4.日雇いの薬草採集で金策したいの
四話目です。多分明日も更新します。
森に到着したヴィオラは、早速薬草摘みに取り掛かった。
あら、早くもビシア発見。って、そりゃそうよね。街中にも生えているような植物だもの。
こんなに緑びっしりの場所に生えてなかったら乱獲を疑うわ。
依頼書には百グラム毎と書かれていたが、測りがない今の状況ではわからないので、適当に集めた後そこら辺の蔦で縛っておく。
暫くそうしてビシアを集めると、今度は別の植物を探しに森の奥へ移動することにした。
その道中、他の二種類も見付けたので同様に集めていく。
夢中で集めること早数時間。ヴィオラの足元には既に結構な量の薬草が集まっていた。
いつの間にか大分集まったわね……。これ以上増えたら、持ち帰れるかしら?
大きな葉に包んでいけば問題ないかもしれないけど、それで街に行ったら少し目立つわよね。目立つのはよくないわ。
けど、一旦街に行くというのも………。
………いいわ、タオルに包んでリュックに詰め込みましょう。それでも入らなかったらマントで隠しつつ、手で持っていけばいいもの。
折角買ったタオルだけど、汚れたら洗えば良いだけよ。
そういう訳で、ヴィオラは薬草採集を再開した。
半年以上昼食を取っていなかったので腹は減らず、昼になっても休憩を挟まなかった。
ヴィオラは一度集中すると周りが見えなくなる癖があり、誰かに止めてもらうか、ふとした瞬間に現実に引き戻されるまで止まらなくなるのだ。
今回もそれで、日が落ち始めて暗くなるまで、結構な時間が経っていることに気が付かなかった。
ふ、とヴィオラは動きを止めて視線を上げる。
「………あら? ………やだ、いつの間にこんな暗くなってたの?」
完全に周りが見えない訳では無いが、暗いせいでかなり視野が狭くなっている。さすがに今日はもう作業を続けられない。
そう判断して、少し離れた場所に集めた薬草の束へと向かう。
「我ながらかなり集めたわね……。乱獲だと怒られたらどうしましょ……」
私が集めた薬草の束は小さな山を作っている。確実にリュックには入り切らないし、残りを手で持っていけるかどうかも微妙だ。
もう少し大きなリュックを買っておけばよかったかもしれない。
「仕方ない。動きにくいでしょうけど、無理にでも手で抱えていくしか───って………」
そういえば、商業ギルドって何時まで開いてるのかしら……?
完全に日が落ちてないから五時くらいだと思うのだけど……。
え、閉まってたらまずいわよね? この仕事、日雇いだもの。明日も同じ薬草がリストに入ってるとは限らないし………。
「たっ、大変だわ! 急がないと…!」
急いで薬草を詰め込んだり纏めたりしてから森の出口を目指す。幸い方向感覚はある方だったので、迷わずに出口まで行くことが出来た。
ヴィオラは荷物を落とさないように小走りで街に向かう。
街の入口に着いたところで早歩きに切り替え、まだ賑わう街の人混みを通り抜けながら商業ギルドに急いだ。
あぁ、もうっ! どうしてこんなに人が多いの! もう日は落ちたじゃない!
というか、どうして閉店時間を聞かなかったのよ!? 私の馬鹿!
