第11話「好き嫌い」
今日も色々あったけれど帰宅した俺は、いつも通り部屋着に着替えてのんびりしたあと、母さんに呼ばれて晩御飯を食べる事になった。
うちのルールの一つに『家族四人で揃ってご飯を食べること』とあるため、今日も家族四人揃ってテーブルを囲んで食事を取る。
今日の晩御飯は楓花の好物であるハンバーグだったため、楓花のご機嫌はかなり良かった。
美味しそうにハンバーグを頬張りながら、添えられたポテトやニンジンも口へ運び幸せそうにモグモグと食べていた。
勿論家ではいつもの干物スタイルになっているため、そんな今の楓花からは四大美女と呼ばれている面影は見当たらず、代わりにゆるキャラ的な可愛さがあった。
そして、ハンバーグ→ポテト→ニンジンのローテーションで口へ運ぶ楓花だが、そのローテーションの中にさり気なく一緒に添えられているパセリを掴むと、ごく自然な仕草でそのパセリを俺の皿の上へと置いてきたのである。
「おい、お前勝手に」
「待って、言いたい事は分かるけどお兄ちゃん知ってる?」
「な、なんだよ?」
「パセリってね、物凄く栄養価高いんだよ?だからね、沢山食べた方が良いんだよ」
「いや、だったら自分で食えよ……」
ドヤ顔で得意げにパセリのウンチクを説明する楓花に、俺は呆れながら言葉を返した。
そんなに栄養豊富なら、ただでさえお菓子ばっかり食べてる自分が食べろって話だ。
「わ、わたしはね?お兄ちゃんにはもっと元気になって欲しいの」
「そうか、奇遇だな。俺だってお前に元気になって欲しいから返すよ」
そう言って俺は、押し付けられたパセリを楓花の皿へと返す。
好き嫌いは良くないからな。
すると楓花は、ぷっくりと膨れながら不満そうな視線を向けてくる。
「――食べてくれたっていいじゃん」
「身体に良いから食え」
「――ふん!お兄ちゃんのバカ!」
怒った楓花は、そのままそのパセリを一口でパクリと食べたのだが、やっぱり匂いが苦手なのか青ざめた表情を浮かべながらも、なんとかハンバーグと一緒に飲み込んでいた。
そして、そんな俺達兄妹の小競り合いを、前に座る両親はニコニコと楽しそうに眺めていた。
「良太と楓花は相変わらず仲が良いな」
「もう高校生なんだし、そろそろ二人とも付き合っちゃえば良いんじゃないかしら。ねぇ貴方?」
「それはいいな!おい良太!付き合ったらちゃんと報告するんだぞ?ハッハッハッ!!」
そう言って、楽しそうに笑いだす父さんと母さん。
――ダメだこの親、早くなんとかしないと……。
俺と楓花は兄妹だってのに、マジでうちの親は何を言ってるんだか。
そう思いながら俺が楓花に同意を求めるように視線を向けると、何故か楓花はその頬を赤く染めて恥ずかしがっているのであった。
「――お、おい、何お前まで照れてんだよ」
「は、はぁ?照れてないしっ!ご馳走様っ!!」
そう言って楓花は立ち上がると、食器を下げてそのまま自分の部屋へと行ってしまった。
こうして残された俺は、引き続き両親の餌食となる。
「あら、今のは良太くんがダメよ」
「そうだぞ良太、もうちょっと楓花の気持ちを考えてやれ」
「気持ちってなんだよ!俺達は兄妹だろうが変な事言うなよ!」
駄目だ、こんなズレまくっている親とこれ以上話していると余計おかしな事になってしまうため、俺もご馳走様をして自分の食器を片付けると、そのまま逃げるように自分の部屋へと向かった。
◇
部屋に戻った俺は、とりあえずPCの電源を入れ、今日も今日とてVtuberの動画を漁る。
目ぼしいコラボ配信を見つけて見ていると、あっという間に21時を回ってしまっていたため、俺は風呂を済ませて早めに寝る事にした。
そうしてささっとシャワーを浴びて部屋に戻ると、さっきまでいた自分の部屋なのに何だか若干の違和感を感じた。
何がどう変かとかは無いのだが、何だかさっきと違うように感じられたのだ。
何だろうなと思いながらも、俺は再びPCの前へと座りマウスを動かす。
PCのスリープモードが解除されると、画面には風呂へ行く前に見ていたVtuberの配信画面――では無くなっていた。
配信画面の代わりに何故かペイントアプリが開かれており、そしてでかでかと下手くそなパセリの絵が描かれているのであった。
何故それがパセリか分かったかというと、書いた本人もそれだけでは何か分からなかったのだろう。
丁寧に「パセリ」という文字が下に書かれていたから、辛うじてそれがパセリの絵だと分かったのである。
ということで、さっき感じた違和感含め、これは間違いなく先程パセリを食べた妹による犯行で間違いなかった。
そんなにパセリを食べさせられたのが不満なのかと思いながらも、だからと言って人のPCにパセリの落書きをしていく意味が分からなかった。
――構って欲しいんだろうな
そう思った俺は、仕方ないから怒ったフリをして、隣の部屋まで聞えるように少し大きめに声を上げる。
「おい楓花!変な悪戯はやめろ!」
――ガタッ
すると、俺の声に反応するように何故かクローゼットの方から音がした。
全く、高校生にもなってマジで何なんだよと呆れながらも、俺はクローゼットへ近づくと勢いよく扉を開ける。
するとそこには、案の定小さく丸まって隠れている楓花の姿があった。
「――何してんだよ、お前」
「くらえ!パセリの恨み!えいっ!」
呆れて俺が声をかけると、楓花はそう言ってどこからか見つけてきたゴムボールを俺の顔面目がけて投げつけてきた。
その結果、見事に顔面にボールがクリーンヒットし、俺は驚きと痛みから「うぎゃっ!」と変な声をあげると、それが面白かったのか楓花はニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべながら一目散に逃げ出した。
「あ、おいお前!まてコラ!」
「キャー!」
逃げ出す楓花の腕を慌てて掴むと、楓花は楽しそうに悲鳴をあげながら大して抵抗はしなかった。
まったく、俺から逃げたかったのか掴まりたかったのかよく分からない奴だなと思いながらも、行った悪行に対してはちゃんと制裁を加えなければならないため、俺は楓花の頬っぺたをつねってやった。
「いちゃいいちゃい!ごめんなちゃい!」
「もうしないな?」
「しましぇん!」
「宜しい」
しっかり謝罪をさせてから俺が手を離すと、やっぱり楽しいのか楓花はうへへと変な笑いを浮かべながら頬っぺたを摩っていた。
楓花のこういう悪戯は今に始まった話ではなく、何か理由があればこうして過去にも何度か悪戯を仕掛けてくるのであった。
今ではもう慣れたものではあるが、これも一緒に遊びたい表れなのだろう。
そんな、ちっとも子供の頃から成長していない楓花を見ていると、そういうところはちょっとだけおバカで可愛いというか、俺も思わず笑ってしまうのであった。
構って欲しい楓花ちゃんでした。
外では完璧無敵の超絶美少女も、家では子供でおバカな妹ちゃんなのであった。




