トーチの選択
「お父さん? 何でここに?」
「二人で盛り上がっているところ悪いが、ちょっといいかな?」
エドはリクの体をあいつの少し下で止めた。
「何の用だ。どっちもお前の息子だろう。決着付けているんだ。邪魔をするな。親父の相手はその後でしてやる」
「全く、お前達は俺の今までの話をきちんと聞いてないだろう」
エドの話をきちんと聞いていないとはどういう意味なのか、リクは必死に考える。一方のあいつはエドの話を無視して、二度目の攻撃を仕掛けてきた。しかしそれをエドはリクを支えてない方の手で弾いた。向かってきた衝撃は、見えない彼方へ猛スピードで飛んで行く。
「そいつの代わりに親父が俺と戦うのか? 俺とそいつはいつまででもここに居られるが、親父には時間に限りがあるんじゃないのか? いつまでそいつを守ってやれるかな?」
あいつは顔をニヤリと笑顔にさせた。
「だからお前は、肝心なことを忘れているぞ。さっきも言っただろう。俺の今までの話をよく思い出せ」
今までの話と言われても、やはりリクにはエドの言わんとしていることがわからない。
「夏にトーチについて教えただろう」
「エド、見付けてきたぞ」
どこからともなく佐久間が現れた。佐久間は右手の平に何かほんのり光る物をのせている。よく目を凝らしてみると、佐久間が手の平にのせているのはトーチ。ここは水の中なのにトーチは燃えている。
「お前まで何しに来た」
あいつは佐久間を睨む。
「エドの代わりにリクの体内のトーチを探していた。今こいつが必要なんでね」
「佐久間先生、ありがとうございます」
「何故今トーチが必要なんだ?」
あいつは怪訝そうな顔を作ってトーチを見る。エドと佐久間は笑顔だ。
「だから夏に言っただろう。守護者はトーチが認めた者一人だけだと。お前達は同一の人間であっても、守護者という立場を巡って二人で争っているとトーチは見做したようだ。お前達がいかに自分の存在を主張しようが、選ぶのはトーチだ。そしてトーチに認められなかった方を、トーチは間違いなく攻撃する。自分のお気に入りを守る為に」
佐久間の手の平からトーチがふわりと離れて浮いた。まるで人魂のようにふわふわと浮いている。トーチはゆらゆらと揺れながら、水の中を移動して行った。そしてリクとあいつの顔の間の空間で止まる。リクもあいつもトーチがどういう行動に出るか、固唾を飲んで見守った。トーチはサイズをどんどん大きくしていく。手の平にのせられる程度のサイズだったのが、人間の頭位のサイズになり、更に大きくなりとうとう高さ一・五メートルくらいの火の塊となった。
次の瞬間、トーチが眩いばかりに光を発した。思わず顔を背け目を瞑る。水がトーチに向かって渦を作り始めた。その流れに逆らうように、リクの体がトーチと逆方向にガクンと引っ張られる。
「お父さん! 佐久間さん!」
ザァザァと水が流れていく音が聞こえる。やがて体を圧迫していた水は無くなったが、体温を奪う水の冷たさだけは、体に纏わり付いて残っていた。水は無くなり、トーチもどこかへ消えた。もう誰の気配も感じられない。リクは独りだ。何も無くなった空間の中、ただ寒い。身体を丸め震え続ける。その時、何故か自分の体が少しずつ暖かくなってきた。暖かい何かがリクを頭の天辺から爪先まで、しっかりと包み込む。びしょ濡れの体が乾いていくのがわかった。その暖かさに包まれながら、リクの意識は段々と遠退いていった。
「俺も初めて見るんだ。神様の姿でい過ぎた副作用なんて。体を温めてやったのはエドのトーチか? それは正しい対処だな。ちょっとリク君の目を覚まさせよう。悪態を吐く方が出てきたら、まぁ、お前はこの十六年間の非難を浴びてから、襲われて殴られるんだな」
寝足りないリクの耳に、ポールの声が聞こえた。
「あー、佐久間先生、その時はリクを素早く気絶させてください」
「断る、殴られろ」
今度はエドと佐久間の声。
「血色が戻ってきたな。リク君」
ポールに呼び掛けられて、リクはゆっくりと目を開けた。まず目に映ったのはリクの額に手を当てているポール。それからリクの顔を心配そうに覗き込むエド。目を開けたリクは、今居るのがどこなのか、今まで何をしていたのか頭の中がぼんやりして思い出せない。一人ずつ確認するように周囲の人々を見回す。
