第30話「理解者」
引き続き、桜ちゃん視点になります。
どうしよう――思わず普通に声を発してしまった。
流石に普段ならバレるはずもないのだけれど、今彼はVtuber桜きらりのグッズに手を伸ばしているのだから、わたしの声が桜きらりであると気が付くのも無理は無かった。
でも、ここで黙っていては余計不味い。
わたしが本人だと認める事も出来ないため、気を取り直したわたしは咄嗟に口を開く。
「あ、い、いや、違います――」
――駄目だ、我ながら無理がありすぎる!
ちょっと声を変えてみたけど、いきなり声を変えたら余計怪しまれるに決まっていた。
ああもう、どうしてわたしってこんなにコミュ障なのかと自分で自分を恨んだ。
「あ、で、ですよねー。すみません、変な勘違いしちゃって」
しかし彼は、そう言って何も無かった事にしてくれたのである。
わたしのバレバレの嘘を前に、空気を読んで話しを合わせてくれたのだ。
そんな優しい彼に、わたしは話題を変える意味でも気になった事を聞いてみる事にした。
理由はどうあれ、こうして自分のファンの人と会話出来る機会は貴重だからこそ、今の機会を逃したくないという気持ちが働いてしまったのだ。
「あ、あのっ!桜きらりのファンなんですか?」
「え?ああ、そうですね。いつも面白いんですよね彼女」
「そ、そうなんですね」
ああ、やっぱりわたしのファンなんだなと、いざ面と向かって言葉にされると中々恥ずかしいものがあった。
幸いマスクをしていて口元が隠れているのを良いことに、嬉しさから思わず口元がニヤけてきてしまう。
「大分活動初期から応援してるんで、今日は是が非でもグッズ買わないとと思いましてね」
「へ、へぇ、どのぐらい前から?」
「それこそ、デビュー配信からですよ。たけのこって名前でコメントもしてると思うので、きっとチャット欄にもいると思いますよ」
「――あ、たけのこさん」
「え?」
「い、いや!な、ななななんでもないですっ!」
驚いて、思わず口に出してしまった――。
そう、まさかあのたけのこさんが、今目の前に居るこの人だったのである。
そう思うだけで、わたしの頭の中は最早パニック状態に陥ってしまっていた――。
でも、あのデビュー当初からずっと支えてくれていた人と、今こうして話す事が出来ていると思うだけで、やっぱりわたしの心の底から喜びが込み上げてくるのを感じてしまう。
駄目だと分かっていても、もっとこの人の事を知りたいとそう願ってしまうのだ。
「あー、貴女もその、きらりちゃんファンなんですか?」
「え、ええ、そうです!」
そんな事を考えていると、彼の方から話しかけてきた。
驚いたわたしは、咄嗟に返事をしてしまった。
「じゃあ、今日は同じくグッズを買いに?」
「え?い、いや、今日は見に来ただけです!もう全部家にあるので!」
「成る程、もう――ってあれ?今日発売ですよね?」
「あっ!それは、その!」
返答に困ってしまう。
やっぱり頭が追い付かなくて、また要らない事を口にしてしまった。
自分のポンコツ具合はある意味平常運転なのだが、口を開けば失言してしまう自分がただただ情けなかった。
「じゃあ、僕はお会計してきちゃいますね。どうもさっきはすみませんでした」
すると彼は、返答に困っているわたしに気を使ってくれたのだろうか、そう言ってわたしのグッズを手にするとそのままレジへと向かって行ってしまった。
だけどわたしは、もっとたけのこさんと話してみたかった。
これまでわたしをずっと応援してくれていた彼の事を、もっと知りたいとどうしても願ってしまうのだ。
そう思いながら、慌てて去っていく彼に何か声をかけようと思ったのだけれど、これまで散々ミスを繰り返してしまったわたしはもう、なんて彼に声をかけたら良いのか分からなくて、そのまま彼を引き留める事は出来なかった――。
こうして、せっかくあのたけのこさんと対面する事が出来たというのに、わたしは持ち前のポンコツ具合を発揮してしまい、ろくに会話する事も出来ずに終了してしまったのであった。
――でも、やっぱりわたしはもう少しだけ彼と話しをしてみたい
