第10話「一緒」
今日も下校の時間がやってきた。
俺が鞄にノートを入れていると、先にホームルームが終わった楓花はまたしても俺のクラスへとやってきていた。
「良太くーん帰るよー」
そして、もう扉の所で立ち止まる事すらなくなった楓花は、さも当然のように俺達の教室内へと入ってくると、俺の席の前に立ってそう告げてくるのであった。
「……お前なぁ」
俺はもう、呆れてそう呟くしか無かった。
しかし、昼も現れたというのにやっぱりクラスのみんなは楓花を見て驚いているのであった。
――みんなもみんなで毎回驚きすぎだろ
そう俺がこの場のあらゆるものに呆れていると、もう一つの声が聞こえてくる。
「あ、お二人ともいましたね」
教室に響いたその綺麗な声は、楓花と同じく四大美女の大和撫子こと柊麗華のものだった。
サラサラとした綺麗な黒髪と、白く透き通ったような肌は限りなく美しく、今日も一目見るだけでその目を奪われてしまう程の美貌が眩しかった。
こうして、何故かうちのクラスに四大美女の二人が揃ってしまったのである。
その結果、クラス及び野次馬で集まってきていた男子達の視線は忙しく彷徨っていた。
――同時に二つの信じられないものを見ると、人間の視線はこんなにも泳ぐんだな
俺の席の前には楓花、そして教室の扉のところには柊さんという、人間が持つ事が許された美貌の限界突破をしたような二人が一つの教室に集まっているのだから、まぁみんながこうなるのも仕方ないのかもしれなと思った。
「ほら、帰るよ良太くん」
しかし、楓花はやっぱり他人に興味が無いのか、この異様なクラスの雰囲気になどまるで気にする様子もなく、そう言って俺の腕を引っ張って歩き出すのであった。
そしてそのまま引っ張られた俺は、柊さんと合流して三人で廊下を歩く事になる。
つまり今の俺は、両サイドに四大美女を従えて歩いている男という構図になってしまっているのであった。
当然そんな俺達に向かって、周囲の視線は信じられないものを見るかのようにガッチガチに集まってくるのであった。
――いやいやいや、なにこれ?本当に勘弁してほしい……
俺はそんな視線を全身に浴びゲッソリと項垂れながら歩いていると、隣を歩く柊さんが突然クスクスと笑い出した。
「――ごめんなさい、良太さんが余りにも不憫でつい」
「いや、そう思うなら俺はもう抜きにして貰えると助かるんだけどね」
「ごめんなさい、それを決めるのはわたしじゃないですから」
ダメ元でそう聞いてみると、柊さんは面白そうに微笑みながらも決めるのはわたしじゃないと却下してくるのであった。
そして当の決める人である楓花はというと、やっぱりそんな周囲の視線など気にする素振りは一切見せず、平然と隣を歩いているのであった。
しかし、その腕は俺の手首をガッチリ掴んだままで、ぱっと見手を繋いでいるように見えなくもないから止めて欲しいのだが、楓花は俺が逃げると思っているのか放してはくれなかった。
こうして、今日も俺は楓花と柊さんという美少女二人と一緒に下校するのであった。
◇
校門を出て、駅へと向かいながら歩く。
柊さんから楓花に向かって話しかける事で、まだたどたどしさはありながらも二人とも会話は出来ているようだった。
そんな光景に少し安心しながらも、これもう俺要らなくね?と思いつつ俺は少し離れて隣を歩いていると、楓花が俺の事をじとーっと見てきている事に気が付いた。
「な、なんだよ?」
「――良太くん、なんか避けてないかな?」
「いや、二人の会話の邪魔しないようにしてただけだよ。っていうか、これもう明日からは俺いなくても――」
「駄 目 で す !!」
明日から抜けようとすると、楓花は食い気味にそれを却下してくるのであった。
兄である俺でも気圧されてしまうような圧を込めながら――。
そしてそんな俺達兄妹の事を、面白そうに見つめながら微笑む柊さん。
そうこうしていると、すぐに駅へと到着してしまうのであった。
「では、わたしはここで。今日も一緒に帰れて楽しかったです、また明日」
「おう、また」
「――うん、またね」
小さく手を振りながら改札をくぐる柊さんを、俺達は二人で見送った。
恥ずかしいのか小声になりながらもちゃんとさよならを告げる楓花に、俺は兄として妹の成長を感じられて嬉しかった。
しかし、俺がそんな事を考えているのに気付いたのか、楓花は恥ずかしそうに少し顔を赤くしながら顔を背けると、俺を置いて我先に歩き出してしまう。
そんな、珍しく顔を赤くして照れている様子も可愛いなと思いながら、俺はそんな楓花に声をかける。
「お前達、気が合いそうじゃん」
「――まぁ、そうかもね」
てっきり楓花の事だから、そんな事無いとか否定してくるもんだとばかり思っていたが、意外にもすんなりと気が合う事を受け入れていた。
これは本当に二人とも相性良いのかもなと思えてきて、俺はそれがなんだか嬉しかった。
すると、少し前を歩く楓花が突然立ち止まる。
何事かと思って俺も立ち止まると、楓花はそのままくるりと俺の方を振り向いてきた。
その頬はやっぱり少し赤く染まっていて、何かを訴えかけるような表情を向けてくる楓花に俺は思わずドキッとしてしまう――。
「――でも、これからも良太くんも一緒だからね?」
そして少し照れたように、楓花はこれからも一緒だと言ってきた。
一緒というのは、さっきの話しだろう。
俺も一緒に帰らないと嫌だと、楓花はその表情で訴えかけてきているのであった。
そんな楓花の様子に、少し恥ずかしくなった俺は頭をゴシゴシと掻きながら返事をする。
「――あぁもう、分かったよ」
まぁどうせ帰る場所は同じなんだし、なんだかもう全部今更だしな。
可愛い妹のため、一緒に帰ってやるぐらい構わないと思った俺がそう返事をすると、楓花はパァッと花開くように嬉しそうに微笑んだ。
正直、何で俺と一緒に帰るのがそんなに嬉しいんだかと思ったが、それでも楓花がそうして喜んでくれている事に対して悪い気はしなかった。
それから家に着くまでの間、普段よりちょっとだけ近寄りながら隣を歩く楓花は、いつにも増してご機嫌な様子なのであった。
どうしてもお兄ちゃんと一緒に帰りたい楓花ちゃんでした。




