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7.迷子と怪我人の出会い方

 午後。昼食を胃に収めたヴィオラは薬草集めに勤しんでいた。午前が丸々潰れた分、午後はそれを取り返さないといけない。

 今日集める薬草はどこにでも生えているような物なので、とりあえず手近にある薬草をどんどん採取していく。その際に何株か残すのも忘れない。この薬草は繁殖力が強いので、少し残しておけばすぐにまた周囲が葉で生い茂る。


 そんな風にふらふらと薬草を追って歩き回っていたせいだろうか。いつの間にか森と道の境界線まで出てきてしまっていることに気が付かなかった。

 何だかさっきより眩しいな、なんて呑気なことを思った時には既に森から片足を出そうとしているのだから目も当てられない。一体これまでの慎重に動こうという意思はなんだったのか。


 まずい、とヴィオラはすぐに森の中に引き返した。今は足元の薬草に気を取られている場合ではない。

 とりあえず一度拠点に戻って、それから今度は今向かっている方向に向かって───つまりこれまでとは逆方向に───採取していこう。


 早足に元の道を帰ろうと足を動かすヴィオラは、しかしいつまで経っても元の場所へ帰れなかった。

 おかしい。これまでは一度も迷う事なく拠点まで戻れていたのに。いや、でもそれはちゃんと周囲の景色を見ながら移動してたからであって………。………考えたくはないが、もしかして私は今迷子というやつなのではなかろうか。



(じょ、冗談じゃないわ……! 森で迷子なんて、つまりは遭難じゃない! いくらこの森が浅いからって、私ってば………なんて浅はかだったの…!)



 厄日だ。もうこれは紛れも無い厄日だ。今までも毎日が厄日みたいな生活をしていたが、今日は久々に本来の意味で厄日だと言えるような日だと思う。変な現象に巻き込まれ、努力はほぼ報われず、挙句の果てに森で迷子。特に最後の一つが間抜けすぎる字面で頭を抱えたくなった。


 とりあえず無闇に動く回るのはよくないと判断したヴィオラは、一度木の根元に腰を下ろす。「ハァ……」と小さく溜息を吐き、またもやどうしようと頭を抱えた。今日は良く頭を抱える日だな、なんて現実逃避ぎみの感想まで頭の片隅に出てくる始末だ。



「馬鹿……私の馬鹿……本当に、本当に馬鹿……!!」



 今のヴィオラは学生鞄と薬草入れ用のバッグしか持っていない。午前の遅れを取り戻す為には身軽に動けた方がいいし、すぐに戻れるだろうと思っていたからだ。

 油断大敵。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。



「───そうだ、川よ! 川までいければきっと何とかなるわ!」



 俯いていたヴィオラはそう口にしてパッと顔を上げると、それまでの陰鬱とした空気が嘘のような笑顔でその場から立ち上がった。



(この辺の川なんて()()()しかないし、最悪川沿いに歩けば見覚えのある場所に出る筈よ。どこを歩いてきたのか正直よく覚えていないけれど………出発時点では川下方面へ向かっていたはず。それならとりあえずは川上へ歩いて───)



 そんなこれからの予定を脳内で組み立てると、ヴィオラは耳をすました。水の音を聞くためだ。聴力は人並みで特に良くも悪くもないが───遠くの方で水の音が聞こえた気がした。………あくまで気がしただけだが、冷静なようで実は小パニックにより思考力がままならないヴィオラは、その音に従うようにして動き始めた。


 そうして歩いては耳をすまし、耳をすましては歩いてを繰り返した後。水の音を頼りに歩き回ったヴィオラは───依然として迷子だった。



「………おかしいわね。確かに水の音が聞こえたと思ったのに…。まさか幻聴? 知らない内に体調を崩していて…」



 と、何度目かの現実逃避をするヴィオラは気付かない。自分の進む先、その脇に()()が座り込んでいることに。

 そうして気付かないままに足を進め、特に目を向けることもなく───気付いていないのだから当然だが───通り過ぎようとしたところで、漸くヴィオラの耳に「あの」という遠慮がちな小さい声が聞こえてきた。

 その声にピタリと動きを止めると、声を拾った左耳の方向に素早く顔ごと視線を向けた。その視線の先に居たのは、年端のいかぬ小柄な子供だった。緑系統の服を着ているため、保護色となって気付くのに遅れたらしい。遅れたどころか声を掛けられるまで全く気付かなかったのだがそれはさておき。



(ひ………人!!!)



