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Chance!  作者: 我堂 由果
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痣の向こうに

 昼食後、佐久間とチャンスはチェスを始めた。エドは三人掛けのソファで横になって寝ている。佐久間家の三人掛けソファは小振りなタイプの物で、背の高いエドは足が思い切りソファからはみ出していた。昼食に使った皿を一人で洗っていたリクはエドを見て思う。あれでは寝辛くないのだろうか。

 駅周辺なら床屋か美容院があるので、キースは髪を切りに駅へ出掛けた。

 昨日あれだけ大量に買ったパンはもう無い。昼までにほぼエドとキースで全部食べ終えた。キースが駅前のベーカリーでパンを買ってから戻って来てくれると言うが、このペースで食べていると毎日パンを買わねばならなそうだ。しかしキースがこんなにパンを食べるとはリクは知らなかった。毎日文句も言わずリクと御飯を食べるから、あまり気にしていなかった。それともリクのいない昼間に、結構パンを食べているのだろうか。以前チャンスは、キースはフランスパンを切ってよく食べていると教えてくれた。確かにマンションのキッチンカウンターにフランスパンが置かれているのはよく見掛けるが、その減り具合まではリクは気にしていなかった。リクはどちらかというと食パンが好きで、八枚切りの食パンを二枚、毎朝食べていた。キースもリクに合わせてくれているのか、朝食はリクと同じ食パン二枚だった。


 皿を布巾で拭いて食器棚にしまい終わると、エドと佐久間とチャンスのいる部屋へ戻って来た。それを待っていたかのようにエドが起き上がる。

「リック、片付けは終わったか?」

「うん」

 エドはリクに三人掛けソファの自分の隣に座るように促した。リクはそこに腰を下ろすと体をエドの方に向ける。

「それじゃあ、痣の向こうのトーチを教えよう。昨晩、痣とトーチを繋ぐ方法について佐久間先生から話を聞いたろう?」

「うん」

「今からそれをやってみる。右目に意識を集中しろ」

 エドは右手の平をリクの右目の上にのせた。リクは目を閉じて、痣のある場所に意識を集中する。

「何か感じないか?」

「目にゴミが入った時みたい」

 異物が目の中で動いている感触がした。風が強い日に目にゴミが入ってそれが気になる時のような。

「それが何かを引き込もうとしていないか?」

「何かを引き込む?」

「中心に向かってだ」

 更に意識を集中してみるが、リクには何も感じられなかった。

「わからない」

 リクは正直に答えて目を開ける。

「十六年間存在を知らなかった痣だ。そう簡単には繋がらないのかもしれない。もう少し強く送ってみたらどうだ?」

 佐久間がチェスの手を止めてエドに提案する。

「強過ぎると失神しますよ。今も結構強く送っています。今までにも何度か頼まれてやったことがありますが、この辺が限界です」

「でもこれでは何時間やっていても埒が明かない。一度試してみよう」

「あまりやりたくはないのですがね……」


 次の瞬間、リクは何かで頭を殴られたような衝撃を受けて目の前が真っ暗になり、そのままどこかへと体が落ちて行く感覚がした。下りエレベーターに乗っている時と似ている。体の落下がやっと止まると、そこはただ真っ暗な空間。両足の裏が床か地面に着いた感触がして、リクは自分が立っているのに気付いた。辺りを見回す。遥か先にぽつんと灯りが見える。ここはリクがよく知っている場所だ。夏によく見た夢の中の世界。とすると、あの灯りは多分エドが守っているトーチだ。リクはゆっくりと手足を動かしてみた。自分の意思で動かせるので、そのまま真っ直ぐ灯りに向かって歩いて行った。

 夢の中と違い、リクが歩く分だけトーチはどんどん近付いて来る。リクはトーチの一メートル手前で、足を止めた。真正面にトーチを見る。高さ五十センチ程のトーチは夢の中と同じように、ゆっくりと上下左右に炎を揺らめかせていた。

「いつもこうして傍に居たんだな」

 ずっと気付かなかった。株分けされたトーチの守護者になってからは何度も夢に現れてくれたのに、リクは悪夢としか思わなかった。こんなに傍に居たのだ。

「俺にも痣があるって、教えようとしてくれていた」

 リクはもう一歩近づいた。そしてトーチに手を伸ばす。指先で触れたトーチは熱くなかった。暖かかった。一昨日濡れたリクを温めてくれたあの暖かさだった。フォレスター家の者達は、いつもこの暖かさに守られているのだ。生まれた時からずっと。右目を意識してみるとほんのりと暖かかった。右目にあるこの暖かさは、体のあらゆる場所へじんわりと広がる。その暖かさが齎す感覚は以前にチャンスから教えられた、正にその物だった。

『飛躍的に能力が上がるのがわかるというか、本来はできないことを可能にしてしまえるというか。不思議な感覚です』

 リクが目を開けると直ぐに目に飛び込んで来たのは、心配そうなエドの顔であった。

「リク様」

 チャンスの声もする。視線をずらすとチャンスはローテーブルの上からリクを見ていた。リクはどうやらエドの膝枕で横になっていたようだった。

「リック」

 そう呼び掛けたエドと目が合った。

「チャンス、お父さん」

 リクは体を起こした。

「大丈夫か?」

 エドの問いかけに『大丈夫』と答えようとした時、リクは自分の体の異変に気付いた。

「え? あれ? トーチが居ない!」

 思わずそう叫んだ。額に株分けされたトーチが居ない。リクは何度も額の周辺を確認した。

「落ち着けリック」

 エドは落ち着いた声で言った。原因を知っているようだ。リクはエドの顔を見上げた。

「胸の中を探してみろ。心臓の傍に移動している筈だ」

 エドに言われた通り探してみると、トーチは心臓の傍、丁度胸骨の下辺りに留まっていた。

「あ、居た」

 取り敢えずリクはホッとした。しかし何故、胸に移動したのか。


「お前が寝ている間に佐久間先生と話したんだが、多分、株分けされたトーチはお前に痣の場所を教えたかったんじゃないかな。それで目から近い額に留まっていた」

 よく考えてみれば夏からずっとトーチの定位置は、正確には額の真中ではなく少し右側だった。今まで大雑把に額とだけ考えて、細かく気にしなかった。リクが先程トーチの力を感じたから、安心して心臓近くに移ったのだろう。

「お父さんのトーチは、夢で俺に痣があることを教えてくれようとしていたみたいだ。さっきトーチに出会ってそう感じた」

 リクはローテーブルの上のチャンスを見た。今はわかる。自分とチャンスは繋がっている。リクの痣は株分けされたトーチと大元のトーチからの力をリクに与えてくれた。そしてリクの痣を通してチャンスは今、株分けされたトーチと繋がり、大元のトーチとも痣を通して直接繋がることが可能となった。

「チャンスはもう充電の必要はなさそうだな」

 佐久間が水の入ったコップをキッチンから持って来ながらそう言うと、コップをリクに手渡した。

「今までは直接株分けされたトーチから力を受け取っていましたが、今はリク様の痣を通過してから受け取っていることがはっきりわかります。凄く安定した力を感じます」

 チャンスは嬉しそうだ。リクも嬉しかった。リクは水を一口飲んだ。思ったよりも喉が渇いていて、水が美味しかった。

読んでくださってありがとうございました。

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