自分への悪態を吐きながらも足だけはひたすらに動かす。
そうしてやっと着いた商業ギルドは、まだ人が出入りしていた。窓からも光が漏れている。
「はぁ……はぁ……。よ、良かった……まだ開いてる……」
と、いってもあと数十秒で閉まらないとも限らない。はやる気持ちそのままに、まだ息が整わない内に商業ギルドの扉を開けた。
商業ギルド内は疎らに人が居た。所々で塊になって何やら話している。
そんな周りには目も向けず、ヴィオラはさっさと二階へ上がって行った。
今目指すは一点、薬剤部のみだ。
「すみませんっ、まだ大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ〜。どうしました?」
薬剤部の窓口で声を掛けると、昼間とは違いふんわりとした雰囲気の女性が応答してくれた。焦って声が大きくなってしまった私に向かって首を傾げている。
「あの、日雇いで薬草を採ってきたんですけど……」
「あぁ! 成程! ありがとうございます〜! 薬草の方、確認させてもらいますね」
「お願いします」
両手の薬草とリュック内の薬草を取り出して窓口のカウンターに置いていく。その薬草の量を見て、女性は慌てて待ったをかけた。
「わっ、ちょ、ちょっと待ってください! えっと、もしかしてまだある感じですか?」
「あと半分くらい残ってます」
「そ、そうですか……。あの、量が予想より多くて、ここだと溢れそうなので……奥の方で対応させてもらってもいいですか?」
「えっと…何かごめんなさい。お願いします」
私は女性に着いていく形で窓口内のソファに案内された。
目の前のテーブルに残りの薬草も積み上げると、女性は早速薬草の確認を始めた。
「えーっと、これも大丈夫でこれも問題なし……これも、これも、これも……」
女性は見た目や雰囲気に反してかなりのスピードで薬草の確認を終えていく。
あまりの速さにちゃんと確認しているのか心配になる程だ。流石に適当にやっているなんてことはない筈だが。
それから十分と少し後、女性は笑顔で「全て問題ないですね。素晴らしいです」と声を掛けてきた。
私は途中、別の職員が気を利かせて淹れてくれた薬草茶のが入ったカップをテーブルに戻し、女性に向き直る。
「じゃあ今度は重さを測ってきますね。もう少々お待ちください」
女性がそう言って奥に下がっていくのを見送った後、置いたばかりのカップをもう一度手に取った。
黄みが強い薄黄緑色の透明な液体からは、ふわりと薬草らしい香りが漂っている。ただ、それは決して不快なものではなく、むしろリラックス出来る香りだった。
口を付けると先程同様、優しい香りと味わいが口内に広がっていく。
ここ二日分の疲れがここに来て一気に押し寄せてくる。気を抜いたら寝落ちしてしまいそうだ。
眠気に負けるまいと、ぐっと目に力を入れているところに女性が戻ってきた。手には書類と袋を持っている。
「お待たせしました〜。えーと、まずビシアが約一キロで小銀貨五枚。コルデが約七百グラムで小銀貨三枚と銅貨五枚。フォリエが約八百グラムで小銀貨四枚。それぞれちょっと百グラムには達しなかった物を纏めたのが二百グラム程で小銀貨一枚。で、合計大銀貨一枚、小銀貨三枚、銅貨五枚ですね」
なんと、今日使ってしまった金額をカバー出来る程度には稼げていた。
元手より少し増えたくらいだがそれでも嬉しい。久々の収入だ。
「はい、それでは今回の報酬になります。ここでの両替は承っていないので、全て銅貨や小銀貨のみにしたい場合は一階の両替所でお願いしますね〜」
「わかりました。ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ〜」
女性から硬貨の入った袋を受け取り薬剤部を後にする。
本当はこのまま帰って寝たいのだが、まだやることがある。
階段とは逆方向、廊下の一番奥へと足を進める。と、朝と同じ姿が目に入った。
「すみません」
「あ、はい。何か御用でしょうか?」
訪れたのは派遣業務斡旋部。明日の仕事を探しておこうと思ったのだ。
「明日の日雇いの仕事を伺いたいのですが」
「明日ですか? 少々お待ち下さい。あ、どうぞお掛け下さい」
男性はファイルを取り出し、パラパラと捲り始める。
いくつかのファイルでそうすると、ページを開いたままこちらに提示してきた。
「今ご紹介出来るのはこの三つになります。どれも学歴不問なのでお好きなものをどうぞ。………あ、失礼ですが字の読み書きは……」
「問題ありません。気を使っていただきありがとうございます」
「そうでしたか。失礼しました。では決まりましたらお声掛け下さい」
男性はそう言い残すと奥の机上の書類を纏め始めた。どうやら私のことは忘れているらしい。
対する私は仕事の詳細を読み始める。
えーと? 「野菜を洗う仕事、朝五時から昼三時まで、報酬は大銀貨一枚」…。
次が「改装工事後の店内の清掃、朝七時から夜六時まで、報酬は大銀貨一枚と小銀貨二枚」…。
で、最後が「花屋の売り子(審査有)、朝八時から夕方頃まで、報酬は大銀貨二枚、時間延長によって報酬割増」……ね。
どうしようかしら?
