一月三日
一週間ぶりにマンションへ戻ったリクは、冷蔵庫の中身を見て溜息を吐いた。一月七日頃に消費期限の切れた食品や、三日の夜や四日の朝に食べようと思っていた、おかずがそのまま皿に入って残されていた。今日は十日。流石にもう食べられない。食べ物を粗末にしてしまったとリクは項垂れた。
リクとしては全く何ともないのだが夜ポールが診察に来るまで寝ているようにキースに言われ、自分の部屋に布団を敷いた。布団に横になると枕元にチャンスが置かれた。キースはエドがアメリカに到着して連絡がくるまで、仕事は休みだという。食卓にパソコンを置いて自分のやりたい仕事をするつもりらしい。
リクの部屋のドアは開けられていて、リクの布団からは食卓のキースがよく見える。横になっていても病気な訳ではなく暇なだけのリクは、キーボードを叩くキースを見ていて、キースは仕事が休みの日は何をして過ごしているのだろうかとふと興味が湧いた。趣味とかあるのだろうか。アメリカでは本を読んだり――捲っていただけだが――チェスをしたり。でもそれらはキースの趣味には見えない。キースに聞いたら趣味はチャンスの面倒をみることと言いそうだ。今日もこの空いた時間でチャンスの為に研究や調べ物をしている気がする。
リクは眠くなってきたのでドアを閉めた。キースにトーチの威嚇を向けさせたくなかった。
夜八時、夕食を食べ終わり片付けも終わった頃にポールは現れた。リクは食卓の椅子に腰掛けていて、ポールはその横に立ったまま頭に手を置いた。直ぐにポールの眉間に皺が寄る。
「昨日今日、言われた通りにちゃんと寝てた?」
「え?」
ポールの声が硬い。リクとしては体調はいい。何がポールを不快にさせたのかわからなかった。
「えーと」
リクは昨日今日を思い出す。確かに昨日は食事やトイレや風呂以外はベッドで寝ていた。今日は朝から普段着に着替えて、朝食はキースが作ってくれたのでリクは片付けをした。その後、今日はもう家に戻るので鞄に自分の荷物を纏めて、帰国するエドを門の前で見送った。それから昼食だけ佐久間邸で御馳走になって、午後二時頃、佐久間邸を出た。佐久間邸から駅まで歩いて、電車でマンションの最寄り駅まで戻って来た。一週間留守にしていたから食材がないだろうと、駅前スーパーで買い物をしてからマンションに戻った。そしてその後は寝ていた訳だが。という説明をすると、ポールはもっと不快そうな顔になった。
「今日は動き過ぎ。昨日今日は寝ているように言っただろう」
「でも体調はいいです」
「それは君がそう思っているだけ。佐久間先生やエドやキースや、他のメンバーは止めなかった?」
リクは思い返す。まず朝食の片付けはしなくていいと言われたのにやっていた。昼食後も休んでから帰ったらと言われたのを休まずに、昼食の片付けまでして佐久間の家を出た。佐久間がタクシーを呼んだ方がいいと言ってくれたのを断って電車で帰った。駅でも荷物が多いから一旦家に帰って荷物を置いてから出直そうとキースに提案されたのに、そのままスーパーに寄って大量買いをし、かなり重い大荷物になったのを、配送を頼らず無理して家まで全部持って帰った。夕食の支度や片付けもキースから寝ていろと言われたのにちょこちょこ手伝った。
「皆からは休めと何度も言われたんですけど……大丈夫な気がして……」
リクは声がどんどん小さくなっていく。
「今日はもう動かないで。このまま動き続けるとそのうち倒れるよ。ルカもあの後、丸二日は寝かせておいた」
倒れると言われても実感が湧かない。夏場の体調不良の頃に比べれば、全然不調を感じないのだ。
「とにかく、俺がいいと言うまでは、もうなるたけ動かない。学校へ行けるのは当分先。チャンスも仕事はしないように」
