第29話「理由」
桜ちゃん視点になります。
――わたしはずっと、孤独だった。
小さい頃は、心無いクラスメイトから生まれ持ったこの容姿を馬鹿にされ、そして物心ついた頃には聖女だなんてあだ名までつけられてしまった。
それから中学生になると、わたしはどうやらこの容姿のせいで男の子達からは常に注目を浴びてしまっており、そのせいで女の子達からは煙たがれてしまい、気が付くとわたしには友達と呼べる存在なんて一人もいなかった。
そんな日々が続いたある日、わたしはたまたま見ていた動画サイトでVtuberという存在を知った。
二次元のキャラクター達が面白可笑しくトークをしながらゲームをしている配信に、わたしは時間を忘れて見入ってしまっていたのだ。
そこには沢山の人達がリスナーとして集まっており、次から次へと流れてくるコメントは本当に凄くて、今自分は彼らとこの配信を見て時間を共有してるんだって思うと、不思議とそれまでの孤独感が薄れていくのを感じる事が出来た。
だからそれからのわたしは、学校では相変わらず孤独だったけれど、帰宅後はVtuberの配信を世界中のみんなと一緒に楽しむという趣味が出来たのであった。
それまでのわたしは、一日ずっと孤独を感じる日も少なくなかったのだが、このVtuber文化を知ってからは、少なくとも一日の内半分は孤独を感じないでいらるようになっていた。
だからわたしは、そう思える事だけでただただ嬉しかった――。
そして、そんな日々を過ごしているとわたしは自分の中で一つの欲求が湧いている事を自覚した。
――わたしにも、出来たりするのかな
そう、わたしはいつしか見る側から、見せる側になる事に憧れを抱いてしまったのである。
もしわたしも、この子達みたいに世界中のリスナーと楽しく会話出来たら、それはきっと楽しいに違いないと思ってしまったのだ――。
それからわたしは、SNSで偶然一つの新規Vtuberグループの立ち上げを知った。
まだ実績も何も無い、全くの新しいグループのメンバー募集という事で、最初は正直不安の方が大きかった。
それでもわたしは、憧れのVtuberになるため勇気を出してその募集に応募した。
昔からアニメ声だと言われていたため、自分の声には多少の自信はあったのだが、結果はなんと無事合格していたのである。
それからは本当にとんとん拍子で話が進んでいき、事務所の人と相談して『桜きらり』というVtuberを生み出すと、それからプロフィールや配信スタイルを決めていく作業は本当に楽しくてワクワクした事を今でも覚えている。
あぁ、わたしが生み出したこのキャラクターに、これからわたしが命を宿すんだって思うだけで、もう飛び跳ねて喜びたくなる気持ちでいっぱいだった。
そんな期待と不安が入り乱れた状態の中、わたしはついにデビューの日を迎えた。
――しかし、世の中そんなに甘くはなかった。
初配信には、わたしがそれまで見ていた人気のVtuber達のように人なんて当然集まらず、本当に限られた数のリスナーしか集まらなかったのである。
でも、最初はみんなそんなもんだろうと、わたしは決して諦めたりなんてしなかった。
必ず先輩達に追いついてやると思いながら、それからは毎日活動を続けた。
でも、そうやって頑張れたのは、当然自分の努力だけでは無理だったのは間違いなかった。
じゃあなんで続けられたかと言えば、それはこんなわたしにも数は少ないながらも固定のファンが付いてくれており、彼らはいつも配信に遊びに来て応援してくれるし、配信が終わればSNSで感想とかを呟いて応援してくれていたからに他ならなかった。
こんな自分にファンが付いてくれているという事実だけで、もう十分心は満たされていた。
だからわたしは、その大事なファンの名前と個性を一人一人ちゃんと覚えておくことにした。
仮にもし自分に人気が出たとしても、今のわたしを支えてくれた彼らが居てくれたからだという事を、絶対に忘れたくないと思いながら――。
そして、そんな初期の頃から応援してくれているファンの内の一人に、たけのこさんはいた。
彼は、わたしの配信に求めているものが他のファンのみんなと違っていたから、一番印象の強いファンだった。
というのも、やはりリスナーの多くは桜きらりという美少女キャラに惹かれて遊びに来てくれている人がほとんどで、わたしに対して可愛いという感想が全体の9割を占めていたのだ。
でも彼だけは違った。