正直最後のは報酬に引き寄せられるけど、売り子って事は当然この不審者スタイルでいられないってことよね? 審査有って書いてあるし。
だとしたら清掃の仕事がいいわね。これにしましょ。
「すみません」
「決まりました?」
「はい。これにしようかと」
「これですね。えーと、場所が商業ギルド前の大通りを東に少し行った場所ですね。見た目がまだまだ改装中の比較的大きな建物なので、すぐにわかると思いますよ」
「大通りを東……」
「まぁ、わからなくなったらまた聞いてください。じゃあサインの方お願いします」
朝同様二枚の書類にサインをし、片方は私が預かる。
それから男性に軽く挨拶をし、そのまま商業ギルドの出口目指して歩き出した。
───あっ!! そうだわ、閉店時間!!
商業ギルドから出るべく扉に手を掛けたところで大切な事を思い出した。
思い出せて良かった。また同じ失敗を繰り返すところだった。
私は近くのギルド職員に営業時間を問う。
すると、「朝八時半から夜十九時までやっていますよ」との返答が返ってきた。
商業ギルドの柱時計に目をやると十七時半。閉店まだ全然時間があったらしい。
若干脱力しつつも森へと足を進める。
郊外に近付くにつれ街灯の類は少なくなり、段々と視界が悪くなる。だが、この郊外の出入口からなら森へは道一本なので迷うことも無い。足元に昼間の倍気を使うことになるが。
治安に関しては恐らく大丈夫だと思いたい。ここら辺で犯罪が多いなどの話は聞かないし、何より私は昔から影が薄い。
何故だかわからないが、初めて会う人なんかは私から声を掛けるまで気付いてもらえないこともしばしばある。
楽観的だとは思うが、それらの経験から何となく大丈夫な気がしてしまうのだ。
そんなこんなで森に到着したヴィオラは、昨日と同じ場所を月明かりと感覚を頼りに探す。
そうして少し歩き回った後、焚き木後を見付けることが出来た
「少し枝と葉を足して…と」
すっかり燃え尽きた枝やら何やらの中に新しい燃料を投げ入れる。それから着火すれば焚き木の完成だ。
残った魔力は手の治癒に当てる。大分治ってきた気がする。
それから簡易テントを広げ、夕飯に黒パンと干し肉を食べながら空を見上げた。今日の星空も溜息を吐く程綺麗だ。
仮にも貴族の娘がこんな生活を送っているなんて、誰も思わないでしょうね。
うふふ、今頃あの人達は何をしてるのかしら? 給金を払わなくていい雑用が居なくなって怒っているかしら?
手伝いの人と一緒に同じ仕事をして、就業時間が終わっても私はずっと仕事をして……。
世の中の庶民の母親ってこんな感じなのかしら? だとしたら私はあの家の母親の位置?
………冗談でもそんなのお断りね。反吐が出るわ。
「はぁ……」
水筒の水を飲んで一息吐く。ちなみに今朝街を出る直前に水を貰ってないことに気が付いて一旦引き返した。
危うく一日水なしで活動するところだったので気付けて良かったと思う。
今日はもう寝よう。そう思い、ヴィオラはテントの中に寝転がる。
こんなに暗くては汚れ物の洗濯をしに川に行くのは危ないし、同じく水浴びも出来ない。
少々体が気持ち悪いがそこは仕方ない。全て明日の朝やろう。そうしよう。
今は明日もしっかり起きる為に、少しでも早く寝て体力回復に努めた方が良いだろうから。
目を閉じると、特に苦労することもなく簡単に意識が闇に落ちていく。
ほんの一瞬、明日の朝食は何にしようかなんて考えたりもしたが、その思考も微睡みに溶けて消えていった。
テントの中からはもう、規則正しい少女の寝息以外聞こえてこなかった。
今回もお読みくださりありがとうございました!