エドとの訓練2
エドは薪を一本拾うとリクに渡した。
「それを俺に向かって振り下ろせ。遠慮はするな、思いっきりやっても大丈夫だ」
先程からのエドの様子を見ている限りでは、そう簡単にリクがエドに怪我をさせることはできないだろう。あまり気持ちのいい行動ではないが、見せてもらう為にはやるしかない。リクは薪の端を持つと逆の先端をエドの肩に向かって振り下ろした。エドは薪を素早く手の平で止めた。エドはビクともしない。そして薪とエドの手の平との間に何か力が働いていて、薪をリクに向かって押し返している。
「一旦終了だ。次はリックの番だ」
リクは薪を地面に置いた。
「俺がリックを薪で殴ってヒットするとまずいから、まずはゆっくり動く拳を止めてみろ」
エドは拳をゆっくりリクに向かって動かす。リクはその拳を右手の平で受け止めた。
「トーチの力を手の平の外へ押し出すようにするんだ。力で俺の拳を押し返せ」
エドはリクの方へ向かって、拳に力を込める。リクはその拳を押し戻そうと痣から手の平に力を押し出した。エドはどんどんと力を強めていく。リクも体内のトーチが勝手に動こうとしている時の力を思い出し、エドの拳を押し戻していった。
「よし、力の使い方はわかったようだな。じゃあ次は少し勢いのあるパンチを向けるぞ。上手く止めろ」
エドはそう言うといきなりリクの顔に、真っ直ぐにパンチを入れようとした。
「え?」
驚いたリクはエドの拳を右手の平で受け止めて、思いっきり押し返した。エドの体はその押し返された勢いのまま後ろへ吹っ飛んだ。
「お父さん!」
しかしエドは余裕で体勢を立て直し地面に着地した。
「パンチはもしリクが止められなければ俺が寸止めしようと思っていたんだが、ちゃんと防御できたな。リックの防御が予想以上の力だったんで、俺の方が飛ばされた。防御力は今のように相手よりも遥かに強ければ、相手を跳ね飛ばし攻撃にもなる。練習を積めばもっと力のコントロールが上手くなって、相手の攻撃を止める力加減が身に付くだろう。そうなればもう不良に殴られても怪我はしないし、相手に怪我もさせない」
あれから四日たつ。リクは一組の奴らに痛めつけられた日を思い出した。あれが切っ掛けであいつが出て来たのだ。エドはリクが戻らなかったらと物凄く心配していた。この防御力だけはしっかり身に付けたくなった。リクはエドの拳を受け止める訓練を繰り返した。
「次は運動能力。ジャンプする時は足の筋肉に、トーチの力を纏わせるという感じかな。着地は両足全体にトーチの力を広げるようにして足をつく。どちらも自分の体重が軽くなるイメージをトーチの力に伝えて」
エドは離れの屋根の上に飛びのった。エドはあれだけ大柄なのに、地面から飛び上がっても屋根に飛びのっても全く音がしない。そこから地面に飛び降りたが、地面に足を付けた瞬間も軽やかに着地した。学校の木にリクを抱えて飛びのった時のキースを思い出した。木から飛び降りたキースの着地も、音も衝撃もなかった。
リクは言われたように足に力を集めて、離れの屋根に向かって跳び上がった。
「うわっ!」
見事に失敗。重力に逆らった高速での体の動きに、運動神経の方が付いていけなかった。離れの屋根より遥か上空まで飛び上がった体は空中でバランスを崩し、リクは背中から離れの屋根に向かって落ちていく。リクは屋根に叩き付けられると覚悟した。しかしその体を誰かが空中で受け止めてくれた。その誰かはリクを抱えたまま離れの側の地面に着地する。
「お父さん」
リクを助けたのはエドだった。
「力の使い方は間違ってはいない。後はやはり慣れだな。何度も練習して空中での感覚を体に覚えさせるしかない」
リクは何度かやってみたが力が足りないと屋根には届かないし、上手く飛び上がれても空中でバランスを崩す。その度にエドに助けられた。
リクは自分の鈍さがつくづく嫌になった。運動神経がよくない所為でこの習得には苦労させられた。力を込めた身体を思い通りに動かすのに、かなりの時間が掛かった。昼近くになりやっとリクは離れの屋根に飛びのれた。屋根の上から地上のエドを見下ろして息を吐く。真冬だというのにうっすら汗を掻いたし、お腹も空いた。
「着地は上手かったな」
エドが褒めた。何故かリクは、着地は上手かった。ふんわりと下りなければ、という思いが強かったと思う。離れの屋根に下りた時、全く音を立てなかった。
「フォレスター家は飛び上がるのは上手いのに、着地が下手な者が多いんだ。大きな音はたてる、飛びのった場所や物を壊す。面倒臭がって、皆その辺は気を使いたがらないから。リックは逆だな」
「え?」
エドの言葉の中にとんでもない問題があるのにリクは気付いた。
「ねぇ、お父さん。もし俺が離れの屋根に着地するのを失敗したらって考えなかったの?」
「あ? ああ、屋根は壊れるかもな。最悪屋根が抜けて部屋の中に落ちるかもしれないが、先程教えたようにトーチの力で防御すれば問題ないだろう。万が一、失敗して怪我してもポールを呼べばいいし。屋根や室内は大工に頼んで修理すりゃ直る」
リクは右手で額を押さえると溜息を吐いた。
「お父さんは聞いてないの? この離れには佐久間さんの大切な物を保管してあるって聞いたよ。俺やキースも離れの中に入るなって言われてるし。それ壊しちゃったらどうすんだよ」
「え? そうなのか? 全く知らなかった。でも佐久間先生のそこまで大切な物って何だ?」
「こ……恋人との思い出の品って言ってた」
恋人という言葉を口にするのが何となく恥かしくて、リクは目を背けてぼそっと言った。エドはきっと佐久間の恋人を知っている。リクはそう予想していた。これでエドの顔色も少しは変わって焦るのではと思っていたが――。
「恋人との……思い出の品ぁ?」
間延びした声で言ったエドは、その後きょとんとしている。まさかエドが佐久間の恋人の存在を知らないなんて、リクはそんな筈はないと思う。なら思い出の品がエドには思い浮かばないのか、天を見て考え込んでいる。リクが屋根の上の猫のように四つん這いになって見下ろしていると、エドはやっと思い当たったのか「ああ、あれか」と言って少し笑顔になった。リクはエドが真顔になると思っていたので、エドの予想外の表情に内心戸惑った。
「そうか。離れの屋根にのる時は気を付けないとな」
それでもまだ離れの屋根にのるつもりかとリクは呆れたが、エドは何を考えているのか相変わらず笑顔でリクを見上げている。今まで然程気にも留めなかった佐久間の恋人という人物に、リクは今日、急に引っ掛かる何かを感じた。地面にできた離れの影を見ると、その屋根の影の上にリクの影がのっている。人間だったらここから飛び降りたら怪我をするだろうなと考えながら、リクは離れの屋根からフワリと飛び立つと、音もなく地面に着地した。
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