第25話「添い寝」
――ついに、この日がやってきた。
俺が日頃から追っているVtuberの桜きらりちゃんの所属するVtuber事務所が、大手アニメグッズ販売店とのコラボ企画がいよいよ明日からスタートするのだ。
売られるものは、Vtuberの絵がプリントされたクリアケースとかタペストリーなどよくあるキャラクターグッズなのだが、今回初めてこのVtuber事務所のライバーがグッズ化する事もあり前評判はかなり高く、恐らくファンによる争奪戦が始まる事は間違い無さそうだった。
だが、それは秋葉原とか都市部の話であり、こんな地方ではまだライバルは少ないと見ていいだろう。
そして幸いな事に、この街にもそのアニメグッズ販売店が駅前に存在するのである。
――これは俺に、買いに行けと言っているに違いない
そう思った俺は、明日土曜日の朝そのお店へ行く事を心に誓っているのであった。
正直、そういう所謂オタク行為というのは、もし誰か知り合いに見られたりしたらちょっと恥ずかしいなとか、そういう気持ちはある。
だが、それでも俺は行くしかなかった。
何故なら、初の桜きらりちゃんグッズが販売されるというのであれば、古参ファンの一人としては何としてもゲットした上で、SNSにアップするという義務が俺にはあるからだっ!
そう思った俺は、今日はいつもより早く寝る事にした――のだが、今日も今日とて楓花は俺の部屋に入り浸り、勝手に漫画を読んでいるのであった。
パジャマ姿で、クッションを三つ横に並べた上でどかっと横になると、テレビと漫画を器用に並行して楽しんでおり、今日も安心の干物ぶりだった。
「なぁ楓花、そろそろ寝たいんだが」
「え?なに?一緒に寝たいの?」
「ばっ!違うわ!明日朝早いからリアルに早く寝たいんだよ」
「ふーん、何かあるの?」
「なんだっていいだろ」
楓花に理由を知られると、どうせ後々面倒になるだけだしな。
黙っておけば、どうせ楓花は昼間でグースカ寝てるに違いないから、ここで黙っておいた方が無難に違いないと思った俺は、理由を告げないでおいた。
「じゃあ、寝る?」
すると楓花は、絶対あれこれ聞いてくると思ったが意外とすんなり受け入れてくれたのであった。
そのまますくっと立ち上がり、部屋の出口の方へと向かうかと思ったのだが、何故か楓花は出口とは逆方向であるベッドの上に座る俺の方へとやってきた。
「――いや、出口はあっちだが?」
「え?だから一緒に寝たいんでしょ?しょーがないなぁ」
楓花はそう言うとベッドダイブし、そのまま勝手にベッドの奥側で横になった。
「今日だけだよー?本当、しょうがないなぁ」
「――いや、俺はそんなこと一言も言ってないんだが?」
「恥ずかしがらなくていいってば。わたしはお兄ちゃんが素直になるまでここを動くつもりないから、素直になって一緒に寝るか、諦めて一緒に寝るかの二択だと思うよ?」
「結局どっちも一緒に寝るしかねーじゃねぇか」
「まぁそういうこと。はい、明日用事あるんでしょ?寝るよー」
いや、何でこいつが仕切ってんだよ。
しかもこの、やれやれ顔しながら仕方なく一緒に寝てやる感が絶妙に腹立つんだが――。
まぁ、妹と一緒に寝るぐらい別にどうでもいいかと思った俺は、その挑発に敢えて乗ってやる事にした。
だが当然認めたくは無いため、あくまで後者の諦めて一緒に寝るを選ぶ。
それにたしかに、こんな調子で楓花の相手をしていたらいつ寝れるか分からないし、明日寝坊し兼ねないからな。
こうして部屋の電気を消すと、「待って、わたし茶色がいい」と楓花が言うので、仕方なく豆球にして俺もベッドへ横になった。
そう言えば楓花は、暗いところで寝れないんだっけなと幼い頃の記憶が蘇ってくる。
まだお互い小さい頃は、よく楓花は自分の枕を持って俺の部屋へとやってきてはこうして一緒に寝ていたのである。
だがそれも、楓花が小学校高学年になる頃には無くなり、そして中学時生になると所謂思春期というやつだろうか、変に俺の事を意識していたみたいで俺の事を避けていた時期もあったのだ。
だがそれも気が付くと無くなっており、気が付いたらこのようにすっかり干物女になってしまい、そしてこうして俺に一々構ってくるようになったのである。
「お兄ちゃんと寝るの、いつぶりだろう」
「――さぁな。小学生とかじゃねーか」
「そっか――。ふふ、懐かしい感じするね」
「まぁ――そうだな」
たしかになと思った。
お互い今では高校生になり、あの頃と比べるとすっかり成長していた。
昔はもっと余裕のあったこのベッドも、今では二人横になると割とギリギリで、それだけお互い成長したんだなという実感が湧き起こってくる。
だからこうして二人の間隔が近いこともあり、俺より高い楓花の体温が布団越しに俺の身体にも伝わってくることを、どうしても意識してしまう自分がいた。
「なんか、小さい頃より近いね」
どうやら楓花も同じ事を感じていたようで、今更になって恥ずかしくなったのか、その言葉にはさっきまでの勢いは無くなっていた。
すると楓花は、それからくるりと俺の方へ寝返りを打つと、そのまま両手で俺の手をきゅっと握ってきた。
「なっ、おい?」
「小さい頃は、こうしてたもん」
だからいいでしょと言うように、楓花は握った手を離そうとはしなかった。
たしかに、俺の部屋へやってきた楓花はいつもこうして俺の手を握ってきていた事を思い出す。
あの頃は夜が怖かったのか、不安になった様子の日は決まってこうして一緒に眠っていたんだっけな。
「――やっぱり落ち着くなぁ」
「――そうかい」
「えへへ、落ち着く」
「はいはい」
言葉通り落ち着いた様子の楓花を見て、まぁこうして楓花が嬉しそうにしてるならいいかと思った。
俺は俺で、結局こうしていつも妹には甘いのである。
なんなら、こうしていくつになっても甘えてくるところとかは正直可愛いと思う部分もあった。
そんな、憎たらしいけど見た目も中身も可愛いうちの妹は、やっぱり俺の中では自慢の妹であり、こうして一緒に眠る事が嬉しくないと言ったらそれはぶっちゃけ嘘になるのであった――本人には絶対に言わないけど。
こうして安心したのか、先に楓花はすやすやと寝息を立てだしたので、俺もその呼吸のリズムに合わせてすぐに眠りについたのであった。
それにしても、今日が金曜日という事もあり、割と普通にクタクタだったのは本当に助かったと思う。
何故なら、もし今の俺にもっと元気があれば、この腕に当たる柔らかい感触に今頃きっと悶えていたに違い無いだろうから――。
やっぱり当たってますよね。うらやまけしからんですね。笑




