2.清々しい朝の出来事
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2020.12.12
治安維持隊→兵士 に変更しました。
さて、そんな風にして森に来たのが数時間前。
つまりそれは、今は数時間後という訳である。当たり前だが。
数時間の間に私がやった事といえば、本日の寝床作りである。
実は野宿は初めてではない。以前家から追い出された時に、仕方なく森で一晩を明かした事がある。
家の前だと寝起きに冷水を掛けられそうだったし、かと言って街中に居たら間違いなく兵士に補導される。それが知れたら余計に面倒になると思ったから消去法でだ。
その後結局捕まり、思い切り平手打ちをくらったが。
さて、そんな野宿であるが、まず最初にしたのは着替えだ。
勢い余ってそのままの格好で出てきてしまったのだが、さすがに一張羅のまま野宿するのは気が引ける。
既にこの格好で木を降りたり走ったりして汗をかいているので今更感が凄いけれど。気分的に着替えたかった。
と、いう訳で今の私はいつもの一昔前の町娘スタイルだ。いや、街娘かもしれない。……そんなことどうでもいいか。
雨が降っても良いように葉が大きい木の下に、一般的に雨具とされている雨避け用のフード付きマントを敷く。
寝ている間の荷物が心配だが、そこは安心してほしい。何せ、私は一応貴族科出身である。
貴族科に通う生徒の学生鞄には、必ず防犯対策がされている。その一つが盗難対策用の魔法陣だ。
魔法陣と言っても簡単な物で、所有者の魔力を流すと所有者に害を成す者は鞄に触れることが出来なくなる。
それからもう一つ。その鞄の半径一メートル以内にいると、所有者に悪意を持つ者を近付けなく出来る小結界が数回限定で発動する。
その為、命に関わるようなものや、その他明確な悪意を持つ者にしか機動しないのだが。
まぁ、つまり所有者自身の防犯対策もバッチリな優れ物なのだ。
………何故私まで貴族科に通えていたのか、永遠の謎だったのを思い出してしまった。
それはさておき、落ち着いたら急に疲れと眠気が襲ってきた。ハイになって脳内麻薬がドバドバだったのが切れたのかもしれない。
横になりたいところだがまだやる事があるのだ。
この数時間の間に集めた木の枝や落ち葉、それと大きめの石を手に取る。
石を円を描くように並べ、乾いた木の枝を良い感じに設置して比較的水分の少ない落ち葉を放り込む。最後に魔法で火をつければ簡易焚き火の完成だ。
「はぁ、良かった。やっと寝れるわ。火をつけるために魔力回復を待ってたのよね。本当、魔力量少ないんだから……」
この先、こんな魔力で無事に生きていけるだろうか。何とも心許ない。
きっと魔力量の多い魔術師なんかは、毎日野宿の旅でもへっちゃらなんだろう。高レベルの風魔法は結界代わりになるという。しかも魔術師は一晩維持するのも余裕だそうで。今の自分からすると、羨ましい限りだ。
「さてと。おやすみなさい」
薄手の上着を掛け布団代わりにして肩まで引っ張りあげる。
敷物にしてしまった雨具の下にはなるべく柔らかくなるように葉を目一杯入れてあるので、枕がなくてもある程度どうにかなりそうだ。
あー……明日、ちゃんと起きられるといいけど……。
そんな事を考えたのを最後に、ヴィオラの意識は現実から遠のいて行った。
何だか久々に愉快な夢を見た気がした。
♯♯♯
───朝だ。
直感的にそう思った。
実際その感覚は当たっていて、ぼやけた脳はそのままに瞼を持ち上げると辺りが薄明るくなっていた。
青いような、紫色のような、あの早朝特有の清々しい景色だ。
特に何を考えないまま体を起こし、思い切り大きく伸びをする。ついでに大きめの欠伸もする。
「んーっ……ふあぁ〜……」
何だかいつもより寒いような……。って、そうだ。私、あの家から脱出したんだったわ。
どうりで今朝は気分が清々しい筈ね。
ゆるやかに動き出した脳でそんな事を考える。
いつも以上に景色が輝いて見えるわ。
何だか心に余裕が出来たみたい。ふふ、素敵。
えーと、荷物は……? 大丈夫みたいね。良かった。
いくら防犯対策されているといっても、やっぱりちょっと不安だったのよね。野生動物なんかは防げないし……。
って、あぁ、そうだ。野生動物の被害は?
