忘却か仲間か
「五十パーセント血の入っているリク君に、痣がないのはおかしいと思っていたんだ」
ポールはそう言うと、やっとフロアライトをリクの顔から遠ざけた。キースが何か聞きたそうな顔でリクを見ている。
「リクの体に一族の痣を見付けたんだ」
「え?」
佐久間の言葉に、キースは驚いた顔でリクに近付いて来た。
「右目の瞳の中だ」
キースは興味深げにリクの目を覗き込んでいる。
「この黒っぽい点ですか?」
キースが更に顔を近づけて言った。夜なのとフロアライトが消されたので、そんな風にしか見えないのだろう。でも間違いなくあの痣だ。
「日頃は瞳の色がダークブラウンだから、全く気付けなかったんだろう。今回黄色になって、目立ってくれたお蔭で気付けた。エドにはまだ連絡はつくでしょうか」
「メールを入れてみよう」
ポールに言われ佐久間は携帯を取り出した。メールを打っている。一族の痣。リクはずっと欲しかった。何故自分だけないのだろうと落ち込んだ時もあった。この使い方を覚えれば、チャンスも充電しなくていい。でも肝心の使い方がさっぱりわからないし、リクは痣に何も感じない。
笹本が川原の休んでいる部屋から戻って来た。代わりに今度はリクの治療を終えたポールが川原の寝ている部屋に向かう。川原の状態が心配だから見てくるとポールは言っていた。
「エドは喜んでいるぞ」
エドから直ぐ返信がきたらしく、受けた佐久間がリクに教えてくれた。
「一族の親は、子供に痣があることを望むからな。ちょっと待っててくれ」
佐久間はスマホ画面を見ながら部屋を出ると、数分後ノートパソコンを持って戻って来た。
「もう暫くしたらエドは空港へ移動しなければならないらしい。あまり時間がないんだ。でも今どうしても話し合っておきたいことがあるようだ。笹本君、君と」
「俺?」
笹本は驚いた顔で自分を指差している。
「笹本君、急な話で悪いけどね、君には選んでもらわねばならない。今日を忘れるか、我々の仲間になるか」
笹本の表情が一瞬で強張った。
「今、選ばないといけないんですか?」
自分の置かれた立場を突き付けられた笹本の声は硬い。
「君をこの家から出すに当たって、どうしても必要だ。わかるだろう?」
佐久間の視線はリクを見る。それから、佐久間はリクの正面に椅子を持って来てそれに笹本を座らせ、笹本の膝の上にパソコンをのせた。笹本は画面を覗き込む。
「君が笹本君だね」
エドの声がした。リクからは見えないが最近よく使う通信手段の一つスカイプで、画面の向こうにはエドがいるのだと思った。
「はい」
神妙な面持ちで、笹本は返事をした。
「初めまして、私がリックの父親のエドワード=フォレスターだ」
「初めまして」
「君をこんなことに巻き込んでしまって、済まないと思っている。君が今一緒に居る佐久間さんは私の古くからの知り合いの日本人だ。ポールやキースとも知り合いだ。頼りになる人だ。安心していい。今日は色々あって驚いただろう。少しは落ち着いた?」
「はい」
「君はさっき見ただろう。火を使わずに自在に物を燃やすリック、人の記憶を都合よくすり替えるキース、怪我を治すポールやルカ。私の身内はこういうことのできる人間だらけだ。皆周囲にばれないように、特殊な力を隠して生活している。今回君はそれを見てしまった。その記憶をそのまま抱えて普通に生活するのは、はっきり言って結構きつい。誰かに話しても信じてもらえないだろうし、一生一人で抱えていなくてはならない。私としてはそこに居るキースに、君が見てしまった物の記憶を別の出来事にすり替えてもらうのが一番いいと思う。キースは私が知っている中でもトップクラスにその作業が上手い。どうかな?」
「いつ頃まで遡って、どんな風に替えるんですか?」