彼は配信上で笑えた場面とか言動を、時折いじりも込めながら毎回面白可笑しく呟いてくれていたのである。
正直に言うと、学校で聖女様だなんて呼ばれて男の子達から崇められてしまっているわたしとしては、可愛いと言われる事に対して特別な感情は抱かなくなってしまっていた。
勿論、桜きらりという可愛いキャラクターを生み出してくれた関係者には感謝しているし、褒められる事自体は嬉しい。
でもそれ以上に、たけのこさんはわたしの配信自体を楽しんでくれているのが嬉しかったし、毎回頂ける感想はわたしのVtuber活動において本当に参考になっていたのである。
今のわたしの自由な配信スタイルも、たまたまわたしがゲームに惨敗して喚き散らした配信を彼が面白いと笑ってくれたから生まれたものと言っても過言ではなかった。
それ程までに、彼はわたしにとって一種のご意見番であり、また唯一の理解者でもあったのだ。
だからそんな、たけのこさんの意見を参考にしながら面白い配信を考えるのは本当に楽しかったし、その結果話題を呼んでどんどんリスナーさんが増えていくのはまるで夢物語のように嬉しかった。
結果、今ではわたしが元々見ていたVtuberの娘達と同等ぐらいの規模にまで広まり、そんな彼女達とゲーム配信で初めてコラボ出来た時は夢が叶ったようで本当に嬉しかった。
こうして、今や人気Vtuberとなる事が出来た私は、ついに自分達のキャラクターグッズを販売して貰える事になったのである。
それを知った時は、本当に飛び跳ねて喜んでしまった。
だって自分達のグッズが日本中で販売されるのだから、そんなの嬉しすぎるに決まっている。
本当にこの活動を始めてからのわたしは、ずっと夢を見させられ続けているような感覚だった。
そしてこの夢は現在進行形で、わたしの背中をずっと押してくれている。
決してこれで終わりではなく、これからも行けるところまで行ってやろうとグループ全員で一丸となって目標に突き進むこの感じは、何も無かった自分にとって一番大切なものになっていた。
だからこそ、わたしはもう居ても立ってもいられなくなり、ついグッズ発売日に店頭まで足を運んでしまったのである。
幸い地元は地方のため、そこまで人混みは出来ないだろうしバレはしないだろうという油断があったのは確かだけれど、わたしはどうしてもこの目でわたし達のグッズが売れていくところをこの目で見たかったのだ。
そして、店内で自分のグッズが本当に並べられているのを見つけたわたしは、思わずその商品に手を伸ばしていた。
事前に事務所から同じものが届けられているため既にそれがどんなものかは知っていたのだが、それでもわたしは実際に売られているそれをこの手に取ってちゃんと見たかったのだ。
そしてそのまま商品へ手を伸ばすと、同じくわたしのグッズに伸びてきた手がもう一つあり、結果その手とわたしの手が触れ合ってしまった。
「「あ」」
お互いグッズにしか目がいっていなかったようで、同時に同じ言葉を呟いてしまった。
わたしは焦りながらも、そんな彼の姿をこの目で確認する。
だって、今桜きらりのグッズに手を伸ばしていた彼は、きっとわたしのファンに違いないのだから――。
そんな彼はというと、わたしの思っていたファン像とはちょっと違っていた。
なんていうか、彼を見てまず最初に思った事は『こんな人が配信見てくれてるの』だった。
そこに居たのは、背は結構高くて、顔もはっきり言ってしまえばかなり整っており、自分みたいなボッチとは真逆の存在である所謂陽キャな見た目をした男の子だったのである。
「あ、ごめんなさい。急いで手を伸ばしてしまって」
そんな彼は、わたしに向かって申し訳無さそうにそう言って謝ってきた。
でも、配信では好き放題やっていうても現実では相変わらずのコミュ障を拗らせてしまっているわたしでは、そんな謝罪に対して上手く返事なんて出来ない。
「――い、いえ、こちらこそ」
そう一言返すのがやっとだった。
こんな見た目陽キャな男の子と会話するなんて、それだけでわたしにとっては超ベリーハードモードなのだ。
そして、だからこそとでも言うのだろうか。
わたしはその時、とんでもないミスを犯してしまっていたのである。
「――え、きらりちゃん?」
彼はわたしの声を聞いて、そう呟いたのである。
その瞬間、わたしはやってしまったと後悔した――。
Vtuber活動を始めるキッカケと思いでした。
これは桜ちゃん、正ヒロインの貫禄
続きます!!




