第22話「手紙」
月曜日。
俺は家を出ると、今日もちゃんと早起きしてきた楓花と共に学校へと向かう。
最初はやっぱり兄妹で登校なんて恥ずかしかったし、周囲の視線とかも気になっていたのだが、もうなんだか楓花と登校するのもそこまで気にならなくなっている自分がいた。
我ながら、慣れとは恐ろしいものだと思う。
しかし、俺はこうして妹と一緒に登校してるうちは、多分自分に彼女が出来るのはまだまだ先の事なんだろうなと思えてきて、自然と諦めのため息が零れ出るのであった。
「はぁー」
「ん?どうしたの?」
「――何でもねぇよ」
「そう?溜め息ばっかりついてると幸せ逃げちゃうよ?」
「そうかい。そう言うお前は何だか幸せそうだな」
「え?ま、まぁね!わたしはいつも絶好調だからねっ!」
「そいつは羨ましいこった」
何がそんなに楽しいのかは分からないが、朝からニコニコと幸せそうに微笑む楓花を見ていると、まぁこれはこれで良いかと思えた。
朝は弱いはずの楓花がこれだけ楽しそうにしてるんだから、物は考えようなのかもしれないな。
こうして今日も、俺はそんな楽しそうな楓花と共に学校へと向かうのであった。
昇降口の所で楓花と別れた俺は、一人自分の下駄箱へと向かう。
しかしその途中で、下駄箱前で何故か棒立ちしている柊さんの姿が目に入った。
「ん?柊さん?」
「あ、良太さん。おはようございます」
「おはよう、どうかした?」
「――えぇ、実は下駄箱に……」
そう言うと、柊さんは困ったようなうんざりしたような表情を浮かべながら、下駄箱から一つの手紙を取り出した。
本当にそんなベタな事する人いるんだとちょっと驚いたが、下駄箱に手紙というとまぁ十中八九ラブレターで間違いないだろう――。
「――成る程、それでどうするの?」
「――とりあえず、目は通します」
「そうか」
その一言で、柊さんは全てを物語っているようだった。
これも初めてではないのだろう、手紙を見ながら困ったような表情を浮かべる柊さんを見ていると、四大美女なんて呼ばれて注目されるのも色々な苦労があるんだろうなと思えた。
だからこそ柊さんは、この高校で同じ境遇の楓花がいる事を知ると、自分からあれ程積極的に仲良くなりたいと思ったのだろう。
でも、柊さんがこうなら楓花だって同じなんじゃないだろうかと思っていると、そこへ丁度上履きに履き替えた楓花が通りがかり、そして俺達が話している事に気が付いた。
「あれ?――二人とも、そこで何してるの?」
楓花は柊さんが手紙を手にしている事に気が付き、それから俺と柊さんを交互に見ながら訝しむような表情を浮かべていた。
「ああ、ちょっと手紙について話してたんだ」
俺が事情を説明すると、何故か楓花は大天使の面影も無いような凄い顔をしながら驚いていた。
何でそんな驚くんだと思っていると、隣の柊さんはそんな俺達兄妹の事を見ながらクスクスと笑っていた。
「楓花さん、違うんです。このお手紙はわたしの下駄箱に入れられていたもので、良太さんがわたしにくれたものじゃないですよ」
柊さんの説明で、ようやく楓花のリアクションがおかしかった理由が分かった。
成る程、楓花は柊さんが手にしている手紙を俺が渡したものと勘違いしていたのか。
――いやいや、仮に告白するにしてもこんな朝っぱらからこんな所で告白するかっての
「あ、ああ、成る程ね!そっか、麗華ちゃん手紙入ってたんだ困るよねぇー!」
勘違いの図星を突かれたのか、慌てて楓花は誤魔化すように話題を変えた。
だがその口ぶりからして、どうやら楓花の所にも手紙が届けられる事はやっぱりあるようだ。
「こういう時、楓花さんはどうしてるんです?」
「え?一応読んでるけど、それだけだよ」
「呼び出しとかには応じないんですか?」
「うん、全部無視だね。可哀そうだなとは思うけど、わたしと話したければやっぱり直接話しかけてくれないと。――まぁそれならそれで、一言断るだけなんだけどね」
「そうなんですね、参考になります」
そんな会話をしながら、笑い合う楓花と柊さん。
俺はそんな、凡人では抱かないような共通の悩みを話し合う二人を見ながら、ああやっぱりこの二人は凄いんだなって思った。
普通は下駄箱に手紙なんて入ってないんだよと言いたいが、二人にとってはこうして下駄箱に手紙を入れられてしまう事が普通なのだろう。
そして、そんな二人が笑い合っているだけで絵になるというか何と言うか、通りかかった人達が立ち止まって二人に見惚れてしまっている程、それだけで周囲の目を引くものがあるのであった。
「あとは、キャラ付けも大事なんだよ」
「キャラ付け?」
「そう、わたしはそういう手紙とかで呼び出されても一切応じない女って周りに思われる事で、勝手に手紙を入れられるリスクを未然に回避しているのだよ」
「成る程、だから楓花さんのところには手紙が来ないのですね」
「そういうこと!おかげで今じゃ2週に1通ってところよ!」
「え、すごい!」
ドヤ顔で胸を張って語る楓花に、純粋に感心した様子の柊さん。
そんな、やっぱり世間の感覚から浮世離れしてしまっている二人の会話は、正直聞いているだけでちょっと面白かった。
俺は心の中で、「いや、それでも手紙来るんかい!」と楓花にツッコミを入れながら、二人に別れを告げて自分の下駄箱へと向かうのであった。
二人にとっては、それが当たり前なんですね。
人からしたら幸せな悩みに思えても、二人にとっては困りごとなのですね。




