3.初めての商業ギルド
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「───あら?」
不意に傾けた手帳に直接射した日光を視認し顔を上げた。
どうやらそれなりの時間、集中してしまっていたらしい。
「時間的にもうそろそろ大丈夫かしら……?」
そう判断したヴィオラは改めて荷物を纏めると腰を上げた。そして迷わず森の出口へと向かう。
普通に行けば、ここから街の入口までは歩いて三十分かからない。が、なるべく人と遭遇しないようにしたいところである。
昔から他人との関わりが少なかったので見た目で一発でバレる様なことはないと思うが、怪しさから通報されたら厄介だ。
せめて老け顔だったら良かったのだが。
そうなると森を出てからの道順を考えながら進まなければならない。
昨夜は夜中なのをいい事に最短距離を目指して走ってきたが、今の時間そうはいかない。
街から森への最短ルートを辿る為には、両脇に畑が広がる郊外の道を通らなければならないのだ。
畑は農家が所有するもので、今の時間はきっと畑仕事に精を出していることだろう。
畑はそれなりに広いものの、運悪く道近くで作業していたら普通に見付かってしまうだろう。
と、なると………貧困層が生活する区画近くの道を通っていくしかないわね。少し危ないかもしれないけど………。
あの場所にも人は沢山居るけど、かなりワケありな人が多いもの。横目で見られても通報はされない筈よ。
街──ここでは店が立ち並び人が多く住む活気のある場所を指す──の入口は複数ある。
ひとつは先程示した郊外からの入口。そして街の外壁にある正式な出入口。最後に貧困層が生活している区画からの入口だ。
最後のは正確に別れている訳ではないけど、明らかに空気感が違う上、貧困層の生活区の端から少し離れた場所から小さな店が並び始めるので、何となくそういう認識になっていったのだ。
何故私が知っているのかと言うと、実際に行ったことがあるからだ。
学生になったばかりの頃、家に帰りたくなくてフラフラと遠回りをしていたら偶然辿り着いてしまったのだ。
貧困層の生活区は、何となくそこら辺に集まっているというだけで明確な区画整理がされている訳では無い。
その為、何だか掘っ建て小屋が増えてきたなぁ、なんて呑気に考えている内に迷い込んでしまったのである。我ながら危機管理能力がなっていない。
あの時はかなら端の方をビクつきながら歩いて、運良く街の入口まで行けたんだっけ……。よく危ない目に遭わなかったわよね。
まぁ、今日の私は大丈夫でしょうけど。
何たって今日の自分はあの時の学生服とは違い街娘スタイル。それも古着で、さらに薄汚れたマント。フードは目深に被っているという如何にも「ワケあり」といった風貌だ。
偏見かもしれないが、あの場所にはかなり溶け込める筈だ。
そうして遠回りをしながら歩くこと約一時間弱。点々と小さな小屋が見えてきた。
さらに近付くと、もう少し先の家と呼べるサイズの建物も確認できた。間違いなくあの時の場所だ。
堂々と歩いていれば大丈夫───よね?
正直、やはり治安が悪い所というのは怖い。だがそんな事を言っている場合では無いのだ。
覚悟を決めて先を急ぐ。
道中、見られることは多々あったが絡まれることはなかった。本当に良かったと思う。自分は攻撃系の魔法も防御系の魔法も、ほとんどまともに使えないから。
構えていたのに案外すんなりと抜けれた事に拍子抜けしつつもほっとする。
さて、街の入口だ。ここから段々人通りが増え、その分リスクも高くなる。
貧民層の生活区から出てきたのだから、恐らく余計な詮索はされないだろうが。
ドキドキしながら足を進める。
大丈夫だろうか。おかしくないだろうか。
そんな事を考えていると、無意識に段々歩くペースが早くなっていく。
気付いた時には最初に感じていた動悸は、緊張からではなく運動によるものになっていた。
商業ギルドの看板が目に付き、そこでやっと意識的にペースを落とす。肩で息をしながらゆっくりと進む。
息を乱しながらギルドに飛び込んだら、それこそ不審者だ。通報まではいかなくとも、周りから不審な目で見られるだろう。こんな格好だし。
早くならないよう気を付けながら歩いて商業ギルドの入口前に着く頃には、心臓も息遣いも通常の動きに戻っていた。
一度深呼吸をしてから商業ギルドの扉を開けると、それまでは往来の賑やかな声しか聞こえていなかったのが、途端にギルド内からの賑やかな人々の声に切り替わる。
商業ギルド内は朝からそれなりの人で賑わっており、いくつかの部署の受付は複数人を相手にしていて大変そうだった。
私はキョロキョロとギルド内を見回し、派遣業務斡旋部の受付を探す。だが、中々その文字列が見付からない。
ギルドは二階まで続いているので、「もしかしたら二階のあるのかもしれない」と考え、壁沿いの階段を上った。
えーっと…? ───あった! 派遣業務斡旋部。間違いなくあそこね!
