エドを待つ
翌朝目覚めると、リクはベッドに寝かされていた。
昨晩リクはキース達が帰ってしまうと、直ぐに眠ってしまった。あいつの方はいつまで起きていたのかは知らない。佐久間に奪われた体の自由は、今朝はもう取り戻していたが、リクの体は相変わらずこいつが支配していた。こいつはリクよりも先に既に目を覚ましていて、リクの目覚めを待っていた。そしてリクが目覚めたこのタイミングでベッドから起き上がった。
ベッドと逆の壁沿いにはアンティークの机と椅子。窓からは佐久間邸の庭が見える。リクが居るのは佐久間の家の中のどこかの部屋だ。部屋を出ると人の気配のする方向に進んだ。多分そちらに佐久間とチャンスが居る。思った通り、ソファに座った佐久間がチャンスと読書をしていた。
「おはよう、リク」
そう言われたが、こいつは何も言い返さない。相変わらず態度が悪い。昨日と同じソファに座ると、佐久間を睨んだ。
「朝御飯は?」
「いらない。それより外へ出たい」
「庭なら出てもいいよ。家の敷地の外は駄目だ」
「くそ爺。じゃあ水が欲しい」
佐久間はチャンスと本をソファの上に置くと、キッチンへ向かって消えて行った。程無くしてミネラルウォーターを一本持って戻って来た。それをリクの脇のテーブルに置く。こいつはそれを掴むと栓を開けて一口だけ飲んだ。そして再び栓をしてテーブルの上に戻す。その時インターホンが鳴った。佐久間が画面で確認するとキースだった。時刻はまだ午前九時。キースは二人分の荷物を運んで部屋に入って来た。
「おはようございます。昨晩はありがとうございました」
「おはよう、リクは大人しくしているよ。チャンスはチェスがどんどん上手くなるね」
「昨晩も遅くまで対戦してもらいました」
リクはチャンスが遊んでもらえてよかったと思ったが、リクの中のこいつは三人の会話をつまらないと思って聞いている。
「家から荷物を持って来た。お前のもある」
キースはリクの目の前に鞄を置いた。
「サンキュ」
お礼の言葉が棒読みだ。リクにはわかる。こいつはキースに感謝なんてしていない。当たり前だと思っている。キースがテーブルの上のミネラルウォーターをじっと見る。
「朝御飯は食べてないよ。水でいいってね」
佐久間がキースに教えた。
「外に出たがっているんだが庭までだと言ったら、不貞腐れてそこに座っている」
「何で外に出たいんだ?」
「そこの爺さんがウゼエ。ここは退屈だ。外で暴れたい。親父が来るまでには戻る」
「それよりもキースが着替えを持って来てくれたんだ。風呂にでも入ったらどうだ?」
昨日地面を転がされて汚れているし、食事をとっていない所為か体が寒い。佐久間のその提案には乗り気になったこいつは、のろのろと鞄のジッパーを開けると着替えを取り出した。佐久間は風呂を沸かしに部屋を出る。
「キース、ミスター・サクマって何者ですか?」
佐久間の姿が見えなくなると、チャンスがキースに尋ねた。
「何者って?」
「昨晩リク様を軽々と抱えて、寝室へ運んで行きました。細身とはいえ身長百七十七センチのリク様を、筋肉質でもない百七十センチのミスター・サクマが運んでいたのでびっくりしました」
「人間を抱き上げるコツってあるらしいが、リクは小柄な女性では無いからな」
やはり昨晩リクを運んだのは佐久間だった。ではあの優しい声も夢ではなく、実際の佐久間の声だったのだ。
「純粋な人間ではないのかも。不思議な力を持っていそうだ」
「フォレスターではない他族?」
「それが可能性としては一番高いんだが」
佐久間が戻って来た。後数分で風呂が沸くという。
「飛行機の遅延は無いみたいだ。エドは予定通り来るだろう」
スマホで国際線情報を見ながら、佐久間が教えてくれた。
風呂を終えるとリクは先程の部屋へ戻って来た。リクは風呂場でこいつが何かしでかさないか心配だったが、こいつは風呂に入るふりをして脱走とか考えていなかった。佐久間を警戒しているからだ。佐久間にはそれだけの得体の知れない怖さがあった。
リクは先程と同じソファに座ると、ペットボトルの水を飲んだ。そしてそのままそこで居眠りを始めた。リクだけではなく、こいつもどうやら眠いらしい。ソファの腕に体が倒れては起き上がるを、何度か繰り返した後、
「ベッドで寝る」
そう言って部屋を出た。昨晩泊った部屋に戻るとベッドに横になる。でも直ぐに目が覚めた。多分空腹の所為だ。リクはこいつに何か食べたらと問い掛けてみたが、無視された。そして先程の部屋に戻ろうと廊下に出た。そこでキースと佐久間の会話が聞こえてきた。
「一つ疑問なのですが、佐久間先生」
「何だ?」
「先程寝ているリクが居眠りしていた時トーチから威嚇されなかったのですが、何故でしょう? いつもリクが寝るとトーチは周囲を威嚇するのですが」
「そういえば昨晩もトーチは大人しかった」
そこまで話を聞いて、リクは二人の前に姿を見せた。
「御飯は食べるか?」
佐久間の質問にこいつは首を振った。しかしこれでは体に良くない。定位置のようにソファに座ると、窓から外を眺めていた。偶に、もう温くなっているペットボトルの水を口にする。こいつはエドを待っていた。エドの持つ大元のトーチを奪うつもりだ。
辺りが暗くなった頃、インターホンが鳴った。きっとエドだ。佐久間が門の鍵を開けた。直ぐにエドはここに来る。四カ月半ぶりの再会。楽しく過ごしたかった。
『楽しく? あいつはお前を十六年前に捨てたんだぞ。でもトーチの次期守護者にせざるを得なくて、今度はお前に頻繁に接触するようになった。あいつの頭の中は一族を守ることが全てだ。守護者がお前であろうがウィルであろうがどうでもいいことだ』
『お父さんは、俺が一族の面倒に巻き込まれないように、距離を置いていてくれたんだと思う。俺はそれを信じている。俺は学校へ行けていたし、衣食住のお金は送ってくれていた』
『必要最低限の金だろう? お前の弟のウィルは、アメリカで贅沢に暮らしていたんだぜ。富豪の孫としてな。片やお前は祖母さんと狭いアパート暮らしだった。私立高校へ入れられ家庭教師やらボディガードやらが付いたのは、お前が次期守護者だからだ。それなのに認知はしやしない。これじゃあ、あの家の遺産は全てウィルのもんだぞ。お前は一族を守るという面倒事だけ押し付けられたんだ。その守ってやっている一族から命を狙われるという嬉しいおまけ付きでな』
『命を狙われるのは怖いけど、お金はいらないよ。大学まで卒業できればいい。お前はお金が欲しいのか?』
『富豪の孫であることが認められれば、どれだけの物が手に入ると思っているんだ? 一生遊んで暮らせる額の金だぞ。その位貰わなきゃ、守護者なんて割に合わん』
リクがそんな会話をこいつとしていると、部屋の中にエドが入って来た。夏休みに会った時は苦しい程抱き締めてくれた。でもそんなことこいつは嫌がるだろう。リクの前に立つエド。こいつもソファから立ち上がると、エドを見上げた。
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