「君はリック達の大事な友達だから、今日リックの家に遊びに来た頃まで遡って綺麗に記憶を書き替えた方がいいと思う。不良に絡まれた時以外はキースも近くに居ただろうから、リックやルカとの今日一日の行動とも違和感なく書き替えできるだろう」
笹本は黙った。下を向いて、一生懸命何かを考えている。笹本はいい奴だ。笹本を利用して、こんな風に困らせて、リクは辛い。
「……です」
笹本は小声でポツリと何か言った。リクはよく聞き取れなかったが、何と言ったのだろう。
「嫌です。記憶を書き替えるのは」
今度ははっきりと言った。
「は~」
エドが深く息を吐くのがリクの耳に届いた。パソコンの画面が見えなくても溜息とわかった。
「何故?」
「本当の桜井や川原やキースと、友達になりたいから」
「フォレスター家の者と結婚し、秘密を共有して生活しなければならなくなった普通の人間が沢山いるが、程度の差はあるが皆そのことに苦しんでいる。中には暗示が必要な程追い詰められている者もいる。友人なだけの君には勧められない」
「俺は川原とは幼稚園に入る前から友達です。ずっと一緒に遊んできました。でも俺は川原のこと、全く知らなかった。桜井も四月からずっと友達なのに、やっぱり何も知らなかった。何も知らずに友達として付き合っていくなんて、何も知らなかった自分に戻るなんて今の俺は嫌です」
「お互いを十分理解し友情を育てたい君の気持もわかる。でも君はまだこれから何十年も人生があるんだ。十年後、二十年後を考えた方がいい。私の身内達と深いかかわりを持つのが、君の人生のプラスになるとは思えない」
笹本は首を振る。
「今日を忘れたくないんです。桜井はいい奴です。自分が残るから、関係ない俺を逃がしてやってくれと二度あの三人に交渉してくれました。それでキレたあいつ等に桜井が怪我させられて。俺それを絶対に忘れたくない」
「しかしね、笹本君、このまま記憶を替えないと、君はかなりの高確率で数十年後に後悔するよ。その時に今の時点に戻りたいと思ってももう戻れないし、数十年分の記憶を書き替えるなんてもうできない。無理にそんなことをすれば、記憶の混乱が起きる」
「友人が俺を助けてくれようとした大切な記憶を消すなんて、そんなことしたくない。これは俺の人生の、大切な記憶なんです。それは奪われたくない」
笹本は首を振り続ける。
「君の友情話はわかった。しかし君は利用されていたんだぞ?」
エドは呆れたような声で言った。
「利用?」
「君はルカや、翔や、智哉がリックに近付く為の出しに使われたんだ」
「雨宮、田端」
ファーストネームがファミリーネームに、笹本の頭の中で繋がった。そして雨宮・田端の正体も。
「三人にリックと友達になるように命令したのは私だ。三人は席の近い君を利用した。あの三人が君を利用しなければ、君はここでこんな思いをしなくて済んでいたんだ。そしてリックは三人が俺の差し金だと気付いた後も、君に三人との関係を隠していた」
笹本は黙ってしまった。リクは自分達は最低だと思う。一方的に利用されるなんて、きっと笹本は気分が悪いだろうと思うと、リクは笹本を直視したくなかった。でもリクの中のこいつは面白がって笹本を眺めている。
「それからキース、パソコンの画面越しでも感じるぞ。殺気を引っ込めろ」
「さっ、殺気?!」
裏返ったような声でそう言うと、笹本はキースの方へ振り返る。
「君の後ろでキースが殺気立っているぞ。君がこのまま納得しないなら、君の意思に関係なく、気絶させて記憶をすり替えようと」
「えっ!」
「君が友人として付き合おうと思っている面々は、そういう人間達だ」
キースは本気なのかわざとやっているのかリクには判別は付かないが、でもエドの言うことは正しい。
「記憶を今朝に戻して書き替えた方がいい。そうすれば今まで通りの友達でいられる」
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