田端の指導2
「よし、二人共ここでストップだ。キースはもういい。田端は、次はリクの相手をしてやってくれ。多少の怪我は川原に何とかしてもらえるが、あまり酷い怪我はしないように気を付けろ」
佐久間がキースと田端の戦闘を止めた。キースは再び離れの屋根に飛びのり、リクは田端の前に進み出た。キースは川原からチャンスを受け取ると、チャンスをリクの方へ向ける。
「最初はゆっくり行くぞ!」
田端はリクに回し蹴りをくらわす。リクはそれを何とか避けると拳を繰り出した。
運動神経イマイチのリクに戦闘技術を教えるのに、田端の苦労が見て取れた。戦闘を中断しては、リクの体のあちこちの使い方を直す。
「そこはそうするのか。知らなかった」
田端は体の使い方が人一倍上手く、田端のリクへのアドバイスを川原はそう言って感心した様子で聞いていた。
「確かに、参考になるな」
キースもそう言って田端の説明を聞いている。田畑の説明を聞きつつ訓練をしていると、じきに昼になった。三十分程前にキースがチャンスを川原に預けて、昼食を作る為に先に母屋へ入っていた。リクは慣れない動作の練習で真冬だというのに汗だくだ。ペットボトルのスポーツドリンクを飲みながら母屋のドアを開けると、パスタを茹でている匂いが玄関まで漂ってきていた。
「桜井同様、キースも飯作るの上手いんだよな」
そう言って行儀悪く、田端はサラダボールの中のカットされた胡瓜を一つ指で摘まむと口へ放り込んだ。
「食べてないで料理の入った皿をテーブルへ運べ」
キースが田端に注意をする。川原はキースに言われなくてもさっさと食器をテーブルへ運んでいた。田端も口の中の胡瓜を噛みながら皿を運んでいく。リクもフォークやスプーンを並べた。テーブルの上には半端じゃない量の食事が並べられた。でもその食事を見てリクは思う。彼らは遠慮なんてしないだろうし、年末の鍋の時の食いっぷりから推し量るに、絶対にこれは完食できる。『いただきます』の声の後、あっという間に皿は全部空になった。
「よっし、午後も頑張ろーぜ」
午後再び暴れられるのが嬉しいのか、田端は服の袖を捲ってはりきって皿を洗う。リクは皿洗いを田端と川原に任せ、チャンスが午前中に撮ったビデオを再生して見た。所々で再生を止めたり同じ部分を繰り返して見たりしながら、佐久間の助言や注意が入る。リクは真剣にメモを取ったり体を動かしてみたりした。
午後になると田端はスピードや込める力を上げてきた。リクもそれに合わせて防御しようとするが、数発失敗。太ももと腕に当たった。それを離れの屋根から下りて来た川原がさっさと治療する。そしてまた訓練再開。いくら川原に直ぐに治してもらっても、当たった瞬間と治すまでの間は当然痛い。一族の子供達は皆こんな思いをして強くなっていくのだなと考えながら、リクは夏休みにこの程度の怪我で医者は呼ばないと言っていたスティーブを思い出した。田端にやられたリクの打撲も、そんなに酷い物ではない。ただの打撲だ。リクは川原のお蔭で治療してもらえるが、一族の子供は訓練でできたこの程度の怪我は自然治癒するまでそのままだろう。リクはエドの子供だから優遇されているのだと感じた。
田畑の一発が左上腕に入った。今度は避け損ねてしまった。痣から出たトーチの力が体中に広がっているとはいえ、防御に足りる力を、攻撃を受ける部位に十分に集結できていなければ、普通に痛いし怪我は免れない。離れの屋根から地面に降り立った川原を、リクは手で制した。
「後でまとめて治療してくれ。今はいい」
多少の怪我の痛みはできれば我慢して訓練を続けたかった。実際の戦闘の途中で、そうちょこまか怪我を直してもらえる筈は無いのだ。
「大丈夫か?」
田端が心配そうに聞いてくる。田端はリクより三センチ程背が高い。そしてリクより筋肉質で肩幅や胸板の厚みも比べ物にならない。リクの外見は田端より遥かに細かった。
「大丈夫。多少の痛みは我慢しないと」
リクはそう言って、痣になるであろう左上腕を押さえていた右手を離した。
「根性あるな。じゃあ、行くぞ」
午後三時。リクが離れの玄関前に腰掛けて休憩を取っていると、その横に田端が座った。
「なぁなぁ、さっきチャンスって自己紹介してたけど、あれって何?」
田端はキースが大事そうに抱えているチャンスを指差した。
「キースが作った人工知能だよ。物凄く賢いんだ。キースの仕事手伝ったり、俺の宿題を見てくれたり」
「へぇ」
田端はミネラルウォーターを飲みながら、興味深げにチャンスを見ている。あまりじろじろ見ているので、田端が何かしでかさないかリクは心配になった。
「キースが凄く大事にしてる。キースを怒らせるようなことすんなよ」
リクは田端に一応、釘を刺しておいた。
「すみませーん!」
どこからか女の子の声がした。
「呼びインターホン鳴らしても出ないけど、門が開いているので入って来ちゃいましたー! すみませーん! 誰か居ませんかー」
耳を澄ますと声は門の方から聞こえる。
「田端と川原が入って来た時、門を閉め忘れていたか。誰だろう」
佐久間が門の方へ向かって行った。
「お、もしかしてあの声は」
田端の顔が嬉しそうに変わる。川原を見ると頭を抱えていた。リクにも直ぐにわかった。この二人の反応から考えられる人物は一人しかいない。佐久間が門から連れてやって来たのはアリスだった。
「お兄様ずるい!」
アリスは川原に詰め寄る。
「私も連れて行ってくれる約束だったでしょう? 佐久間さんもアリスもどうぞって言ってくれていたじゃない。何でこっそり一人で行くの?」
川原は頭を抱えたまま答えない。しかしリクにはアリスの服装の方が気になった。どう考えてもおかしい。アリスが今着ているのは学校のジャージ。その格好で電車に乗りここまでやって来たということだ。
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