第31話「重なる偶然」
「じゃあ、俺こっちだから。今日はありがとう、これからも応援してるよ」
喫茶店を出た俺は、星野さんにそう声をかけて歩き出した。
まさかあの、桜きらりちゃん本人に出会えるなんて思わなかったな。
オマケに、その中の人がまさかの楓花と同じ四大美女と呼ばれる超絶美少女だなんて最早誰も思うまい。
たまにVtuberは外見に自信の無い人がうんたらかんたらという意見をSNS上で目にする事があるが、そいつら全員並べて星野さんとご対面させてやりたいぐらいだ。
「あ、あの!」
「ん?どうした?」
「あ、えっと、わたしもこっちなんです……」
「そうなんだ、じゃあ途中まで一緒に帰りますか」
「い、いいんですかっ!?」
「良いも何もないですよ」
こうして俺は、家が同じ方向だという星野さんと一緒に帰宅する事になった。
道中はやっぱりVtuberの話題で盛り上がり、星野さんとは趣味を共有どころか、俺の趣味そのものの人だから話しているだけで本当に楽しかった。
それはどうやら星野さんも同じ気持ちでいてくれているようで、楽しそうに微笑む彼女を見ているだけで正直かなり目の保養だった。
その姿は、やっぱり『南中の聖女様』という呼ばれ方も納得できるほど可憐で美しく、こんな美少女と一緒に歩けているというだけで幸せを感じてしまう。
だが、暫く一緒に歩いたところで俺は一つの異変に気が付いた。
それは、家が同じ方向だと言ってもいくらなんでも一緒に歩きすぎな事だ。
もうちょっと行ったら家に着くぞという距離になっても、未だに星野さんは隣を歩いているのであった。
「あの、そろそろうちに着くんだけど、星野さんもこの辺なの?」
「あ、はい!もうすぐです!え、という事は、風見さんが気を使ってくれていたわけではないのですね」
星野さんも気にしていたようで、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
どうやら、お互い同じ疑問を抱いていたようだ。
そんなこんなでまた暫く一緒に歩いていると、ついには自分の家が見える距離までやってきた。
「分かるかな?あそこの赤い屋根がうちなんだ」
話題も丁度途切れた事だし、俺は何気なしに自分家が見えたから指さしながら星野さんに教えた。
「え、そうなんですか!わたしの家はあそこですよ」
そして、何故か驚いた様子の星野さんも、自分の家を指さして教えてくれた。
するとそこは、うちから川を挟んで反対側にある大きな一戸建ての家だった。
つまりは、この川を挟んでほぼ対面にある家にお互い住んでいたのである。
言われてみれば、丁度この川を境に学区が変わるんだっけ。
となると、南中は俺の家と反対側にあるし、今星野さんが通ってる高校も反対側にあるため、これまで近いようで離れていたわけだ。
星野さん自身、駅前へ向かう以外はこの川を超える事はあまりないという事だが、それにしてもの事態だった。
まさかお互いの家が目視できる距離に住んでいるなんて、誰も思いやしないだろう。
――え?待てよ?てことは、桜きらりちゃんは普段俺の家のすぐ側で配信してたってこと?
マジかよ――。
こんな近い距離で、俺達は配信上で交わっていたって事か。
そう思うと、途端に笑えてきた。
いくら何でも近すぎるでしょと。
それは星野さんも同じなようで、可笑しくなった俺達は一緒に笑い合った。
「わたし達、ご近所さんだったんですね」
「本当だね、まさかきらりちゃんがこんな近くで配信してブチギレてるなんて思わなかったよ」
「あ、そ、それは!わ、わたしもこんなに近くにたけのこさんがいるなんて思いませんでしたよっ!」
本当に、偶然に偶然が重なり過ぎていた。
四大美女で、桜きらりで、オマケにご近所さんだなんて、こんな偶然確率にしたら宝くじが当たるようなレベルなんじゃないだろうか。
「でも、良かったです。ご近所さんだから、これからも仲良く出来そうですし」
「え?うん、まぁ、そうだね。あ、俺は厄介オタクじゃないから、これからも変わらず配信は一人のリスナーとして楽しませて貰うけどね」
「ええ、そうして下さい。じゃあ今日も19時から配信予定なので、遊びに来てくださいね」
「んー、もっときらりちゃんっぽく言って欲しいなぁ」
「え?じゃ、じゃあ――絶対遊びに来なさいよねっ!ふんだっ!」
俺の無茶ぶりに、星野さんはビシッと俺の事を指さしながらオーダーに答えてくれた。
その声や仕草はやっぱり俺の大好きなきらりちゃんそのもので、思わず頬が緩んできてしまう。
「ありがとう、じゃあ今日は必ず配信に行くよ」
「ええ、お願いしますね!――それで、あの」
「ん?どうした?」
「もし、良かったらなんですけど――その、連絡先を――」
そう言って、もじもじと恥ずかしそうに自分のスマホを握っている星野さん。
「ああ、そうですね、連絡先交換しましょうか」
「は、はいっ!」
こうして俺は、星野さんと連絡先を交換して帰宅した。
まだ昼時なのだが、既に本当に濃い一日だった。
きらりちゃんグッズを無事買えたと思ったら、そのきらりちゃん本人と遭遇して、更には一緒に喫茶店でお茶までしてしまったのだ。
それからきらりちゃんの本音を聞く事が出来たのは嬉しかったし、その上まさかご近所だなんてこんなのいくら何でも運命すぎるでしょと。
オマケに連絡先まで交換出来たという事の喜びが、今更になってジワジワと湧き上がってくるのであった。
――こんな事他のファンに知られたら殺されそうだな。っていうか、まだ何かあったような気がするけど、何だっけか?
