第12話「真価」
柊さんと一緒に帰るようになって、早いもので一週間が経っていた。
相変らず周囲の視線や、クラスからの尋問が無くなりはしないものの、それでも俺達が一緒に帰る仲なんだという事は周囲にも浸透してきているようで、この光景に驚く人の数はかなり減っていた。
その代わりに、俺に対する嫉妬の視線は比例して増えているため、むしろ悪化しているとも言えるのだけど……。
そしてもう一つ。
流石に俺と楓花が兄妹だという事も広まっているようで、そこに対して変な噂をされる事は無くなっていた。
兄妹仲がいいんだなと、周囲もそこは受け入れてくれているようだ。
――でも、これも裏を返せばの話しになるが、その分関係の無い俺と柊さんの関係を疑うような噂は広まってしまっているらしい。
流石に、俺なんかと柊さんという美少女がくっつくとは誰も思っていないようだが、それでも俺が一方的に気があるんじゃないか?と噂されてしまっているようだ。
だからその結果、一部では「柊さんを守る会」なんてものも結成されており、俺の事を警戒し監視しているのだとかなんとか――。
これについては初めて聞いた時、なんて身勝手な集団なんだと思った。
柊さん自身が望んでいるわけでもないのに、勝手にファンクラブのようなものを結成し、そして柊さんの交友関係に干渉しようとしているのならば、即刻止めさせるべきだ。
ちなみに、このファンクラブもどきは楓花に対しても存在しているようで、流石は四大美女といったところだが、そんなものは兄としても友としても許すわけにはいかなかった。
気があるなら、コソコソと群れを成して姑息な活動してないで、ちゃんと当たって砕けて二度とうちの楓花に近付くなって話だ。
そんな事を考えながらも、今日も今日とて俺達は一緒に下校しているのであった。
楓花と柊さん二人は大分打ち解け合っているようで、今では普通に二人で談笑しながら帰る仲になっているため、兄としては一安心だった。
そして、こうして見ていると毎回思うのだが、やっぱりこの二人はその呼び名に相応しい美貌をしているという事だ。
仮にこれが一人なら、もしかしたら自分に自信で溢れたような男なら声をかける事ぐらいは出来るのかもしれない。
でも、この二人が揃って笑い合っている間に割り込む事なんて事は、例えどんな男であってもきっと不可能だ。
何故なら、一緒に帰っているはずの俺ですら見惚れてしまい、間に入るなんて絶対に許されないと感じてしまう程だからだ。
大天使と大和撫子、そんなこの街で美貌の最高峰として広く知られている二人の笑顔は、それだけで額縁に飾りたく成る程絵になっていた。
だから今日も俺は、二人から一歩下がったところで二人を見守りながら帰る。
なんだか最近は、こうして二人を見守っている事が俺の役目のようにすら思えてきていた。
――って、それじゃファンクラブもどきの奴らと同じ思想じゃねーか
そうじゃなくて、俺はこうして妹にちゃんと友達が出来た事が純粋に嬉しいのだ。
今まで他人に対して壁を作ってきた楓花も、どうやら同じ境遇だった柊さんとは話が合うようで本当に良かったと思う。
だから俺は、妹の学校生活含め、何か手助けしてやれる事があればしてやりたいなと思っている。
それは柊さんも同じで、一方的かもしれないけど俺はもう柊さんのことは友達だと思っているから、もし何かあれば同じく力になってあげたい。
だからやっぱり、あんな押し付けるだけのファンクラブもどきと一緒にするなという気持ちで、今日も二人の事を後ろから見守っているのであった。
「――そうだ、あの、良太さん。実は相談がありまして――」
楓花と楽しく談笑していた柊さんだが、突然立ち止まると俺の方を向いて、ちょっと言い辛そうにそう相談してきた。
「ん?どうかしたか?」
「実はその、わたし今クラスの男の子から、その……付き纏われていまして」
とても言いづらそうにする柊さんのその相談は、俺の思っていたレベルの斜め上のものだった。
クラスの男子に付き纏われてるって、それって普通に不味いやつだよな――。
そう思った俺は、ちょっと驚きながらもまずは真剣に相談に乗る事にした。
「そ、そっか、それで、相談っていうのは?」
「――はい、その、もし可能であればで構わないのですが――少しの間だけ、その、なんていうか、わたしの彼氏役をやって頂けないでしょうか――?」
柊さんのその相談は、やっぱり俺の予想の斜め上――いや、軽く天井を超えてくる内容だった。
当然驚いた俺は、固まってしまう。
そして、一緒にそんな衝撃の相談内容を聞いていた楓花はというと、まるでこの世の終わりのような絶望の表情を浮かべながら、何故か俺と同じように固まってしまっているのであった。
「――え、えーっと、とりあえず理由だけでも聞かせて貰ってもいいかな?」
なんとか気を取り直した俺は、まずはなんでそんな話になるのかを確認する事にした。
事情は分かったが、それでなんで俺が彼氏役をする必要があるのかが全くもって謎だったからだ。
「――ええ、皆さんと一緒に帰るようになった次の日です。お昼休みにわたしはその男の子に呼び出されまして、告白をされたんです。でもわたしは、その男の子の事よく知らないですし、お断りしたんです。ですが、それからずっと授業中にこちらをじっと見てきたり、何度も遊びや食事に誘ってくるんです。それに今だって――」
うんざりした様子で柊さんが目配せをするので、俺と楓花はその視線の先を振り返る。