――ここで逃げ出したら、きっと後悔するに違いないから
そう、やっぱりわたしは、これまでの活動を一番応援してくれていた彼に対して、このままさようならをする事なんてしたくなかった。
そう思ったわたしは、勇気を振り絞ってお店から出てきた彼に再び声をかけたのであった――。
◇
それから無事彼に声をかける事に成功したわたしは、彼と一緒に近くにあった喫茶店へとやってきた。
最初こそ緊張したけれど、たけのこさんというわたしの活動の一番の理解者に、活動を始めるキッカケの話しや、わたしが聖女様だなんて呼ばれて困っている話しなんかをしっかりと聞いて貰えたことが嬉しかったし、そんなたけのこさんと過ごす時間は初対面にも関わらず何だかとても心地が良かった。
これまで文章だけでわたしを支えてくれた彼だったけれど、実際に話してみても思っていた通りの人で、きっと根っからのそういう人なんだっていう事が伝わってくる。
それに、見た目も良い意味で思っていた感じとは違うし――なんて、少し余裕が出てきたわたしは余計な事まで考えてしまいながら、思ったままにまたいらない事を口走ってしまう。
「でも、やっぱりたけのこ――いえ、風見さんは不思議な方ですね。正直申しまして、こんなに自然に面と向かって話が出来る同世代の男性は初めてです」
そう、わたしはこれまでの人生において、こうして面と向かって同世代の男の子と話が出来た経験なんてほとんど無かったのだ。
みんな私と向かい合うと避けるように目を逸らしてしまい、唯一会話をする事があるとすれば、それは呼び出されて告白を受ける時ぐらいだった。
それなのに、今目の前にいる風見さんは微笑みながら、こんなわたしの顔を真っすぐ見つめ返しながら話しをしてくれていることがわたしは本当に嬉しかった。
こうして同世代の男の子と等身大で接する事が出来る事に、どうしても喜びを感じずにはいられなかった。
「え?ああ、それはあれですよ。俺には星野さんと同じ妹がいるからです」
「同じ妹?」
同じ妹とは、何の事だろうか?
意味は分からないけれど、風見さんにはどうやら妹さんがいらっしゃるようだ。
ああ、自分にもこんなお兄さんがいたらいいななんてぼんやり思っていると、風見さんから衝撃的な言葉が語られた。
「うちの妹も、世間では四大美女なんて呼ばれてるんですよ」
「――え?」
「妹の名前は、風見楓花。『西中の大天使様』なんて呼ばれてます」
「えっ!?ええええー!?」
その言葉に、わたしは思わず声を上げて驚いてしまった。
まさかたけのこさんの妹さんが、わたしと同じ境遇にある人だなんて普通思いもしない。
わたし達が、世間では四大美女なんて呼ばれ方をされている事は知っている。
でも、わたしは他の方に会った事ないし、そもそもわたしなんかがそんな大層な呼ばれ方をする内の一人だなんてずっと不相応だと思っていた。
しかし、いざこうして身近に同じ四大美女という存在がいるのであれば、正直に言って一度会ってみたい気持ちが湧き上がってくるのであった。
「ごめん、驚かせちゃったかな?」
「い、いえ、でも、そうなんですね。確かに風見さんの妹さんなら、納得です」
「あー、そう言って貰えるのは嬉しいんだけど、妹とは血が繋がっていないんだ」
「え?義理、なんですか?」
「うん、まだ幼い頃親が再婚してね、母さんの連れ子なんだ」
「そう、だったんですね」
何故だろう、そんな話しを聞いてわたしは少しだけ胸が痛くなるのを感じた。
血の繋がらない妹で、しかも四大美女と呼ばれる恐らくわたし以上の美少女が、風見さんと一緒に暮らしているのが嫌だったから?でも何故――?
そんな動揺が、わたしの中でじわじわと広がっていく。
わたし自身、これまでの人生で感じた事の無いこの感情に、どうしていいのか分からなくなってしまっていた。
それから風見さんとは、他のVtuberについての話しとか、他愛の無い話しをさせて貰い本当にとても楽しい時間を過ごす事が出来た。
けれど、先程感じた胸のしこりだけはずっと残ったままなのであった――。
桜ちゃん、これはもう?
続きます!