広い廊下をずっと奥に進んだ場所の受付窓口の上部にぶら下がっている「派遣業務斡旋部」の案内板を確認出来たので、そこに向かう。
「あの、すみません」
窓口から声を掛けると、少し離れた場所で書類を見ていた一人の男性が近付いてきた。
「お待たせしました。何か御用ですか?」
「ここで日雇いの仕事を紹介して頂けると聞いて来たのですが……」
「あぁ、成程。わかりました。そちらの椅子にお掛け下さい」
男性は私の説明に納得した様で、窓口前に設置されている木の椅子を指してから机の上の書類をパラパラと捲り始めた。
言われた通り腰を下ろして男性を待つ。
途中で「失礼ですが学歴は? 力仕事はどのくらい出来ますか? それと、お仕事はいつから始めたいですか?」という質問が飛んできたので、「王立学園の基礎教育課程は終えています。力仕事は……バケツの水汲み往復くらいでしたら余裕です。それと、出来れば今日から働きたいのですが……」と答えておいた。
それから程なくして男性が一枚の書類を手に私の前に戻って来た。
「今からでしたら、此方の仕事がご紹介出来ます。一応説明させてもらいますね」
そう言って男性は書類を指差しながら簡単な説明をしていった。
「薬草摘みの仕事ですね。完全出来高制で、報酬は百グラム毎に銅貨五枚。採取場所はどこでも大丈夫だそうです。あ、勿論私有地は駄目ですけど」
「どんな薬草を集めるんですか?」
「それは依頼主から直接聞いてください。毎回欲しい薬草が変わるそうなので。……といっても依頼主は商業ギルドの薬剤部なので、すぐそこですが」
男性は、私から見て右の方に視線を向けてそう言った。
つられて私も視線を向けると、ひとつ別の窓口を挟んだ先に「薬剤部」と文字が見えた。成程、確かにすぐそこだ。
「それで、この仕事を受けますか?」
「はい。お願いします」
「では、ここにサインをお願いします。それとこっちの書類にも」
示された二枚の書類に署名をする。偽名は駄目だろうが、フルネームを書くのは躊躇われたので、小さく「ヴィオラ」とだけ書いた。
「はい、大丈夫です。そしたらこっちの書類を持って薬剤部の窓口までお願いします。後の事は全て依頼主がやってくれますので、本日分の給料なども依頼主から貰ってください」
「わかりました。ありがとうございます」
男性にお礼を言い、書類を手に派遣業務斡旋部の窓口を後にする。次は依頼主の薬剤部だ。
薬剤部の窓口へ行くと、さっきとは違って最初から窓口内に人──真面目な風貌の女性が座っていた。
女性がふと目線を上げたところで近付く私に気が付いたらしい。私が窓口の目の前に来るのを待って声を掛けてきた。
「おはようございます。何か御用でしょうか?」
「その、これを……派遣業務斡旋部で仕事を受けて来ました」
窓口のカウンターに書類を置く。それを確認した女性は「あぁ」と呟いて、心得た様に頷いた。
「では、本日採集して頂きたい薬草のリストを作りますので少し待っていてください」
「わかりました。お願いします」
女性はそう言い残して奥の机に向かいペンを取る。
その間、暇だったので全体を観察してみることにした。
それにしても商業ギルドってやっぱり広いのね。外観だけで受ける印象よりも広い気がするわ。
一体、いくつの部署があるのかしら……? それなりに細分化されてるみたいだけど。
右は「医療部」で、左は「夜間事業総合部」……。並びは割とバラバラなのかしら?
