キースを除いて
「火事は起こさなかったようだな、エド」
昼になり母屋へ戻ると、エドはチャンスとチェスをしている佐久間にそう声を掛けられた。家の裏で何をしていたのか佐久間には、バレバレである。
「まぁ、そこまではリックに教えたということです。後をお願いします」
あの後リクは何度も水を撒きながら練習をし、物を燃やしたくて仕様がないトーチを何とか宥めてやっと力加減を覚えた。とにかくトーチは激しい性格である。プライドも高い。リクの中に居たあいつなら遠慮なく、トーチを満足させてやれるだけ暴れ捲るのだろうけれど、何故かトーチはあいつではなくリクを選んだ。お互い攻撃的過ぎて、あいつとは性格的に合わないと考えたのだろうか。最初は気が合っても意見が割れたらどちらも譲らず、そのうち衝突しそうではある。トーチはリクの何を気に入ってくれているのかリクにはわからないし、トーチの選択が不思議であった。
「そうだ、お父さんに相談したかったんだ」
先程トーチのことを考えていた為か、リクは昼食後エドに尋ねたいことを思い出した。
「何だ?」
「メールでも連絡したけど、俺が寝るとトーチが周囲を威嚇するみたいなんだ。雨宮や田端や川原に悪いし、一緒の部屋に居るキースに一番悪いと思って。何とかならないのかな」
「そういえばそんな連絡が年末に来たな」
「ここではキースを脅さないのだがな。そんなに酷いのか?」
チャンスを膝に乗せてチェスを手伝っているキースに、佐久間が尋ねた。
「はい。先日川原は、起きているリクにさえ怯えていました。今トーチが大人しいのは、俺の考えではここには佐久間先生やエド先生や、トーチを安心させる実力者がリクの味方としているからではないかと思います」
「キース、雨宮、田端、川原この四人だけでも味方として認識してもらわないと。夏にも一度やったのですが、また大元のトーチに直接引き合わせてみますか」
エドの提案に佐久間も頷く。
「折角エドがここに居るんだ。やってみよう」
リクとエドは三人掛けソファに座ると、お互い体を向け合った。チェスを中断して佐久間とキースとチャンスが二人を見守る。
「額から胸に移動したんだよな」
エドはそう言うと右手をリクの心臓の真上辺りに置いた。エドは目を瞑ると息を吐いた。そのまま大元のトーチを使ってリクのトーチと何か遣り取りをしているようだ。他のメンバーはエドが何か言ってくれるのをじっと待っていた。
しかしエドとトーチ達は何を遣り取りしているのか、十五分以上経ってもエドは動かない。
「困ったな」
やっと目を開けてリクから手を離したエドの第一声はそれであった。それから佐久間の顔を見る。
「納得してはくれたみたいですが……ただ一人、キースを除いてだけは」
「え?」
リクは思わずそう声に出した。何故キースだけ駄目なのか理由がわからない。
「俺も自分の持つトーチとの意思疎通が百パーセントできる訳ではないから理由まではわからないんだけど……。雨宮、田端、川原。この三人は脅さない。後、ポールとかスティーブとか、リクを治療したり守ったりする一族達にも威嚇はしない。ただキースだけは駄目だと。本当はリックが起きている時や俺達が居る時も脅したいみたいだ」
「何で? だってキースだってあれだけ俺を助けてくれているのに! そんなのおかしい!」
「これに関しては大元のトーチまで、株分けされたトーチに同意しているという状況だ。大元のトーチまであっちの味方では俺もお手上げだ」
リクはトーチの考えに納得いかない。リクは自分の胸の中に居るトーチに何度も何故と問い掛ける。
「俺がリクの首を絞めたからでしょう」
キースが静かな声で言った。確かにそんなことはあったが、それは随分と前の話だ。
「だってあれは事故だし。六月のことだし。それに十一月まではトーチはキースに対して何もしなかったのに、今更、急に何で」
「トーチもリクの体の中での生活に慣れてきたし、成長もしている。以前とは違い自らの意思を主張し始めたのかもしれない」
それが佐久間の分析だった。
あの行為がトーチにとっては今でもそんなに許せないのか。リクはキースの日頃の働きでチャラにしてくれてもいいのにと思う。何となくキースを直視できなくて、キースと同じ空間に居辛くて、リクは母屋を出ると離れへ向かった。
離れの周辺の地面は午前中に撒いた水がそのままでびしょ濡れだった。この季節は湿度は低くても気温も低いので乾き難い。
「はぁ」
小さく息を吐いて、風見鶏を手で回した。
「お父さんだって、もうあんなことは起きないって言っていたじゃないか」
リクはそう胸の中のトーチに訴えかけた。当然だがトーチから返事はない。
「だからキースにだって」
トーチからの反応は一切ないのだから、結局これはリクの独り言でしかない。言っていて虚しくなってきた。
「リク」
キースのリクを呼ぶ声がして足音が近付いて来た。リクは手を止めてそちらに振り向く。
「キース、ごめん」
リクは現れたキースに謝った。他に何もできない。悔しいがリクはトーチに言うことを聞かせられない。
「気にするな。悪いのはお前じゃない。慣れたと言っただろう。俺は大丈夫だ」
「これからは夜中にチャンスを俺の部屋に置きに来てくれなくていいよ。慣れたって言ったって気分いいもんじゃないだろう? チャンスには話して何とかわかってもらうから」
「チャンスは夜お前の傍に居たいんだ。置きに行く位、何てことはない。俺の元で一晩中、心配する方が可哀想だ」
「それはそうだけど」
キースはチャンスが最優先だ。チャンスの為なら何でもしそうな程だ。年末はチャンスの為に二夜連続で徹夜していた。何でそんなにチャンスに入れ込むのかといえば、キースにはチャンスしかいないからだ。キースは自分の将来を考えていない。それはチャンスだけではない。一昨日の水野親子に対する態度だってそうだ。
「キースはどうして、何で……」
リクはそこまで言って口を噤んだ。キースはリクがそのことを知っているとは思っていない、エドはキースに内緒でこっそり教えてくれた、とリクは考えていた。
「何でもない」
リクはそう言うと薪の束の積んである場所まで行き、薪を一本拾った。薪は一瞬で炭になりリクの手の平から地面にバラバラと落ちていった。今、トーチはこんなにリクの思い通りに物を燃やしてくれる。その時だけは物凄く協力的だ。でも後は全く勝手だ。
「リク?」
中途半端に途切れた言葉の続きが、キースは気になるだろう。
「帰りに駅前スーパーで食材を買ってから帰ろう。年末から何も買ってないから冷蔵庫の中、空っぽだろう?」
キースは聞きたいだろうが、リクは別の話をした。この場から立ち去ろうとキースの方へ歩き出す。キースを見ていられなくて外へ出て来たのだ。しかしキースの脇を通り過ぎようとした時。
「チャンスが読む本を借りて帰るよ。本探しをしてくる」
キースの方がリクに背を向けて母屋の方向へ立ち去った。リクは残り、その後ろ姿を見送ることになった。
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