焚き火は消えちゃってるけど、それらしい被害は………あら、無さそう。良かった。私って運がいいのね。
気分が晴々としている影響だろうか。何となく以前より物事を前向きに捉えられるようになっている気がする。
病は気からという言葉も有名だし、『気』の影響は馬鹿に出来ない。
そんな事を考えながらヴィオラはそれまで上掛けにしていた上着を羽織り、少し離れた場所にある小川へ移動を始めた。勿論、軽くまとめた荷物を持っていくのも忘れない。
川へ近付くに連れて朝特有の空気が更に冷たくなっていくのを肌で感じる。
今が夏であったなら腰を下ろして涼んでいただろうが、残念ながら今は春の半ばを過ぎたところ。まだまだ朝夜は肌寒い日が続く季節である。
やっぱりこの時間に薄手の上着一枚じゃ寒いわね……。さっさと済ませちゃいましょ。
川の飛沫が届かない場所に荷物を下ろし、川へ近付く。
そっと片手の指を第一関節まで沈めて、その冷たさに一瞬ビクッと肩を震わせた。
ここは山の頂から随分離れている筈なのに、未だ雪解け水で冷えているのかもしれない。そうでなくとも、この時期この時間帯の川というのはかなり冷たく、なるべくなら触れたくないのだが。
肩甲骨より下の髪を適当に束ね、覚悟を決めて両手を川に突っ込む。そうしてその水を掬い上げ、半ば叩き付ける様にしてパシャリと顔を洗った。
うひぃっ、冷たい!!!
冷たいとわかっていても、覚悟を決めても、冷たい物は冷たい。せめて冷水が首元を伝わないように自分の腹を見る形に首を傾けつつ、何度か同じ動作を繰り返す。
プルプルと頭を振り、残った水は手で何となく拭い取る。
「ぷはっ! 冷っっ、たいわね! もう!」
言ってもどうにもならない文句をつい零してしまう。
拭い切れない水のせいで、少し風が吹いただけでもぶるりと身震いしてしまう。
街に行ったら何よりもまずタオルを購入しよう。今、そう心に強く決めた。タオルは大切だ。これは教訓……これからの為にもしっかりと刻み込んでおこう。
冷たいならやらなければいいと言われるかもしれない。
けれど長年、私はこうして水で顔を洗って気分をリセットしてから一日を始めていた。
冷たい水で顔を洗うと気持ちがシャキッとする。今日一日、何か嫌な事があっても耐え抜こうという覚悟を決める───私の中だけの、小さな儀式と化していた。
きっとこの先も、中々この習慣は抜けないと思う。これをしないと一日が始まった気がしないのだ。
うーん、気持ちもスッキリしたし、朝食を調達しなきゃね。確かこの辺に木の実が……。
「あ、これこれ。甘くて美味しいのよね」
私は低木に成っている一センチくらいの赤い木の実をぷつりと採って、もう片方の手の上に乗せる。
見た所沢山成っているし、食べれるだけ貰ってしまおう。特別珍しい物でもないし。
つるんとした質感で丸っこい見た目の木の実を無心で採取していく。そのおかげかすぐに手の上には木の実が乗り切らない程になっていた。
幸いハンカチがもう一枚あったので、手に巻いてあるのとは別の物に木の実を包む。
うーん、まぁ……磨くだけで良いわよね。
自分が水属性に適性があって尚且つ練度の高い魔法の使い手だったなら、自分で水を出してそれで洗ったのだが。
残念ながら自分は火と、それから光属性にしか適性がない。光属性の高位属性である治癒属性があるのだけが唯一の取り柄とも言えない取り柄だ。
練度が高くないと不純物の混ざった……それこそ川と同じような水質の水しか出せないって、何だか不便よね。
近くの石に腰掛け、もぐもぐとハンカチの端で磨いた木の実を頬張りながらそんな事を考える。もう少し使い勝手良くしてくれても良かったじゃないか、と。
ヴィオラは最後の一つを飲み込むと立ち上がり、全財産である荷物が詰め込まれた鞄を肩に掛けた。
少食の部類に入るヴィオラの胃は採取した分だけで膨れた。後は今日これからの予定と、夕飯はどうするのかを考えるのみである。
そうこう考えている内に、いつの間にか日が昇っていた。
「………まぁ、何をするにしても………まずはお金よね」
生々しい話だが、先立つ物が何も無いと何も出来ない。当たり前であるが。
手元の大切な貯金を確認してみる。
「───十九、二十………そりゃ、前数えた時から変わってる訳が無い、か。良くも悪くも……」
所持金は以前数えた時と変わらず、大銀貨三枚に小銀貨八枚。それから銅貨二十枚。
一応安宿なら一週間と少しは泊まれる金額だけど………普通に考えて、働く他無いわよね。
だけど、こんな身寄りのない女子を雇ってくれる所なんてあるのかしら。
比較的貧しい庶民の子供でも雇ってくれる、日雇い仕事を紹介してくれる場所があると聞いた事があるけれど。
………危ないかしら? あぁ、けどそんな事言ってる場合じゃないわね。お金は大切よ。
穏やかに幸せに暮らす為には、まずこの野宿生活から抜け出さなきゃ。
文明人らしい生活を目指すのよ、ヴィオラ!
