第23話「一緒に」
「なぁ良太」
「なんだ?晋平」
「どうやら俺は勘違いしていたようだ。叶わないからこそ、夢は夢であれるんだなって――」
昼休み。
今日も俺は晋平と一緒に弁当を食べているのだが、晋平は神妙な面持ちでそんなポエムのような事を語り出した。
晋平が突然そんなポエムのような事を語り出しているのには、勿論理由がある。
何故なら今より少し前、俺達がいつも通り弁当を食べているところへ、突然楓花と柊さんの二人がやってきたからだ。
「やっほー!良太くん弁当食べよー!」
「お邪魔します」
まさかの四大美女が、二人連れ添っての御出座しである。
その完全に不意打ちの二人の登場に、目の前でお茶を飲んでいた晋平は驚いてちょっと吹き出してしまっていた。
当然他のクラスメイト、そしてここへ来るまでに集めてきたのであろう背後霊達が注目する中、二人はそのまま教室へ入ってくると空いている俺と良太の隣の席へとそれぞれ座った。
俺の隣には楓花、そして晋平の隣には柊さんが座ったため、晋平は突然の四大美女との隣り合わせという謎の状況にパニック状態に陥っていた。
そして、何とか気を取り直した晋平が口にしたのが、さっきのポエムである。
つまり、晋平の言いたい事はこうだろう。
みんな四大美女とはお近づきになりたいと思っている。
だが、こうしていざ本当に近付いてしまうと、自分がどうして良いか分からなくなり困ってしまうだけだと。
この街の有名人であるそんな二人を同時に前にした晋平は、変な汗を垂らしながら一切隣を見る事が出来ない様子で、代わりに俺の顔ばかりをじっと見てきているのであった。
「――晋平、そんなに俺の顔を見つめられると食べ辛いんだが」
「し、仕方ないだろ!」
「――え、なに?良太くんの友達だと思ってたけど、そういうこと?」
「お前は変な事言うな」
何やら変な勘違いをしている楓花の頭を、ツッコミがてら俺はいつも通りチョップをした。
すると教室内、そして廊下に集まった野次馬達が一斉にざわついた。
そう、例え俺が楓花の兄とはいえ、彼らはあの四大美女相手にチョップをした俺に驚いているようだった。
普段からクールでミステリアスで近寄り難く、大天使様とまで呼ばれる楓花に対して、俺が突然チョップをするもんだから、彼らのリアクションは間違ってはいないのかもしれない。
しかしこの程度で驚くなら、普段の俺達兄妹のスキンシップを見たら泡吹いて倒れるんじゃないだろうか――。
そう思うと、普段どんだけ楓花は猫被ってるんだよとちょっと笑えてきた。
「本当に、お二人は仲が宜しいですよね」
「ん?まぁ楓花がこんな調子だからな」
「な、何よー?文句あるわけ?」
「大ありだっての」
「フフフ、やっぱり仲が宜しいようで」
そんな会話を広げる俺達三人を見ながら、晋平がぼそっと呟く。
「……なんか、すげーな」
「どうした、晋平?」
「いや、ついこの間まで四大美女なんて知らなかったお前が、気付いたらその二人とこうして仲良くしてるからさ」
「ああ、まぁ、そうかもな」
「そうだよ」
そう言って、ようやく晋平はいつも通り笑ってくれた。
まぁ確かに晋平の言う通りだと思った。
今この状況もそうだが、俺の置かれているこの状況は客観的に見たら大分特別な事なのだろう。
当事者である自分はもう若干この状況にも慣れてきているのだが、そんな順応している俺のことを晋平は感心しているようだった。
「まぁ、晋平もそのうち慣れるさ」
「――いや、俺はいいさ。俺は俺に見合った生き方ってもんがあるからな」
そう言って先に弁当を食べ終えた晋平は、楓花と柊さんに向かって「それじゃ、あとはごゆっくり」と一言残して自分の席へと行ってしまった。
「気を使わせてしまったのでしょうか」
「いや、そんな事無いさ。だから気にしないでいいよ」
「そうそう、気にしない気にしない」
いやお前が言うなと言い返そうとすると、楓花はそう言いながら俺の弁当から勝手に唐揚げを一つ摘まんで、そのままパクリと一口で食べやがった。
「おい、お前俺の唐揚げ!」
「まぁまぁ、トレードだよトレード」
「トレード?」
楓花はそう言いながら、代わりに自分の弁当からトマトとパセリを俺の弁当に寄越してきた。
「――おい、どういうつもりだ?」
「前も言ったでしょ?パセリは栄養豊富だから、むしろアドだよアド」
楓花は得意げな顔をしながら、まるでこの間の仕返しだというようにニヤリと微笑んでいた。
もうそんな楓花に怒ったところで唐揚げは戻ってこないと諦めた俺は、仕方なく今回はそのパセリとトマトを食べてやる事にしたのだが、ただで食べてやるつもりは無かった。
「はいはい、分かったよ。ただこれだけだと味気無いから貰ってくぞ」
そう言って俺は、楓花の弁当から勝手にミートボールを箸で摘まむと、そのままパセリと一緒に口の中へと放り込んだ。
「ああ!わたしのミートボール!」
楓花は絶望の表情を浮かべながら、信じられないものを見るように俺の事を凝視してくる。
そう、俺は楓花がミートボールが好物な事を知っており、そしてそんな楽しみを最後までとっておいている事を知っているからこそ、取ってやったのだ。
何故そんな事するかって?それは、楓花にとってのミートボールが俺にとっては唐揚げだったのだ。
目には目を歯には歯を、好物には好物をだ。
食べ物の恨みは恐ろしいという事を分からせた俺は、しっかりショックを受けている楓花を見て満足したのだが、楓花は誰が見ても完全にしょげており、どうやら思った以上にショックを受けてしまっているようだった。
「――あの、楓花さん?良かったら、わたしのミートボール食べます?」
「――え、いいの?」
「はい、どうぞ」
「――うん、ありがとう」
見兼ねた柊さんが、自分の弁当に入っていたミートボールを楓花へ差し出してくれたため、しょげた楓花は有難くそのミートボールを貰って口に入れた。
すると、そのミートボールが美味しかったのか見る見るうちに楓花は元気を取り戻し、そして完全復活した楓花はドヤ顔で俺の方を振り向く。
「ふんっ!残念だったわね!」
そして、まるで完全勝利したかのように、俺に向かってそう告げてくるのであった。
残念なのはお前だと言いたい気持ちをぐっと堪えながら、俺はそんな楓花に声をかける。
「はいはい、良かったな。美味しかったか?」
「うん!美味しかった!ありがとう麗華ちゃん!」
「どういたしまして」
怒っていた気持ちはどこへやら、満面の笑みを浮かべながら素直にお礼を告げる楓花に、柊さんも面白そうにコロコロと笑っていた。
そして、そんな笑い合う四大美女二人の姿を見た周囲の人々はというと、そのあまりの美しさに尊死寸前になっているのであった。
――まさかこの笑みが、ミートボール貰っただけだなんて誰も思わないだろうな
そんな今日も全力で間抜けしている楓花を前に、俺も思わず笑ってしまうのであった。