エド、ポール、佐久間、チャンス、キース。そして再びエドに視線を戻した。リクはエドに抱きかかえられて寝ているようだ。
「お父さん?」
「そうだ」
それからぼんやりと全員に視線を向ける。リクはやっと何があったのか思い出した。もう体の自由は戻っている。あいつも居ない。
「皆、ごめんなさい」
全員表情が緩み、ホッと息を吐いた。
「よかったな。どうやらいつものリク君だ」
ポールがそう言って、リクの額に当てていた手を退けた。
「謝らなくていい。悪いのは俺だと、夏にも言ったろう?」
エドはリクに掛けた毛布ごとぎゅっと抱き締める。
「良かった。万が一リックが戻らなかったら、どうしようと思った……」
エドも本当は不安だったのだ。
「リク君、今どんな気分だとか、どこが苦しいとか教えてもらってもいいかな? 実は俺も君の状態の患者を初めて見るんだ。詳しい情報が欲しい」
「今は……怠くて動きたくなくて、体が重いです。頭もぼんやりしています。喉は乾いているんで水は欲しいですけど、食欲は無くて食事は取れそうにありません。後、眠いです」
それから元の姿に戻った時の状態も聞かれたので説明した。ポールはメモを取っている。
「眠ければ眠っていいよ」
「はい」
リクはキースから五百ミリリットルのミネラルウォーターのペットボトルを受け取ると、何口か飲んだ。
「治療してみる。症状がかなり良くなる筈だ」
ポールは再びリクの額に手を置いた。リクはうとうととしている。
「どうだ?」
「ありがとうございます。食欲が少し出ました」
「じゃあ今晩は軽い食事を作ってもらうといい。次はエド、お前だな」
「え? 俺?」
「佐久間先生からメールがきた。無茶したらしいな」
「お父さん?」
閉じ掛かっていたリクの目が開いた。そしてエドを見上げる。
「大したことはない。ポールに見てもらえば直ぐに良くなる」
エドはリクに笑顔でそう言った。ポールはエドの頭に手を置いた。直ぐに険しい顔付きになる。
「ボロボロ状態だな」
「仕方ないだろう。息子の為ならお前も同じ行動をするだろう?」
「それを言われると弱い。しかしこれは酷使し過ぎだ」
「一晩寝りゃ治る」
「頭痛は治療するけど、楽になったからって無理をするなよ。数日息子とのんびり過ごせ」
「わかった。ありがとう」
リクは寝ている訳にはいかないと無理に目を開けた。エドに何があったのかエドが何をしてくれたのか本当に大丈夫なのか、どうしても知りたい。
「何があったの? お父さん」
リクは毛布を外すと、ゆっくりと体を起こした。
「昨日今日の二人のリク君の体の中での争いに、トーチが腹を立てたんだ。トーチは君の方を気に入っているから、後から現れた人格を吸収してしまおうと猛攻撃を仕掛けた。後から現れた方は自分だけ消されたくはないから、リク君を道連れにしようとリク君もトーチの中に引っ張り込もうとした。君の頭の中に入り込んでいたエドと佐久間先生は、それを止めようと君を捕まえて自分達の方へ引っ張っていたんだ。二人の連携で君は助かったんだけど、君の安全が確認できた時エドが力を使い果たし、君の頭の外に出られなくなっていた」
「俺のミスだよ。自分のトーチも連れて行っていたら、もっと力が出せたんだ」
「それを言ったら俺もだ。エドが力を使い果たす前に外に出すべきだったと悔やんでいるんだ」
「それで佐久間先生がエドを無理矢理、リク君の頭の中から引っ張り出したんだ。それがエドには結構なダメージで、エドは暫く酷い頭痛に悩まされることになった。ただそれだけではなく、その後エドは寒がる君を温めようとトーチの力を使ったんで、今、体がボロボロ状態なんだ」
そういえば水が引いた後も、体がびしょ濡れのような気がして寒かった。でも直ぐに体は乾いて、リクは暖かい何かに包まれた感触がした。全部エドが与えてくれたエドのトーチの力だった。リクは体が凄く楽になったけれどエドの体は弱ってしまった。
「ありがとう、お父さん」
エドはリクの額にキスをした。
「当たり前だ」
エドに抱き締められたリクは、そのまま眠ってしまった。
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