さて、目標が定まった所で、今度は肝心の「日雇い仕事を紹介してくれる場所」を探さなければいけない。
何となくしか覚えていないのが残念でならない。それでも、他に少しでも何かしら覚えていないか記憶を探ることに集中する。
うーん……市井の生活についての授業の時に、先生が仰っていたのは覚えているのだけれど……。
雑学程度の物言いだったから、中々………。
うーん、うーんと唸ること数分。
ヴィオラは不意にパッと目を見開いて声を上げた。
「そうだ!! 商業ギルドよ!!」
商業ギルドは多数の部署に別れており、その中でも派遣業務斡旋部で様々な仕事を紹介してもらえると話していた。
やっと思い出せた。
「あー、スッキリした! 自分に関係無いと思ってたから、かなりどうでもいい事として記憶していたみたいね。思い出せたのが奇跡よ」
目的地がわかったのなら話は早い。
街へはよく買い出しに行っていたのだ。この街の地理には明るい。勿論、商業ギルドの場所だって把握している。
あんなに大きな建物、この街の住民で知らない方が不思議だが。
街に行く前に一応見た目を隠す策を講じてみる。
服は街娘スタイルのままでいいだろう。と、なると…。
私は昨日土の上に敷いてしまった雨具のマントを広げ、もう一度強く叩いて汚れを落とす。
外側を下にしたので着れるには着れる。
……あら? もしかして、むしろ少しくらい汚れていた方がカモフラージュになるんじゃ……?
まぁ、まだまだ叩いただけでは取り切れない土汚れが付着しているので良しとしよう。
それよりも困るのがこの鞄だ。明らかに学生鞄の形だし、学園のエンブレムは入っているし、貴族科特有のマークまで刺繍されている。
しかもリグザント王国民はほぼ全員三年間学校へ通うことが義務付けられているので………つまり道行く人々にはフードを被った古着の不審者が貴族科の生徒の学生鞄を持ち歩いているようにしか見えないのだ。不審者過ぎる。治安維持隊に遭遇しなくても、私を見掛けた人が通報する自信しかない。
服で巻く……のは微妙ね。それはそれで不審者だわ。
せめてシンプルに大きな布があればいいんだけど。でも、このマントは駄目。見た目は絶対に隠したい。
………って、マントの下に隠せば良いじゃない!
私ったら何を悩んでいたのかしら。マントが長いのを忘れてたわ。人前で鞄を出さなければきっと完璧ね!
バサリとマントを羽織り、フードを目深に被る。
鞄はしっかりとマントの内側に隠して準備完了だ。あまり鞄が膨れていると外からでもわかってしまい怪しいので、この時ばかりは持ち物が少ない事に感謝した。
思い立ったが吉日よね。……と、思ったけど、この時間って商業ギルド……開いているのかしら?
勢いのまま出発準備をしてしまったが、まだ日の出から三十分程度しか経っていない。
この時期だと、今は大体六時くらいだろうか。
さすがにそんなに早くやっている気がしない。
この時間から動いているのはパン屋なんかの商品を作るのに時間が掛かる店か、それぞれ契約先の店に商品を下ろしに行く業者くらいのものだろう。
折角やる気満々だったのに出鼻をくじかれた気分だ。
………思い当たらなかった自分が悪いのだけれど。
「うーん………あ、そうだ。今の内に治癒魔法掛けちゃいましょっと」
ヴィオラは腰を下ろして、まだ少し鈍い痛みの続く左手をマントから出した。
巻いてあるハンカチを取ると、膿んではいないものの中々痛々しい。今使った後、夜まで魔力回復するのを待って治癒魔法をかければ今日にでも治るだろうが…。
魔力の無駄遣いは良くないわよね。動けなくなったら困るし……。
治癒ーーっ、と。
治癒魔法を使うのだと考えながら、昨日と同じ様に患部に右手をかざし魔力を送る。
仄かに黄緑色の光を宿す左手がじんわりと温かい。
そうだ、これからの目標を書き出してみようかしらね。
よく先生が、目標はわかり易く可視化して方が良いと言っていたし。
鞄の中から小さな白い皮の手帳と万年筆を取り出す。
学生の時に使っていた物だ。メモ用ページがかなり多いので、未だにメモ帳として使っている。
そんな手帳をパラパラと捲り、メモ帳部分で止める。
折角だから両開き真っ白なページにしよう。
左ページの上部真ん中に「目標」と一言書き記し、その下に箇条書きで目標を書き出すことにする。
・幸せになる
・心穏やかな暮らしを手に入れる
・経済的に困らないようにする
大きく書き出すとこんな感じよね。
これだと漠然とし過ぎているから、下に達成の為の小目標──内容的には手段ともいう──を書き出して……。
・自然いっぱいの田舎に引っ越す
・まずは安心出来る住処を手に入れる
・金貨百枚は貯める
・収入源を探す
(以上は全て見付からない様にすること)
とりあえずこれをすれば上の大目標は達成出来る……と、思うのよね。わからないけど。
一番難しいのが、奴等に見付からない様に行動しなければならないという部分なのよね……はぁ……。
………信用出来る協力者が必要だわ。
せめて奴等に報告しない程度に口の堅い人で、大人もしくは大人が黙って協力してくれそうな人。
でもそんな人居るかしら?
またもや色々と考え込むヴィオラは、商業ギルドが開く八時半を越えても手帳を睨んで頭を悩ませていた。
お読みいただきありがとうございました!
周りが確認できる程度に明るい早朝の空気って何となく良いですよね。
人の気配がしなくて澄んでいて。
夜だって人気がないのに、何であの時間帯の朝のように澄んでいないんでしょう??夜の間に浄化されてるのかな??不思議です。
ヴィオラの朝好きは作者譲りです。