田端の指導
「気付いてないようだが、株分けされたトーチを持っていてそれを使って物を燃やせる君は、既に一族の中位以下の実力者では手を出せない状態になっている。痣を通したトーチの力の防御力は、トーチの燃やす攻撃に対してはあまり効かない。その為、無闇に君に触れると例え一族でも火傷する」
佐久間の家にやって来て例のごとく離れの前に連れて行かれると、リクはその話を聞かされた。
「上位者であっても君と遣り合うには、君の中のトーチに用心しながら攻撃しなければならない。それが結構、面倒臭い。君が未だに襲われずに済んでいる理由の一つは、それだろう」
佐久間の説明を聞いてもあまりピンとはこない。確かにトーチの威嚇を雨宮、田端、川原は恐れていたが、キースは然程でもなさそうだ。
「さて、じゃあ始めるか。まずはリク、俺を攻撃してみろ。本気で構わない。周囲に被害は出ない。全部俺が止めるからな」
そう言うと佐久間は不敵に笑う。佐久間がリク相手に本気で戦闘態勢に入っている訳ではないと思うが、佐久間はリクに格の違いを感じさせた。佐久間は恐ろしい。佐久間と戦うなど考えられない。でも今日は訓練の先生だ。
今まで横で話を聞いていたチャンスを抱いたキースが、離れの屋根の上に飛びのった。離れに背を向けたまま後上方へジャンプし、ふんわりと屋根に降り立ったキース。後ろに目が付いているのではと思う程、動きが滑らかで、着地が軽やか。絶対に離れの屋根に穴など開けないという自信が感じられた。
リクはまずは目一杯の力を込めて、佐久間に拳を放った。しかしそれは佐久間に簡単に片手で受け止められた。佐久間は微動だにしない。そのままの勢いで回し蹴りを入れたが、それも開いている方の手で軽々と受け止められた。
「一旦中止だ、リク」
佐久間はそう言うと受け止めたリクの手足を押し返した。片足立ちのリクはバランスを崩して転びそうになりながらも何とか持ち堪えた。
「やはり一度、上手い奴の動きを見た方がいいな。もうそろそろ来ると思うんだが」
佐久間は母屋の陰から顔を出し、門の方を見始めた。離れの屋根の上のキースも門の方を見ている。リクも門が見える場所へと移動した。するとタイミングを合わせたかのように門が開いて、二人の人間が入って来た。遠目からだがリクはその二人が誰だか直ぐにわかった。田端と川原だ。二人共、庭の中をキョロキョロ見回しながら離れの方へ歩いて来た。
「あ、居た居た、桜井だ」
そう声を掛けてから走って近付いて来た田端はいつもと同じだが、川原は正月のリクを思い出しているのか、目を逸らし少しビビっている。
「おはようございます。一カ月前に来た時には夜だったから、真っ暗で気付かなかった。こんな家だったんだ」
川原は母屋と離れを交互に見てそう言った。
「おはようございます!」
田端は礼儀正しく大きな声で、佐久間に挨拶をした。
「おはよう。来てくれてありがとう。田端は早速リクに見本を見せてやってくれ」
正月に佐久間がフォレスター家の血筋の三人の子供達に、訓練を手伝ってもらうと言っていたのをリクは思い出した。今日は田端と川原が来てくれた。
「相手は……」
「俺は嫌です。キースに頼んでください」
川原が佐久間の次の言葉を遮った。
「俺は怪我人が出たら手当てをする為にここに呼ばれているんです。田端の相手なんて絶っ対、嫌です」
川原は首を振っている。キースが離れの屋根の上から地面にひらりと下りて来た。腕の中のチャンスを川原に渡す。
「万が一チャンスに何かあるとまずい。どこか高い所に居てくれ」
「リク様が見える場所にしてください」
チャンスの言葉に川原が、ぎょっとした顔で受け取ったチャンスを見ている。
「こいつこの間のロボット」
川原は正月にチャンスに一度だけ会っている。でもその時、川原は具合が悪くなり寝込んでしまった。笹本のようにチャンスに紹介されていない。
「チャンスといいます。リク様の友達、川原と田端ですね。よろしく」
川原は信じられない物を見るかのようにチャンスを見ながら、簡単に離れの屋根に飛びのった。川原もキース同様、ジャンプも降り立つのも上手い。きっとエドやキース同様川原も、ヘマして屋根を壊すなど全く思っていないのだろうと、リクは彼らの自信が羨ましかった。
「じゃあ二人で一族の一般的な戦闘をしてくれ。周りに被害が出ないように俺が止められるから、二人共周囲を気にせずそこそこ暴れていいぞ。でもまずはスピードを落としてやって、リクに見本を見せてやってく」
「じゃあ遠慮なく!」
佐久間が言い終わらぬうちに、田端は嬉しそうにキースに殴り掛かった。キースも簡単には殴らせない。ギリギリで避ける。
「だから俺は田端とやりたくなかったんだよ!」
離れの屋根の上の川原が、嫌そうな顔で見下ろしながら怒鳴った。リクは二人の攻防を、驚いて母屋の方向から見ていた。とにかく凄い。間髪を入れず拳と蹴りを繰り出す田端。それを避けたり、手や腕で止めたりするキース。田畑の動きも腕や足に回すトーチの力加減も実に上手い。防戦一方だったキースも田端に攻撃し始めた。それを避けたり受け止めたりする田端。そしてその合間に攻撃を仕掛ける。
「あんなのの相手したくない! だからキースに押し付けた!」
リクは川原の話をよく聞こうと離れの下に移動した。
「田端は小さい頃から腕力を使った喧嘩が大好き。あまりに乱暴者なんで、ジョージおじさんが空手道場に通わせて礼儀を覚えさせた。今だって表向きは大人しくしているけど本質は変わらない。佐久間さんも、そこそこ暴れていいって言うなんてとんでもないよ。きっと大暴れする。田端に対して暴れていいなんて、火に油を注ぐようなもんだ」
川原は高みの見物だ。
「しかし上手いな、田端は。これから段々スピードが速くなってくるぞ。動体視力を上げないと追えなくなるから、目でトーチの力を使って二人の動きを追うようにしろ。慣れてきたら更に次の攻撃を予測するんだ」
「やってみる」
リクは川原のアドバイス通りに動体視力を上げようと、トーチの力を目に集めた。二人の攻防は早さと共に威力も上がっていく。最早二人の攻撃は、一般人に当たったら確実に死ぬだろう威力だ。空気を震わす振動が起こり始め、繰り出される攻撃から出る衝撃波の向かう方向に離れや母屋があると、佐久間が素早く回り込んで手の平でそれを、吸い込むように受け止めていた。確かに川原の言う通り普段通りに目で見ていたら、二人の動きは全く追えない。それ位、速い。この動きを目で追いながら攻撃を繰り出している二人を、リクは感心して眺めていた。しかし自分もあんな風に動けるのだろうかと疑問に思う。二人はどう見ても元の運動神経がいい。
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