 ヴィオラは盛大に顔を引き攣らせて、子供から目を離せずにいた。驚いたのもそうだが、ブツブツ呟いているのを見られたとか、ヤバいどうしようフード被ってないだとか、そういう諸々の顔が引き攣る要因が頭を中をぐるぐると回って一言も発せずにいた。

 それでも色々叫びたいことを飲み込んで、ヴィオラは必死に言葉を紡ぐ。



「ど、どちら様ですか?」



 という。パニックの末に出た言葉がそれだった。不法侵入された家主のような反応をするなというツッコミが飛んできそうではあるが、実際数日とはいえ森に住み着いているので大枠で見れば間違いでもない。



「えっ? あ、えっと、僕はディード、です」



 そんなヴィオラにつられるようにして子供は名乗った。対するヴィオラも同じように名乗る。



「そ、そう。ディードというのね。私はヴィオラ。よろしくね、ディード」



 自己紹介をするような状況でないのは百も承知だが、口から出てしまったのだから仕方ない。それにこちらから「どちら様」なんて聞いてしまった以上、名乗りに対して名乗るのは礼儀というものだ。

 両者共に声を発さないまま数泊の間を開けて、ヴィオラは自分から声を掛けた。今すぐにでも立ち去りたい気分だったが、こんな森の中に子供を一人置いていくのも気が引ける。何より、今立ち去ったところで更に迷子になるのは目に見えているのだ。



「ところでディード。貴方、こんなところで何をしているの?」

「あっ、それが……」



 ヴィオラの言葉で、それまで呆気に取られているような表情だった子供───少年、もしくはディードと呼ぶべきだろうか───はハッとしたような表情へと変わり、言葉を続ける。



「友だちと遊んでたらはぐれちゃって……」

「あら、迷子?」



 奇遇ね、私もなの。そう続けようとしたヴィオラを遮るようにして少年は「違います!!」と声を上げた。



「道はわかるんです。けど、その、転んでしまって……動けないんです…」

「怪我?」

「はい…。左足が痛くて、歩けなくて」

「ちょっと見せて」



 そう言うなりヴィオラは少年………ディードに近付き、怪我の具合を確認し始めた。

 患部である左足を見せてもらうと、なるほど確かに足首が少し腫れて赤くなっている。だがこの様子だと骨は折れてなさそうだ。転び方によってはヒビくらい入っているかもしれないが、まぁほぼほぼ捻挫だろう。

 それくらいなら…と、ヴィオラはそっと患部に手を当てた。



「あの、ヴィオラさん…?」

「安心して。私、治癒魔法が使えるの。といっても魔力が少ないからそんなに大層なことは出来ないけど………多少良くなるかもしれないわ」



 そう告げるとディードは少し驚いたように目を丸くし、自身の左足首にある手とヴィオラの顔を交互に見た。

 そんな視線を受けたヴィオラはつい口元を綻ばせたが……すぐに気を引き締めて魔法に集中し始めた。


 魔法というとは使い手から発せられる。つまり対象に近いほど時間短縮にもなるし、強力にもなる。そんなわけで治癒魔法は実際に相手に触れて行うことがほとんどだ。

 例に漏れずヴィオラもそうして治療を行おうと、触れた手の平に魔力を集中させる。何だか今日は魔力切れ特有の気怠さを一切感じない。それどころか普段より元気な気がする。午前の魔法紙(スクロール)は、本当に必要な魔力が少なかったようだ。

 それにいつもは少量の魔力を体中から掻き集めて魔法を使うのに、今はそんな必要もなく必要な魔力が集まってくる。


 そんなことを考えていたからだろうか。ヴィオラは流れ、集まってくる魔力を制御しようとせず、いつも通りに身を任せて治癒魔法を使った。どんなに掻き集めようと、それを一気に放出しようと、特に問題なく普通の魔法だけが発動する魔力量のヴィオラだ。多少の違和感があっても疑わずに魔法を使うのは仕方ないことだった。



「きゃっ…!?」

「わっ!?」



 治癒魔法特有の黄緑色の光が眩いほどに拡がり、周囲をその光で照らす。最初は普通の小さな光だったものが、あっという間に強い光となってしまった。これにはヴィオラも焦る。



(何!? まさか暴走!? いや、まさかそんな……暴走するほど魔力ないわよ……!?)