するとそこには、一年生だと思われる男子が一人、俺達から距離をとってはいるもののこっちの様子を伺うように立っているのが分かった。
恐らくあの彼が、柊さんの言う男子なのだろう。
見た目はさわやかイケメンという感じで、普通にしていれば何も不自由無くモテそうな奴だった。
しかし、そんなストーカー紛いな男子に対して、たった一つ歳上なだけで、所詮は同じ高校生である俺には上手い対処法なんて残念ながら持ち合わせていないため、これはどうしたものかなと悩んだ。
「ですから、わたしと良太さんが付き合っている事にして、仲の良いところを見せつけたら彼もきっと諦めてくれるんじゃないかなと思いまして――」
なるほど、それで俺が彼氏役を、ね。
ただ、動機は分かったけどすんなりそうですかと受け入れる事は出来なかった。
だってそうでしょう、例え嘘でも俺が柊さんと付き合うということは、全校生徒の前でそう振舞わないといけなくなるという事だ。
クラスの男子――いや、全校、いやいやもっと言えばこの街中の男子が俺を許すはずがなかった。
だからそんなの、考えただけで正直頭がクラクラしてきてしまう。
でも、柊さんが困っているのも確かなわけで、それは俺も何とかしてやりたいなという気持ちがるのも本当で、俺がどうしていいか迷っていると話を一部始終聞いていた楓花が突然割り込んできた。
「ダメ!!いくら麗華ちゃんでもそれはダメ!!」
なんと楓花は、嘘でも俺と柊さんが付き合うという事を全力で否定してきたのである。
そりゃ、妹としては友達と兄が嘘でも付き合うのは気持ち悪いっていうか、良い気はしないのは何となく分かるけど、まさかあの楓花がここまで拒絶してくるとは思わなかった。
それは柊さんも同じようで、そんな楓花を前に少し驚いていた。
「で、でもそれなら、どうするんだよ?」
「は?そんなの決まってるじゃん!わたしがあの子と話をつけてくるっ!」
そう言うと楓花は、一度自分の頬っぺたを両手でバシッと叩いて気合を入れると、さっきまでのお怒りモードはどこへ行ったのか、ニッコリと可憐に微笑んだ。
そう、楓花は自分に喝を入れて、普段のモードから大天使モードへと一瞬で切り替えたのである。
その微笑みを前に、俺は勿論同じく四大美女である柊さんまでも、思わず見惚れてしまう――。
本気を出した楓花は、成る程確かにみんなが噂するのも納得出来てしまう程、まさしく天使そのものなのであった――。
そして大天使様は、そのままこちらの様子を伺っている彼のもとへとゆっくりと近付くと、それからニッコリと微笑みながら話しかける。
「貴方は、柊さんの事が好きなの?」
そして大天使様は、単刀直入に彼に柊さんのことが好きなのかと問いかけるのであった。
当然、柊さんが好きだからこそストーカー紛いな行動をしている彼なのだが、緊張からかその口はパクパクと動くだけで、上手く言葉を発せられない様子だった。
だが、それも無理は無かった。
突然やってきた、完全に大天使モードに切り替えている楓花を目の前にして、彼はどうしていいか分からなくなってしまっているのだ。
その顔は真っ赤に染まっていて、誰がどう見ても楓花に見惚れてしまっているのが一目で分かった。
それは彼だけではなく、たまたま通りかかった男子達、そしてなんなら女子達までも、そんな楓花の様子に思わず立ち止まって見惚れてしまっている程、今の楓花から発せられるオーラは計り知れないものがあった――。
――いやいや、無敵かよ
俺は我が妹ながら、そんな笑顔一つで完全に辺り一帯を制圧してしまった楓花に、ただただ驚くことしか出来なかった。
「で、どうなのかな?」
「――いや、それは、その、別にそういうわけじゃないっていうか――」
微笑みながら、顔を近付けて問い詰める楓花を前に、なんと彼は答えをはぐらかしたのである。
楓花に合わせて俺達も近くにやってきているため、今の話は当然柊さんにも聞こえているというのに、彼がそう答えてしまった理由はたった一つだろう。
――彼はこの瞬間、楓花にも惚れてしまったのだ
そう、彼の惚れた柊さんと同格である楓花の天使のような微笑みを目の前に、彼はあろう事かそれだけで心変わりを起こしてしまったのである。
ストーカー紛いな事までしていたのに何と脆い事かと思ったが、反面無理も無いなと思う自分もいた。
この街に来てから俺は、干物状態の楓花しか見てこなかったから知らなかったのだ。
本気を出した楓花が、ここまでの存在だということを――。
そんな楓花はというと、彼からその答えが聞けた事に満足したのか、嬉しそうに微笑んで一回頷くと、最後に一言だけ彼に告げる。
「そうなんだね。じゃあもう、柊さんの迷惑になる事はしたらダメだよ?」
「は、はい、分かりました……」
彼からその答えを引き出すと、満足した様子で楓花はこちらに戻ってきた。
そして、先程までの大天使モードは解かれ、またいつもの楓花に戻るとドヤ顔で微笑む。
「これでいいよね、だからさっきの話は無しでヨロシク♪」
そんな、力業で問題をあっという間に解決してしまう楓花を前に、俺も柊さんも何も言えずコクコクと頷く事しか出来なかった――。
彼氏役をする良太くんは、休日柊さんとのデートに出掛けるのだが、それがキッカケで嘘だったはずの二人の関係が徐々に……なんて事は、楓花さんが許しません。
滅多に出さない大天使モードを発揮して、見事にフラグをへし折る楓花さんでした。