そんな事を考えながら、帰宅した俺は自分の部屋の扉を開けた。
するとそこには、ベッドの上でお腹を出しながら大の字になって寝ている楓花の姿があった――。
――そうだった、楓花が寝てたんだ
そんな、そもそもの濃い一日の原因を作った楓花の事をようやく思い出した俺は、呆れながらももう昼だし仕方なく起こしてやる事にした。
「おい楓花起きろ。もう昼だぞ?」
「――んあ?お兄ちゃん?なんでここに?」
「なんでって、ここは俺の部屋だからな」
「ああ――そうだった――おやすみ」
「二度寝するなよ」
「――うー、じゃあ起こして」
「分かった」
しかし、ちっとも起きようとせず、相変わらずの干物っぷりを発揮する楓花。
だから俺は、楓花から起こしてと言ってきたので、言われた通り楓花の脇を思いっきりくすぐって起こしてやった。
すると、ヒーヒー言いながら笑い転げた楓花は、ようやく目を覚ましたようで上半身を起こした。
「もうっ!起こし方!!」
「起きれたんだから文句言うな」
「馬鹿!大体わたしを置いてどこに――ん?」
「な、なんだよ?」
「――お兄ちゃんから、他の女の匂いがするような」
「は、はぁ?」
むーっと目を細めて睨んでくる楓花。
な、なんだよこいつ、エスパーか何かかよ怖い……。
少しはだけたパジャマ姿は少し目のやり場に困るが、ぐしゃぐしゃの寝ぐせで上手い事女としての魅力が相殺されている楓花は、どうやら本気で何か疑っている様子だった。
「あーもういいから、昼ご飯の時間だから行くぞ」
こうしてボンバーヘッドと見合っていても埒が明かないため、俺はそんな楓花の手を取って歩き出した。
すると、さっきまで不機嫌そうだった楓花だが、俺の手をぎゅっと握り返してきたかと思うと何故か良い顔をしており、どうやら機嫌が直ったようだった。
「オムライス――いや、中華丼ね」
「何?昼飯の予想か?じゃあ俺は、無難にラーメンかな」
ドヤ顔で昼ご飯予想をする楓花に合わせて、俺も予想しながら階段を下りた。
「最初はオムライスにしようと思ったんだけど、急に食べたくなっちゃったのよね」
俺達が席へ着くと、そう言いながら母さんが食卓に用意してくれた昼ご飯は、まさかの中華丼だった。
――いや、マジでエスパーかよ
見事的中した事が嬉しいのか、楓花はやっぱりドヤ顔を浮かべていた。
しかし、ここでも寝ぐせでぐしゃぐしゃのボンバーヘッドのせいで、そんなドヤ顔も台無しなのであった。
こうして、そんな新たな妹の才能に震えながら食べた中華丼は、普通に美味しかった。
母さんの料理に勝るもの無しって事だね。うん。
いつも見ている配信者が、まさかのご近所さんでした。
そしてふうちゃんは、まさかのエスパーでした?
続きます!
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※読み直してみると、確かに川挟んで向かい合わせって川のレベルで印象違うなと思いました。
作者的には、結構大きい川(川幅50m~100m)規模の川を想定しておりますので、用水路レベルの川をイメージされた方は確かに違和感を生みそうですねすみません。