というか、夜間事業って何よ。
他の部署は……ちょっとここからじゃ見えないわね。
あ、でも体を傾けたら見えそう───。
「お待たせしました。………どうかしました?」
「えっ、あっ、いえ! 何でも!」
怪訝な顔をする女性に慌てて両手を振りながら何でもないと告げる。他の部署に気を取られ過ぎて彼女の接近に気付けなかった。恥ずかしい。
「こちらが薬草リストになります。横に絵が付いているので参考にしてください。では、よろしくお願いします」
「ありがとうございます」
女性にお礼を言って席を立つ。
薬剤部の窓口を離れ、医療部の前を通り過ぎる。気になっていたその隣は「植物部」だった。もう訳がわからない。
普通、流れ的に薬剤部の隣が植物部ではないのだろうか。
一階に戻ると、先程よりも人口密度が高くなっていた。この短時間で人が増えたらしい。
特に「商業総合案内部」と「食品部」の前は人集りが凄かった。忙しそうな受付の人を心の中で応援しておく。
商業ギルドから出て少し離れた所で止まり、改めて薬草リストを確認した。
さてと。必要な薬草は………ビシアと、コルデと、フォリエ、ね。
どれも森の浅い所から生えているし、珍しくも何ともない物で良かったわ。まぁ、日雇いの極普通の民間人にそんな物依頼しないと思うけど。
折角遠回りして森から出て来たのに、また森に行くのね……。
このまま行くのもアレだし、先に必要な物でも買いに行こうかしら。
ヴィオラは森の方に向けていた視線を反対方向に定めると、その方向へと歩き出した。
森とは反対の場所に、大から小まで店が立ち並んでいるのだ。といっても、やはり街の中心に近づく程店が大きくなっていくのだが。
今回行くのは中心から少し外れた場所にある、一般人が経営している様な小さい店が並ぶ区画だ。私は勝手に一般店区画と呼んでいる。
親の代から家族で切り盛りしているとか、個人で開業した店なんかが集まっている。
もう少し別方向に離れると、今度は屋台が並ぶ活気溢れる場所に出る。観光客や休日の人、学生が帰りに寄ったりするのでかなり人で溢れ返っているのだ。
更に別方向に行くと、此方は市場になっている。屋台エリアとは別方向に活気溢れる場所だ。
農家が直売所として使っている事も多いので、かなりお安くなっている。私は学生の頃、よくお世話になった。
商業ギルドは街の中心に近い場所にあるので、そこから大通りをなるべく目立たないように、端に寄りながら奥に歩いていく。
十分程歩いたところで一般店区画に差し掛かる。人の量はまだ中心部とさして変わらないが、何となく下町っぽい空気を感じる。
私は貴族ながら──いや、元貴族ながらこの空気が好きだ。下級貴族だったせいだろうか。
男爵家程度なら一般庶民とほぼ生活レベルは変わらない。多少大きい家に住んでいるとはいえ、それも稼いでいる商人の家と同じ程度の大きさだ。メイドなんかも居らず、派遣で雇った手伝いの人間が数人、一日交代で一人来るだけだ。
えーと、必要な物は……大きめの鞄と日持ちする食料と、後は飲用水。これは水筒に貰えば良いわよね。
それと………タオル! そうだわ、忘れるところだった。一番大切な物なのに。
ヴィオラは順に店を回っていく。
庶民御用達の品質はそれなりで値段の安い生活用品が並ぶ雑貨店に行き、大きめの布製リュックサックとタオルを買う。
次に加工食品の店へ行き黒パンと干し肉、それとベーコンを購入。
最後に冒険者ギルド横にある、旅人や冒険者が利用する雑貨店に寄った。冒険者ギルドはこの一般店区画に拠点を構えているのである。
この雑貨店は冒険者ギルドが経営していて、まさに旅する人間の為の物が売られている雑貨店だ。
まぁ、つまり、有り体に言ってしまえば旅特化型のアウトドアグッズ専門店だ。
直径十二センチ程度のフライパンや手鍋、浄水器、一人用の簡易テント。
これらを手に取り会計を済ます。
リュックに購入した品物を詰め、ヴィオラは冒険者ギルドを後にした。次に目指すは森だ。
街から出ていくのだし、今度は最短ルートでいいわよね。
日雇いということは明日には持ち越せないだろうし、つまりは時間が無いというわけだし……。
そう考えて郊外から森に抜ける道へと急ぐヴィオラは気付いていなかった。
商業ギルドの営業時間を誰にも聞いていないということに………。
本日もお読み下さりありがとうございました!