妹の存在
リクは早く話したかったが仕方なく横になる。今さっき見た夢は過去に実際あったことではないかとリクは思っていた。でも何故あの女の子の顔が見えないのか。名前が聞こえないのか。そしてあの女の子は本当にキースの妹なのだろうか。でももしキースに妹がいるのなら、キースの為にもその妹の為にも二人を会わせてあげたい。
それにしても全く話に聞かないということは、エドも佐久間も、誰もキースの妹の存在を知らないようだ。どうしてなのだろう。
「あ、そうだ」
リクは一つしなければならないことがあったのを忘れていた。リクは今パジャマを着せられていた。先程まで着ていた服はハンガーに吊るされ、壁のフックに掛けられている。リクはベッドから起き上がり床に足を下ろすと、ゆっくりと服へと歩いて行った。倒れた所為か折角買ってもらったばかりのダウンジャケットはかなり泥土で汚れ、ジーンズは木屑に塗れている。リクはジーンズのポケットの中のスマホを手に取ると検索を始めた。目的の物は直ぐに見付かった。やはり思った通りだった。リクはシロツメクサの花冠の作り方を知らない。そこに紹介されていた花冠の作り方は、リクが夢の中で見たのと全く同じだった。リクはキースの子供時代の一シーンを夢で見たのだと確信した。リクは思う、キースにはきっと妹がいる。
夕食後、リクは三人掛けのソファに寝かされた。どうしても話したいと言ったら、じゃあ横になったままでと言われてこういう状況になっている。椅子やら一人掛けのソファやらをリクの周りに集めて、他の三人は座った。チャンスはローテーブルの上でリクの方を向いている。
リクは先程見た夢の内容を話した。年末にキースが話してくれたのは大まかな内容だった。全てを細かく話してくれた訳ではない。今回リクは女の子のワンピースの柄や、キースが女の子の手を持って花冠作った話や、女の子がブレスレットを作ると言いキースが帽子を取りに戻ろうと言った話や、とにかく思い出せる限りの細部まで話した。キースは全くその通りだと言って驚いていた。リクはキースがリクに話していないことまで言い当てていた。
エドと佐久間は考え込んでいる。
「俺達がキースを保護した時、そこには子供はキースしかいなかった。それはポールやニック、ジョージも見ている。家の中にも子供部屋はキースの使う男の子の部屋だけだった。女の子がいた形跡は全くなかった」
まずエドが口を開いた。
「当時キースとキースの両親を探したのは俺だ。俺はキースの両親の足跡を追い掛けたのだが、娘がいたという情報は耳に入ってこなかった」
次に語ったのは佐久間だ。
「ただ当時のキースにはかなり強力で緻密な暗示が何重にも掛けられていて、俺やポール、ニック、ジョージが総動員で掛かっても、それを解くのにかなりの苦労をした。キースの五歳以前の記憶が曖昧なのもその影響だ」
エドが話を続けた。
「え? キースは五歳以前の記憶が曖昧なの?」
「俺が五歳以前ではっきり覚えていることは、頭がいいからと毎日勉強させられていた勉強内容位だ。両親と過ごしていたであろう日常生活の光景は、曇りガラスの向こうの世界を覗いているみたいで、はっきりしない」
リクはキースの幼い頃の話を初めて聞いた。キースは人生の始まりから厳しい環境に置かれていたのだ。
「リクとキースの夢から判断するに、キースは子供時代に妹と認識する女の子が側にいたということだな。そして今その子がどうしているのかはわからない。当時からしてその子については何の記録や手掛かりもないが、できるだけ調べてはみよう。ただ――見付かる望みは薄いだろう」
佐久間は調べると約束はしてくれた。
翌日もリクはベッドの上でのんびりと過ごしていた。本当なら今日から学校へ行く筈だったのだ。笹本に直接謝って、川原にも直接謝って、新年早々やらなければならないことがあった。明後日以降に持ち越しだ。もしかしたら登校したら直ぐに水野が話し掛けてくるかもしれない。たった二週間の間に色々あり過ぎた年末年始だった。壁に掛けられたハンガーを見ると、昨日汚したジーンズとダウンジャケットはない。キースが洗ってくれると言って今朝、持って行った。リクの雑用までやってくれるキースには感謝してもしきれない。結構汚れてしまっていたから、手洗い可のダウンジャケットで助かった。窓の外は雲一つないいい天気。きっと服もよく乾くだろう。
エドは明日帰国するが、急ぎの仕事と言って佐久間、キース、チャンスと共に佐久間の書斎に籠っていた。本当は、今日リクは学校へ行き、キースとチャンスだけここへ仕事に来る予定だったのだが、結局エドの帰国までリクはここで寝ていることになった。
四人は総出で何かをしている。大変そうだなと思ったが、先程昼食の時に見た四人は疲れている様子もなくむしろ楽しそうだった。特にチャンスは二つのトーチの力を安定して使えるのが嬉しいだけではなく、『こんなに面白い仕事は初めて』と人間の昼食時でも興奮気味だった。
リクは嫌な予感がしていた。佐久間に裏の性格があるかを考えたことはないが、エド、キース、チャンスが揃いも揃って楽しそうというのは要注意である。常識外か違法か、何かするつもりの可能性が高い。でも四人の仕事なんてリクにはわからないし、聞いても理解できないだろう。わかるように説明してくれとしつこく聞くのも憚られた。四人が碌でもないことをしようとしていると確信がないのに邪魔をして、本当に大事な仕事を遅らせてしまうかもしれないからだ。とんでもないことを考えていないようにとリクは祈るしかなかった。
翌朝、佐久間邸の門の前で、エドは名残惜しそうに何十秒もリクを抱き締めていた。
「春休みに会いたいな」
「春休みは二週間しかないから無理かもしれない。でも夏休みは長いから会いに行くよ」
「そうか。その前にまた俺が日本へ来るかな。暫く無理をするなよ。一週間はゆっくり過ごすんだ」
エドが乗り込むとタクシーは発車した。エドは後ろを向いて、タクシーが角を曲がるまでリヤウインドー越しにリクを見ていた。リクもタクシーが見えなくなるまで手を振り続けた。
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