第41話「兄の役目」
今日も色々あったけれど、無事一日を終えた俺は部屋で一人桜きらりちゃんの配信を見る。
今日も流れるようにゲームで失敗して笑いを生んでいる彼女が、今日一緒にいた星野さんだと思うとやっぱり変な感じがした。
同じグループの竹中とレースゲームで競っているが、最後の最後でアイテム負けして竹中に必ず追い抜かされて惨敗するきらりちゃん。
そんなきらりちゃんは、現在ネット上では笑いの神様的扱いをされており、一部芸人にも崇められていたりする程だったりする。
でもそんなきらりちゃんは、実は実際に会うととてもシャイで引っ込み思案な女の子だなんて、きっと誰も思わないだろう。
所謂ネット弁慶な彼女は、今日も今日とて竹中に悪態をついて懲らしめられるという完璧なオチをつけているのであった。
そんな、今日も安定して笑える神配信を見れた事に満足していると、突然部屋の扉が勢いよく開かれた。
その音にちょっとビックリしたのだが、案の定パジャマ姿の楓花が勝手に部屋に入ってきたのであった。
口にはアイスを咥えており、手にはもう一つアイスが握られていた。
「はい、あげる」
「え、いいのか?」
「あげるって言ってるんだから、いいに決まってるじゃん」
何?ツンデレ?
いつもだったら、絶対に俺用ではなく自分用なのに、今日は何故かアイスを俺にくれた楓花。
そのいつもと違う行動に、思わず身構える俺。
あの食い意地の化身のような楓花が、人に食べ物を譲るなんてどう考えてもおかしいのだ。
「なんだ、熱でもあるのか?」
「は?何?いらないなら食べるけど」
「いや、悪い、貰うよ」
慌てて貰ったアイスを咥える俺。
その様子を見た楓花は、満足そうに一回頷くとそのままシャリシャリとアイスを全部食べてしまった。
そしてアイスを食べ終えた楓花は、いつも通り俺の本棚から漫画を手にすると、そのままその漫画を持って俺のベッドの上で横になった。
どうやら今日も楓花は、俺の部屋にこれから居座るつもりのようだ。
「星野さんの配信見てたの?」
「ん?ああ、丁度今終わったとこだ」
「ふーん。面白かった?」
「ああ、今日も面白かったぞ」
「へぇー」
へぇってなんだよ。
しかし楓花はそれ以降、特に何も語らなかった。
ただ何だか不機嫌というか、やっぱり星野さんの事はまだ受け入れられないような感じだった。
ちなみにきらりちゃん=星野さんだというのは、俺がお店で気が付いたのと同じように、楓花も会話をする中で勘付いていたようだ。
しかし、俺は普段からきらりちゃんの配信を見ているから分かったのだが、楓花は数回見ただけでそれに気づいてしまうのは、流石の洞察眼というかエスパーっぷりというか、正直兄の俺でも末恐ろしかった。
「――楓花はその、星野さんが苦手か?」
「いや、そういうわけじゃないけど――」
「じゃないけど?」
「だってお兄ちゃん、何してるのかなと思ったら女の子と会ってるんだもん」
「いや、それはだから、相談事があってだな」
「それは分かってるけど――もういい!」
そう言って楓花は一方的に話を終わらせて、漫画を読みだした。
一体何がいけないのかよく分からないが、とりあえず楓花がふてくされているのは明らかだった。
だから俺は、そんな楓花のご機嫌取りをする事にした。
怒った楓花を宥め続けて早何年だ?とにかくこの世で俺が一番楓花の扱いに慣れていると言っても過言ではないわけで、こういう時どうしたらいいのかは身体に染みつき過ぎているのであった。
「――楓花、ちょっと隣に来い」
「は?なんでよ――」
「いいから」
俺がそう強めに言うと、普段は我儘な楓花も若干しおらしくなりながら、言われた通り隣にちょこんと座る。
それを確認した俺は、とりあえず楓花の頭を撫でてやる。
「そんな怒るなって。俺と一つ勝負しよう」
「――別に怒ってないし。勝負って何?」
「楓花がこれを見て笑わなければお前の勝ち。で、笑ったら俺の勝ちだ」
そう言って俺は、目の前のパソコンで桜きらりちゃんのチャンネルを表示すると、その中でも一番再生数の多い動画をクリックする。
そう、この再生数の一番多い動画こそ、笑いの神様きらり様の配信の中でも、一番奇跡を起こした配信として有名な動画なのだ。
マイスペ配信で完全にイキり散らかしたきらりちゃんは、リスナーの「頼むから松明おいてくれ!」という大量のコメントを無視した結果、せっかく集めた資材ごと敵キャラの爆発に巻き込まれて全ロスするという流れるようなオチを生み出しており、最早芸術の域とまで言われる程それは華麗な失敗ムーブをかましてくれており、Vtuberファンのみならずあらゆる所で話題になった伝説の動画なのだ。
個人的には、これを見て笑わない人はいないと思える程笑える動画なため、俺はその動画を賭けに用いた。
すると楓花は、頭を撫でられながらも「かかってこい」と乗り気だったため、こうして二人で2時間弱のその動画を一緒に見る事になったのであった。
◇
「なにこれ、無理!」
「はい、楓花の負けな」
勝負の結果、やはり最後のオチには耐えられず楓花の負けに終わった。
やっぱり何度見ても笑えるそのオチには、流石の楓花も爆笑してしまったのであった。
「イキってみんなのコメント無視するから、全部振り出しに戻ってんじゃん!」
「ああ、これが桜きらりの人気がある理由なんだよ」
「あの子、実はこんなに馬鹿だったのね」
お腹痛いと笑いが止まらない様子の楓花に、俺は満足した。
自分の好きなコンテンツが、他の人にも面白さが伝わる喜びを感じながら。
「うん、今度あった時はわたしも話してみたいかも」
「だろ?これでいて実際会うとあれだけシャイなんだぜ?気になりすぎるだろ?」
「本当にね」
こうして、どうやら楓花の中で星野さんの見る目を変えてくれたようだ。
同じ四大美女と呼ばれる二人には、出来る事なら仲良くして欲しいと思っていた俺はその変化に満足した。
「じゃあ、この勝負は俺の勝ちって事で、楓花は罰ゲームな」
「は?聞いてないけど」
「うん、言ってないもん」
「ずるい!」
「はいはい、じゃあ楓花にはそうだな、肩揉んで貰おうかな」
そう言って俺は、自分の肩をちょんちょんと指さした。
すると楓花は、ふくれながらも俺の後ろに回ると、どうやら言われた通り肩を揉んでくれるようだった。
「良いって言うまで頼むよ」
「やだ、もう無理」
しかし楓花は、数回揉むともう嫌になったのか、そのまま後ろから腕を回して抱きついてきた。
「お、おい、まだ全然揉んでないだろ!?」
「うるさい!こんな美少女が後ろから抱きついてるんだから感謝しろ!」
そう言って楓花は、後ろからぎゅっと俺を締め付けるように抱きついてくる。
自分で美少女とか言っているのはどうかと思うが、まぁ正直これも悪い気はしなかった俺は「はいはい、分かったよ」と楓花の気が済むまでそのまま抱かれている事にしたのであった。
日常回でした。
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