 急いで魔法を止めようとしても止まらない。もはや意志とは関係なく魔力が放出され、それが魔法となって降り注ぐ。

 どうしよう…!? と、冷や汗を垂らしながら脳をフル回転させていると次第に光が収まり始めた。どうやら魔力暴走では無かったらしい。もし暴走ならば、使い手の魔力が枯渇するか気絶するかまで永遠に魔力が放出される。

 暴走じゃなかったことにホッと息を吐いて、完全に光が収まった後にディードの足首から手を離した。手を離して───患部を、患部だった()の場所を見て目を見開いた。



「傷が……無い……?」



 先程までは確かにあった筈だ。捻挫と思われる腫れ、赤み。恐らく転んだ時に出来たであろう各所の擦り傷や切り傷。それらが綺麗さっぱり無くなっている。

 ぽかんとした表情で患部だった場所を見つめているヴィオラだったが、その正面にいる少年もまた、ヴィオラの顔をぽかんとした表情で見つめていた。

 暫くそうしていた二人だったが、不意にディードが口を開いた。



「ヴィオラさ…様、は…もしかして、女神様なんですか…? それか森の妖精の王…?」

「ちっ、違うわよ!!」



 とんでもないことを言い出したディードに、思わず叫びとも取れる反論で返す。するとディードは意外だとでも言いたげな表情の後、何やら納得顔で頷きだした。



「そうですよね。その髪の色……海の妖精の王ですよね……。すみません……」

「それも違うから!! 人間! 私はただの人間よ!」



 必死に否定するヴィオラを、今度はきょとんとした表情で見るディードだったが………ふと真面目な表情になり、ヴィオラの瞳を見つめながら真剣な口調で言った。



「わかりました。誰にも言いません」

「何が!?」



 お願いだから人の話を聞いて! 曲解しないで! と、その後も説得し続け、何とか人間であることには納得してくれた。だが………。



「だからね、ディード。もう一度言うけど、私は名家の令嬢でもないし、ましてや魔道士でも魔術士でもないの」

「………そこまで頑なに否定するってことは、やっぱり何か事情が………大丈夫です、口の硬さには自信があります」

「違う。違うのよ」



 ディードと共に森の出口で向かいながらの説得は、ディードが別方向の勘違いへシフトチェンジしただけに終わった。

 そうして森から出たところでヴィオラはディードに別れを告げる。あぁ、結局誤解を解けなかったな……なんて考えながら。



(ここからなら…あっち回りに戻ればいつもの入口に着くわね。良かった…これで元の場所に)



「是非家に来てください! 助けてくれたお礼もしたいですし…」



 これで元の場所に戻れる、と。心の中で呟こうとしていたのをディードの声が遮った。



「え? いえ、そんなの悪いわ。それに私……」

「お願いします! ヴィオラ様!」

「だから“様”はやめてってば! 様付け禁止!」

「えっ…それなら何とお呼びすれば…」

「いや、普通にヴィオラでいいわよ…。ってこれ何回言えばいいの?」



 ハァ、と溜息を吐いて「それよりも」と続ける。



「なるべく人と会いたくないの。だから悪いけど一緒には行けないわ」

「そんな………」



 何やら悲痛な面持ちでしょげているが、これに関してはどうしようもない。申し訳ないが極力人を避けて生きたいのだ。



「フードはずっと被ってていいですし、極力人を寄せ付けないようにします…! 絶対後悔させません! お願いします、ヴィオラ様…!」

「だから……」



 どうしてこうも頑なに家に招こうとするのだろう。まさかこの少年は何か悪いことを考えているのだろうか。だとしたらついていくのは得策ではない、が…。



「ヴィオラ様……」



 うぐっ…と、ヴィオラはディードの視線に対し目を細める。あと一度断ったら泣き出しそうなこの瞳を前にして、これ以上拒否する勇気はヴィオラには無かった。



「わ、わかった……。けど、その“ヴィオラ様”だけはやめてよ。もし次言ったら即帰るから」

「本当ですかっ!? ありがとうございますっ!」



 先程の表情から一転、嘘のようにパッと嬉しそうな表情に変わったディードは、ヴィオラを先導しようと先を歩き出す。



「行きましょう、ヴィオラさん!」



 ディードの笑顔を前に、ヴィオラは「何だか上手く嵌められた気がするわ……」と思わずにはいられなかった。

やっとヴィオラ以外の主要人物一人目登場です。

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