「え? 明日から学校へ行けないんですか? チャンスも?」
「駄目。許可できない」
ポールは診断書を書き直すと言って、そのまま持って帰って行った。洗濯物も溜まっているし掃除もしなければならないのに。しかもキースはチャンスを仕事に使えない。昨日のエド達の様子だと急ぎの仕事もあるみたいなのに、また忙しいキースに迷惑を掛けてしまう。
「あー、何やっているんだろ、俺」
ポールが帰った後、直ぐに布団に潜り込むと、リクは自分の頭を両手で交互に軽く叩いた。
雲一つない空の下、痛い位冷え切った空気の中を、マスクをしたリクはエドに買ってもらったマフラーに顔を埋めて学校へ向かって歩いていた。マスクをしているのはインフルエンザと学校へ連絡してしまったので、それっぽく見せる為だ。実際は風邪の症状は無い。
『発作みたいなのが急にくるから、その時は座って深呼吸してやり過ごして。我慢すると倒れるよ』
ポールから昨晩そう注意を受けた。リクの体は一月十日の無理が祟って、何日経っても戻りが悪い。昨晩もポールが来て見てくれたが、ポールはリクが学校へ行くのを許可するのを渋った。もう一日は家で過ごした方がいいと言う。そこをなんとか頼み込んだ結果がこの注意だった。しかし相変わらずリクには実感がない。
教室に着くと既に笹本が座っていた。笹本はリクの姿を見ると駆け寄って飛び付いて来た。
「良かった、桜井! ほんとに元に戻ったんだな!」
おはようの挨拶もせず、いきなりの笹本の意味不明な言葉と態度に、クラスメート達は呆気にとられている。
「あんたのインフルエンザってそんなに酷かったの?」
丁度、教室に入って来た水野が、冷ややかな目でリクと笹本を見てそう言い通り過ぎた。
「桜井から連絡ももらってたし、川原経由でポールおじさんからの話も聞かされてたけどさ、実物の桜井見るまで心配だったんだ。ホッとした」
リクを廊下の人の少ない場所まで引っ張って行って、笹本は小声で言った。
「ごめんな、笹本、こんなことになっちゃって。でも笹本は大丈夫か? その……俺も、俺の身内も、あんなで」
「俺は大丈夫。これからもお前ら全員利用させてもらうぞ」
笹本はニヤニヤ笑っている。
「それよりさ」
急に笹本が真顔になった。
「一月三日のあの事件だ」
笹本は更に小さな声で話し始めた。リクも詳しく聞こうと笹本に顔を近付ける。
「やっと一月三日の日に学校に居た連中がわかったぜ。居たのはバスケ部だ。来年度のレギュラー候補の奴らが、新年早々もう練習に呼び出されていたらしい。でも今の所、一組の奴らについては校内で全く噂になってない。バスケ部の顧問も部員達も、見たことを誰にも言うなと校長から口止めされているのかな。まさかあの三人に気付かなかった筈ないよな」
あの日校門は開いていたし、体育館の入り口の電気が点いていた。やはり人が居たのだ。バスケ部員や顧問は何をどこまで見たのだろう。あの三人以外に人が居たのには気付いたのだろうか。
「俺達、見られたかな」
「わからない。ただ見たことを口外禁止にしているのだとしたら、それはあの三人の為だと思う。休み期間中に校内に忍び込んで問題を起こしていたとなったら停学にはなるだろう。それを防ぐ為じゃないかな。あの三人の親や祖父は大物だから」
「三人は学校には来てるのか?」
「来てるよ。ボス格の奴は手に包帯巻いてるけど。キースはどんな風に記憶操作したのかな。今のところ廊下ですれ違っても、俺も川原も絡まれてはいない」
予鈴が鳴った。もう教室に戻らねばならない。笹本と教室に入ると水野がリクの方を見た。リクは五日に水野に町中で偶然会ったことを、四人に伝えなければと考えていた。
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