第19話「感想」
突然部屋に入って来たかと思うと、そのまま俺に抱きついてきて泣き出す楓花。
俺はそんな楓花の様子に戸惑いつつも、とりあえず泣いている妹の頭を優しく撫でてやる。
「どうした?」
「――お兄ちゃんは、どっか行っちゃわないよね?」
少し落ち着いてきたところで優しく声をかけると、楓花はばっと顔を上げながらそんな事を逆に聞いてきた。
俺?俺がどうしてと思ったけど、泣いている楓花は至って真面目に聞いてきているようなので、俺も真面目に答える事にした。
「――まぁ、いつかは離れ離れになるだろうな。それこそ、大学進学したら一人暮らしになるかもしれないしな」
そう、俺達の住んでいるこの街は所謂地方なのだ。
だから例えば、大学へ進学するにしても自分の学力に合う大学は近場では本当に限られており、それ以外になるとどうしても都心へと出ていく必要がある。
そうなると俺は、その行き先でどうしても一人暮らしをしなくてはならなくなるだろうし、例え大学は近場で済んだとしても、大学卒業後に就職する場合でもきっと同じ話になるだろう。
だからむしろ、俺がこうしてこの家に居られるのは今のうちと考える方がきっと妥当なのだろう。
そう思うと、俺自身一人暮らしの経験なんて当然無いし不安しか無いのだが、それでもそういう事になるのは恐らく避けられないことだろう。
だから俺は、正直に答える。
この先ずっと楓花と一緒に居てやれる保証はないと。
「だったら――だったら私もそこで一緒に住むもんっ!」
すると楓花は、そう訴えながらまるで俺から離れたくないというように、また俺の腕へとぎゅっとしがみ付いてきた。
そんな楓花はというと、さっきまで外出していた事もあり今はジャージ姿でも眼鏡はしてなく、その上しっかりとお化粧までしている事で、いつもの感じとはちょっと違っていた。
すごく平たく言えば、今俺の腕には、この街で四大美女と呼ばれるに相応しいとんでもない美少女が抱きついているのだ。
そしてそれは、俺の腕に当たったその柔らかい感触と相まって、俺は相手は妹だというのにも関わらずこの状況に少しドキドキしてしまっているのであった。
俺はそんな感情がバレるわけにはいかないと必死に隠しながら、抱きつく楓花に向かって返事をする。
「いや、でもお前は学年が違うだろ?」
「一年後、同じ大学行って同じ家に住むもんっ!」
「いやお前、なんでそんなに俺と一緒がいいんだよ?」
「それは――馬鹿!馬鹿兄貴っ!!」
言葉に詰まった楓花は、怒って俺の腕をポカポカと叩いてきた。
そんなよく分からない楓花だが、どうやらさっきの映画を観て俺が離れて行ってしまう事を気にしてしまっているようだった。
告白シーンとか色々見どころの多い作品だけど、楓花にとっては主人公がヒロインの元から離れていくシーンが一番心に残っているようだ。
まぁそれで何で俺なんだよって感じはするが、楓花は昔からいつも俺にべったりでお兄ちゃんっ子だったから、色々思うところがあるのかもしれない。
何故そう思うかというと、楓花には言わないが俺だって離れる事が寂しくないわけではないからだ。
いざ楓花が居なくなった事を考えると、勝手に部屋に入ってくる事も干物中にパシりにされる事も無くなるだろうから色々と清々するのかもしれない――けどやっぱり、それが無いなら無いできっと寂しいに違いなかった。
楓花がいるから、俺は退屈しないで済んでいるのだ。
だからそんな楓花が近くにいない状態を思うだけで、それはやっぱりちょっと寂しい事だと思えた。
そう思った俺は、腕をポカポカと叩いてくる楓花の腕を掴みながら、言葉を付け足した。
「――まぁ、お前が同じ大学受かったらな」
「――えっ?」
「お前が俺と同じ大学に合格できたなら、考えてやらんこともない」
「ほ、本当っ!?」
「で、でもきっと広い家に住む余裕は無いから、それが嫌なら――」
「大丈夫っ!むしろ狭くていいっ!」
そう言って、満面の笑みを浮かべながら俺の顔を見上げてくる楓花は、やっぱりただただ可愛かった。
そして、そんな楓花に見つめられていると、ふと俺の頭の中にはこの前父さんの言った言葉が蘇ってきた。
『おい良太!付き合ったらちゃんと報告するんだぞ?』
俺は即座に、何を考えているんだと変な考えをかき消す。
しかし、気を抜いたら思わずそんな事を考えてしまう程、気が付いたら楓花は一人の女性に――しかも、誰もがその姿に目を奪われてしまうような美少女へと成長しているのであった。
◇
それから楓花は、自分の部屋には戻らずそのまま俺の部屋に居座った。
そして、さっきまでの涙はどこへ行ったのか、俺のベッドの上で横になりながらギャグ漫画を読んでケラケラと笑っていた。
「ねぇお兄ちゃん、続きとってー」
「お前の方が近いだろ、自分で取れよ」
「無理ー、はやくしてー」
「あーもう、はいはいこれな」
「ありがとー♪お兄ちゃん大好きー♪あと飲み物とってきてくれたら最強ー♪」
「それは知らん」
こうして夜ご飯の時間まで、楓花は俺の部屋に居座りひたすら漫画を読み続けているのであった。
本当に、今日のちゃんとオシャレした楓花や、さっき抱きついてきた時のようなしおらしい楓花なら可愛いんだけど、気を抜くとすぐにいつもの干物状態に戻ってしまう楓花に呆れつつも、まぁそんな楓花の方が気楽でいいかと思う自分がいた。
なんやかんや言って、結局こうして楓花と一緒にグダグダと過ごす休日も別にそんなに悪くはないなと思える程、俺は俺でこの時間を楽しんでいるのであった。
結局、何をするでもなく一緒に過ごす時間が一番落ち着く二人でした。




