第13話「バニラアイス」
「お兄ちゃ~ん!アイス取って~!」
帰宅後、いつもの干物スタイルになった楓花は、今日も今日とて自分では一切動こうとしなかった。
いつも通りソファーで横になりながら、大好きなアニメを見てケラケラと笑っていた。
そんな妹に呆れながらも、甘い俺は仕方ないから冷凍庫からアイスを取り出して楓花へと差し出す。
「ほらよ」
「えーバニラー?わたし抹茶がいいー」
「あのなぁ、だったら自分で取れよ」
「お兄ちゃん、何事もホウレンソウが大事なんだよ?複数味があるなら、事前に相談しなきゃ社会でやっていけないよ?」
「何もしないお前が社会を語るな。だったら先に報告しろっての」
こいつマジでと思いながらも、俺はちょっとした仕返しに楓花のおデコにアイスをくっつけて渡すと、楓花はアイスの冷たさに「あぎゃっ!」と変な声をあげながら驚いていた。
こうして渋々バニラアイスを手にした楓花は、不満そうな顔をしながらもスプーンでアイスを一口食べると、その目をキラキラと輝かせながら「やっぱりバニラしか勝たん!」と言い出した時は、流石に引っ叩きたくなってしまった。
そんな自由過ぎる楓花からまた要らない事を言われないうちに、俺はさっさと逃げるように自分の部屋へと向かう事にした。
◇
自分の部屋へとやってきた俺は、いつも通りPCの電源を入れるとVtuberの配信を探す。
しかし、今日は残念ながら目ぼしい配信は一つも見当たらなかった。
仕方なく俺は一度伸びをしながら、ふと今日の帰り道の出来事を思い出す。
家ではさっきみたいにいつも干物で、学校でも他人に興味を示さない楓花だけど、一度本気を出して振舞ったらまさかあそこまで周囲に影響力を及ぼす程だとは思わなかった。
中学の時の通称名が「大天使様」なのも頷けてしまう程、あの時の楓花は兄である俺から見てもまるで天使のように思えてしまったのだ。
そんな、自分の妹の知らない一面を知れた今日の出来事は、良かったと思える反面、少し怖くもあった。
ずっと一緒だと思っていた妹に、俺もまだ知らない一面があった事が怖かったのだ。
もしかしたら、他にも俺に見せない一面があるんじゃないかと思うと、これまでの積み重ねが嘘のようにすら思えてきて、一体どの楓花が本当の楓花なのか分からなくなってくるのであった――。
まぁそれは言い過ぎだとしても、今日は本当に楓花の凄い一面を知れた事は良かったとポジティブに考える事にして、俺は気を取り直して推している桜きらりちゃんの動画を見ながらのんびりする事にした。
ガチャッ
扉の開く音がした。
音に反応して俺は視線を向けると、そこには下でアニメを見ながらアイスを食べていたはずの楓花が、またしても勝手に人の部屋へと入ってきたのであった。
「なんですぐ部屋行っちゃうのよ」
そして、どうやら俺がすぐ部屋へと籠ってしまったのが気に食わないのか、少し膨れながら文句を言ってくるのであった。
「そんなの俺の勝手だろ?」
「じゃあわたしも一緒に居るー」
「なんでだよ?」
「わたしの勝手でしょ」
「――いや、ここは俺の部屋だぞ?」
話が違うだろと言っても、楓花は問答無用に俺の隣に座ってバニラアイスを食べ出した。
そして何が楽しいのか、楓花は俺の隣に座ると「ンフフ」と変な笑いを浮かべていた。
「なに?あ、もしかしてアイス一口欲しいの?仕方ないなー」
そんな自分勝手な楓花を呆れながら見ていると、楓花は何を勘違いしたのかアイスをスプーンで掬うと、そのまま「あーん」と言って差し出してきた。
「――いらねーっての」
「照れちゃってー。いいから、はい、あーん」
「あのなぁ」
「あーん」
「――ったく」
どんどん迫ってくる楓花を前に、俺は仕方なく口を開ける。
――しかし、やってみると中々恥ずかしいな……
ちょっと恥ずかしくなってきた俺だが、それでも楓花は気にする素振りは見せずに、そのままそのスプーンを俺の口の中に――入れる直前で手を止め、楓花はそのスプーンを自分の口へと運んだ。
「うっそぴょーん!あげないよーだ!」
そして楓花は、してやったりという表情を浮かべながら楽しそうに笑った。
そんな楓花の悪戯に、俺は内心かなりしてやられた感は感じつつも、そんな事はバレたくないから鼻で笑って誤魔化す。
「――はいはい、満足か?」
「えー、何その反応?本当は食べたかったでしょ?」
「いらねーっての、合わせてあげてただけだ」
そして、用は済んだならもう帰れと言って手を振ると、楓花はそれが不満なのか思いっきりその頬っぺたを膨らませてきた。
「――なによそれ!」
「なによって、言葉のまんまだよ」
「はぁ?お、お兄ちゃんはわたしのアイス食べたくないっての!?」
「食べたくねーよ別に」
素っ気なくそう答えると、楓花は完全に怒ったのか立ち上がると、そのまま部屋から去っていく――と思いきや、一度立ち止まると、くるりと振り返りまた俺の隣へと戻ってきた。
なんだなんだと俺が少し身構えると、怒った楓花はアイスの乗ったスプーンを差し出してきたかと思うと、そのままそのスプーンを俺の口へとねじ込んできた。
「どう!?美味しい!?」
「ん?んん」
俺はスプーンを咥えながらも、首をコクコクと縦に振って頷く。
最初は驚いたが、口に広がるバニラの味はたしかに甘くて美味しかった。
すると楓花は満足したのか、俺の口からスプーンを引き抜くと満足そうな顔をしながら仁王立ちする。
「良かったねお兄ちゃん、こんな可愛い妹と間接キス出来てっ!」
「は?お前何言って――」
そこまで言われて、俺はようやく気が付いた。
あぁそうか、今のは間接キスになるのかと。
でも、妹と間接キスしたところで……というのが正直なところだけど、ここでそういう事を言うとまた楓花が不機嫌になるのは目に見えていたため、ここは俺も話を合わせる事にした。
「――あぁそうだな、嬉しいよ」
すると楓花は、相変わらず仁王立ちしてドヤ顔をしているのだが、俺の返事を聞いて恥ずかしいのか、ちょっと顔を赤くしながらその表情はピクピクと引きつっていた。
「ちなみに、もうそのスプーンは俺で上書きされてるからな」
そんな楓花がちょっと面白くて、俺はそう言って追い打ちをかける。
「は?べ、別にそんなの余裕だし?」
「じゃあ、今ここで食べてよ」
「い、いいよぉ?いくよぉ?」
「うん、ほら、早く」
こうして余裕ぶった楓花は、少し震える手でスプーンでアイスを掬うと、思い切った様子でぱくっと口に含んだ。
「あ、間接キス――」
だから俺は、ちょっと驚いたフリをしながら反応すると、楓花は顔を真っ赤にして俺の肩を一回叩くと、そのまま何も言わず部屋から出て行ってしまった。
そんな分かりやすい楓花を見送った俺は、どうやらこの勝負俺の勝ちだなと思いながら引き続きVtuber鑑賞に戻った。
それから暫くの間、隣の部屋がドタドタと騒がしかったけれど、俺はそっとしておく事にした。
大天使かと思えば、やっぱり干物でおバカな楓花ちゃんでした。




