神の姿
「背が伸びたか?」
夏休みも会って直ぐそう言われた気がした。今日は目線の高低差が夏休みの時より近い。
「リック?」
リクは、ざまあみろ、とこいつに言ってやった。こいつはリクの体は支配できても、リクの感情は支配できない。こいつの怒りの感情よりも、リクの悲しみの感情の方が勝ったようだ。リクの両目から一筋ずつ涙が零れた。リクに今できるこいつへの精一杯の抵抗はこれだけだ。こいつは怒り捲っている。泣くのを止めろと喚いている。
エドはリクに素早く近寄るとリクを抱き締めた。夏休みの時同様、苦しい位、思いっきり。こいつはエドを憎んでいる。トーチを奪いたがっている。こいつは危険だから、何を仕掛けるかわからないから、リクには近付かない方がいいのに。でも予想と違ってこいつは特に何もしない。
「泣くな。お前が悪いんじゃない。お前が心配することは何もない」
エドにそう言われて、リクはどこか安心した。エドは抱き締めていたリクを離すと、リクの淡黄色の右瞳を覗き込んだ。
「この茶色いのが痣か。よくポールは見付けたな。ちゃんと使い方を教えてやるから安心しろ」
その時、急にリクは目眩がした。天井が回っているみたいな。体は立っていられず、ふらついた。次にきたのが吐き気と全身の脱力感。体が重い。力が入らない。これは倒れる。床に叩き付けられると覚悟した衝撃はこなかった。
「リック!」
リクの体をエドがしっかりと受け止めていた。そのまま三人掛けのソファに寝かされる。
「ほぼ二十四時間か」
佐久間の落ち着いた声。
「そうですね。でも予想通りでしょう」
エドもこうなるとわかっていたようだ。全く慌てる素振りもない。リク頬に残る涙の痕をエドがハンカチでそっと拭いてくれた。
「リク様はいつものお姿に戻られましたが、大丈夫ですか?」
チャンスがローテーブルの上からリクを覗き込んでいる。リクはチャンスの言葉から、自分の外見がいつもの栗色の髪と濃茶色の瞳に戻ったのだろうと予想した。でも体の自由は戻らない。そして何より寒かった。部屋の中は暖房が効いているのに、あり得ない程、寒い。リクの中のこいつは自然と震えて体を丸めた。
「くっそ、寒い」
こいつがとうとう音をあげて、小声でそう訴えた。エドがトランクに引っ掛けていた自分のジャケットを取ると、リクに掛けてくれた。リクの震えはそれでも止まらない。
「顔から血の気が引いている。大丈夫なんですか?」
キースの心配そうな声がした。エドはリクの体を摩ってやっている。
「リク様」
チャンスが呼び掛ける。
「死んだりすることは無いから大丈夫だよ」
エドはそう言っているが、リクの今の状態は普通ではない。
「神の姿でいた時間が長過ぎたんだ。副作用だよ。リクを元の姿に戻すことなんて簡単にできた。それを放置していたのは一体何時間あの姿を保てるのかを調べたかったからだ。あんな可愛げのないリクを一晩監視していたのもその為だ」
と佐久間が言う。
神の姿。リクは夏休みにエドから聞いた話を思い出す。元は神様だったフォレスター家の人々。もう神だった頃の姿に戻れないとあの時に聞いた。だからトーチと痣が必要なのだと。でもあの姿は神の姿だと佐久間は言う。リクは神だった頃の姿に戻っていたのだろうか。しかしリクはそれ以上は考えられなかった。何より今は寒い。寒さを我慢するので目一杯だ。
「さて、リックの中では何が起こっているでしょうね。探ってみますか?」
「俺も付き合おう。キースはチャンスを連れて別の部屋で読書でもしているといい。ここに居て俺とエドに巻き込まれたくはないだろう?」
キースはチャンスを抱き上げた。
「リクはエド先生と佐久間先生が見てくれる。俺達が居ると邪魔になるかもしれないから、あっちで読書をしよう。チャンスが心配しているんで、終わったら教えてください」
キースはそれだけ言い残して、チャンスを抱いたまま部屋を出た。
佐久間かエドが眠らせたのか、自分で眠ってしまったのかはわからない。リクはいつの間にか意識を失っていた。そしてリクは今、水の中に居る。息は苦しくないけれど、その所為で寒くて仕様がない。見上げるときらきら光る水色の水面が見える。きっとそこから出れば寒くなくなるのだろう。でもリクの中のあいつがリクをその水面から見詰めている。あいつは水面にうつ伏せの大の字になって浮いていて、いくらもがいても水面に浮きあがれない水中のリクを、面白そうに眺めていた。
「やはりお前は弱いな。ここまで届かないとは。絶食して弱らすまでもなかった」
あいつはリクと同じ姿形をしていた。髪の色や目の色も同じ。ただあいつは時折、見せびらかすように体を緑に光らせて見せて、リクを威圧していた。
「この緑の光は神の力だ。髪と瞳の色を変えればもっと神に近付ける。お前にはできないだろう? こんな風に容易く神の力を使うことは。でも俺ならできる。だから俺とお前は交代だ。俺がフォレスター家の当主になり、あの一族全員を力で黙らせる。親父と一族達の反発が見物だ」
「フォレスター家の中の俺を狙う者達は、それで従ってくれるかもしれない。でもキースやチャンスや笹本や川原達、ポールさんやその他の俺の為に力を貸してくれている人達にも、同じように接するつもりなのか? お前のやり方では、そういう人達は離れて行くぞ」
「そんな連中お前が勝手に作ったんだろう? 俺は友人や仲間が欲しいとは言ってない。離れて行くなら行けばいい。但し、血縁者は逃がさない。捩じ伏せる。これからこちらが力を貸してやるんだから」
「貸してやるって……例え大元のトーチの守護者になったって、トーチはお前の物じゃないぞ。トーチが誰にどんな形で手を貸そうが、それはトーチの自由だ。俺やお前には関係ない。それに今持っている株分けされたトーチだって、ただこの体で預かっているだけだ」
「やっぱりお前とは理解し合えないようだ。お前はこの体に邪魔だ。今後ことあるごとに俺の行動の邪魔をするだろう。さっさと消すべきだな」
あいつの顔が憎々しげに歪んでリクを見た。
「消えろ」
全身に衝撃が走った。どう例えたらいいのだろう。体がぺしゃんこに潰されそうな水圧。とにかくあいつがリクを消そうとしていることだけはわかった。リクの体は沈んでいき、どんどんと水底に追い詰められていく。水面が遥か彼方遠くなっていった。水面に浮くあいつの姿も小さくなっていく。でも、誰かがリクの体が沈むのを止めた。リクの背中を大きな暖かい手の平が受け止めた。そして今度はリクの体を水面の方へ押し上げて行く。リクの背中を手で押すその人物を見ようと振り返ると、それはエドだった。
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