早く眠る事にした。
「じゃあ楓花、疲れたから寝るわ」
「え?」
いや、え?ってなんだよ。
信じられないものを見るように驚く楓花。
何故寝室で寝ると言っただけで、そんな反応をされなければならないのだ。
だから俺は、そんな楓花は放っておいてさっさと眠る事にした。
「じゃ、おやすみ」
そう言って布団に潜り込む。
すると楓花は、不満そうにしながらも隣のベッドに腰掛けた。
それを確認した俺は、横になったせいか一気に眠気が加速するのを感じる。
――ああ、これはすぐ眠れそうだな
そう思いながら目を閉じていると、楓花も諦めたのか部屋の電気が消された。
――まぁ楓花的には、もうちょっと遊びたかったのかもしれないな
そんな楓花には悪い事したかなと心の中で詫びつつも、疲れた俺は本格的に眠る体勢に入った。
ギシッ――
しかし、何故か隣のベッドではなく俺が横になるベッドが軋む音が聞こえてくる。
そしてゴソゴソと掛け布団が捲られたかと思うと、そのままスルスルと同じベッドに入ってくる人物が一人――。
「――おい、もう一つベッドがあるだろ」
「――こ、これは仕方ないの」
「仕方ないって、何が?」
「――だって、わたしこういう所だと、寝れないんだもん」
ああ、そう言えばそうだった。
楓花は幼い頃から、旅行先とかでは中々寝れないタイプだったっけ。
だから楓花は、小さい頃はこうしてよく俺の布団に潜り込んできていたりしたのだ。
――って、もう高校生だぞ?
そう思ったけれど、疲れている俺にはその事をどうこう言う気力は残されていなかった。
今ここで楓花を追い出す余力はもう無い俺は、減るもんじゃないし仕方なくお兄ちゃんしてやる事にした。
「――ったく、もう高校生なんだから、そろそろ一人で寝れるようにならないとな」
「はぁい、えへへ」
俺が受け入れたのが分かったのか、楓花は嬉しそうに返事をする。
こうしてしおらしくしていれば、可愛い妹なんだけどな。
ギィ――
こうして一緒に横になっていると、部屋の扉の方から小さな音が聞こえてくる。
そしてばっと開かれた扉から、暗い部屋の中に明かりが差し込む。
「ちょ、ちょっと!本当に一緒に寝てるし!」
「ふえぇ」
「あらまぁ」
それは、言うまでもなく羽生さん、星野さん、柊さんの三人だった。
どうやら三人は、心配になったのか部屋の様子をこっそり見に来たようだ。
そしたら本当に楓花が添い寝しているから、驚いて飛び込んできたのだろう。
「もう、こっちはこれから眠るところなんだから、邪魔しないでよ」
「いや、何で同じベッドなのよ!?」
「だってそれは……」
「それは?」
「――わたしこういうところだと、一人じゃ寝れないんだもん……」
恥ずかしそうに、三人にも理由を打ち明ける楓花。
だからどうしても楓花は、俺と同じ部屋になりたかったのだろう。
その理由、そして恥ずかしそうに打ち明ける楓花の姿を前に、三人はポカンと言葉を失っていた。
「――ま、まぁそういう理由なら、仕方ないの、かもね」
「は、はい」
「楓花さん、可愛い」
普段見ない楓花のしおらしい態度に、三人とも驚いたのだろう。
こうして、どうやら楓花は許されたようだった。
「でも、だったら不健全な事が無いように見張りは必要ね。空いた方のベッドはわたしが使うわ!」
「え、だったら私も!」
「うふふ、じゃあ私もそうしちゃいましょうかね」
「いやいや、三人は無理でしょ!」
「あら、詰めれば眠れますよ」
そして三人は協議の結果、三人一緒に隣のベッドで眠る事にしたようだった。
確かにセミダブルサイズはあるこのベッドなら、あの三人なら寝れない事は無いだろう。
そんなこんなで、結局全員同じ部屋で眠る事になった俺達は、部屋の電気を消して横になった。
隣のベッドからは、並んで眠る美少女達の他愛の無い会話が聞こえてくる。
そんな、まるで修学旅行ではしゃぐ彼女達の仲睦まじい様子に満足しながら、俺は今度こそ眠る事にした。
しかし、そんな俺の手をぎゅっと握ってきた楓花は、こっちに詰め寄ってくる――。
「――ねぇ、良太くん」
そして三人に気付かれないように、俺にだけ聞こえるようにそっと耳元で囁いてくる。
その口から洩れる吐息に、俺は鳥肌が立ってしまう。
「――な、なんだよ」
「――今日は、すごく楽しかった。友達と遊ぶのも、悪く無いなって思ったよ」
何事かと思えば、楓花は今日の感想をコッソリ教えてくれたのであった。
でも俺は、楓花がそう言っている事が嬉しかった。
これまでずっと一人だった楓花に、友達が出来たのだ。
そして楓花の口から、こうしてちゃんと楽しかったと聞けた事が嬉しかった俺は、楓花の方に身体を向ける。
「――そうか、良かったな」
そして嬉しくなった俺は、そう言って楓花の頭を軽く撫でてやった。
「――うん、良太くんもありがとう。おやすみ」
暗闇の中でも、楓花は嬉しそうに微笑んでいるのが分かった。
――うん、おやすみ楓花
こうして俺達は、気が付くと眠りに落ちていたのであった。
良かったね楓花ちゃん。
この一日で、四人の絆も深まりましたとさ。




