瞳の中に
トーチはきっちりとピザと箱のみに一瞬だけ火を点けた。箱の下のローテーブルには被害は無い。ピザはもう食べられない状態だが、燃やすのが目的ではなく怒りを示し脅かす為に、こいつがしたことだった。
「黙れ! 親父の話をするな!」
こいつからエドが大嫌いだと伝わってきた。
「ほう、その姿だと目で見ただけで燃やせるか。でも食べ物を粗末にするな。仕方ない。ピザはもう一度注文し直そう」
佐久間は固定電話の子機を取ると電話を掛けた。
「リク君は治療の続きをしよう。座って」
リクを座らせようとポールはリクの肩に手を置いた。リクにはこいつが何をしようとしているかわかる。ポールに危険を知らせたいが、できない。腹を立てているこいつは、ポールの手の平を火傷させた。
「熱っ!」
ポールは声を上げて手を引っ込めた。
「気安く触んな」
酷い火傷ではない。赤くなっているだけだが手の平ほぼ全体だし、ヒリヒリするだろうと思うとリクはポールに申し訳なかった。川原がピザの炭箱を片付けるのを中断して、急いでポールの手の平の治療を始めた。ポールは親切にもリクの治療を続けてくれようとしていたのに。こいつの行動は酷い。
「態度が悪すぎるぞ、リク」
ピザの注文を終えた佐久間が、子機を充電器に戻してリクの元へやって来た。
「座れ!」
佐久間がリクの肩をソファに向かって押した。まだ治りきっていない体の怪我が痛い。
「痛っ」
リクは押された勢いのまま、先程まで座っていたソファに尻から座り込む形になった。しかしこの時、こいつは佐久間の手も狙っていた。ポール以上の酷い火傷にしてやろうと目論んでいたし、攻撃もした。しかし佐久間は顔色を変えない。熱がったり痛がったりする素振りもない。火傷をした様子もない。
「お前」
佐久間はリクに、勝ち誇ったように笑い掛けた。
「甘く見るなと言ったろう? 残念だったな、リク。トーチは俺を火傷させることは絶対にできない。エドの持つ大元のトーチでも無理だ。俺はそういう体質なんでね」
こいつは悔しがっていた。ソファの脇でリクを見下ろす佐久間を睨み付ける。
「ポールの手が治ったら治療の続きをしてもらうんだ。わかったな」
誰も佐久間の体質を知らなかったらしく、キースもポールも川原も目を見開いて、三人共見るからに驚愕していた。ポールの手の治療は数分で終わった。ポールは直ぐにリクの治療の続きに取り掛かろうとしてくれたが、川原の様子がおかしい。ふらついている。その直後に倒れそうになった。一番近くにいたキースが素早く体を支える。
「ルカ!」
ポールはリクの治療に取り掛かるのを止めて、川原の元へ行く。
「お父さん」
意識はあるみたいだが、声が弱々しい。
「ルカはまだ十五歳なんです。オーバーワークだ」
ポールは佐久間にそう説明していた。
「ルカは一月生まれで来週十六歳になります。今はまだ痣をフルには使えません。先程学校でトーチによる大火傷の治療をしているんで、俺の手の治療もして限界がきたんでしょう。トーチによる火傷の治療はベテランの大人でも大変なので、短時間に二人は十五歳のルカには負担が大きかったのかもしれません」
ポールは川原の額に手を当てて、体を調べているようだ。
「暫く休めば大丈夫そうだ。数日間痣を使うなよ、ルカ」
「キース、君がいつも泊る時の部屋へ、ルカを連れて行ってあげてくれ」
「わかりました。ゆっくりでいいから行くぞ」
キースが川原に肩を貸してやっている。
「俺も手伝います」
笹本も立ち上がると川原を支えてやっていた。三人が行ってしまうと、ポールは再びリクを見た。
「全く、騒動ばかり起こして……今度こそは大人しく治療させてくれ」
こいつはポールに笑い掛けた。きっと不敵な顔をしているだろうとわかる。ポールはリクの頭に手をのせると、治療を再開した。リクの中のこいつは一頻り暴れて気が済んだのと佐久間に対する警戒で、今は大人しくしている。隣のテーブルの上でチャンスがずっとリクの様子を観察していた。チャンスは明日から佐久間の家に遊びに来るのを楽しみにしていたのに、リクがぶち壊しにした。じっとリクを観察するチャンスは、いつもと違うリクに不安がっているような気がする。ここに置いとくのは可哀想だ。キースが戻ってきたら、読書やチェスで遊んでやって欲しい。リクはこいつに言う、『俺の代わりにそれ位伝えてくれたっていいだろう』と。
腫れた瞼で塞がっていた右目が見えてきた。ポールがリクの右目を覗き込んでいる。
「あれ?」
ポールが更に顔を近付けて、リクの瞳を覗き込んだ。
「え? え?」
ポールがリクの瞳の中を気にしている。
「佐久間先生、もう少し部屋を明るくできますか?」
「どうした、ポール?」
「治療は上手くいっていると思うんですけれど、もう少しよく見てみたくて」
佐久間はフロアランプを運んで来てくれた。それをリクの頭の上から照らす。
「眩しっ、何しやがる!」
顔を逸らそうとしたリクの頭を、佐久間が両手で押さえて固定した。
「少し我慢しろ」
佐久間には何もやり返せない。効果がない。リクの中のこいつは苛々しながら、ランプから視線だけは外した。
キースと笹本が戻って来た。しかし笹本は、まだ封の開けられていない五百ミリリットルのミネラルウォーターのペットボトルを一本テーブルの上から取り上げると、それを持って再び部屋を出て行った。川原が喉が乾いたら飲めるように、ベッドサイドに置いておくのだという。やはり笹本は友達思いのいい奴だった。
「そうか、そういうことだったのか。今まで全く気付かなかった」
突然ポールはそう独り言を言った。
「ポール?」
佐久間が不思議そうにポールを見る。
「最初は怪我かと思ったんですが、ちょっとこれを見てください。右目の黒目に当たる部分の中の、耳側ですね。黄色い瞳の中に」
佐久間もリクの右目を覗き込む。
「あーあ、これか、確かにそうだ、驚いたな」
「これからもこういうことは起きるかもしれません。詳しく記録に残しておいた方がいい」
二人は何の話をしているのか。リクは早く説明して欲しい。
佐久間は鏡を持って来た。使う時だけ広げて卓上に置く折りたたみ式のA5位のサイズの鏡だった。それをリクに渡す。
「自分で見てみるといい」
鏡を覗き込むと、萌黄色の髪に淡黄色の瞳のリクがうつった。いつもと違う自分は何とも不気味。この髪の色の人間は自然にはいない。瞳も異常に黄色い。何でこんな姿に。こいつは凄く気に入っている。
「右目をよーく見るんだ。さっき言った、黄色い瞳の中の、瞳孔の耳側」
リクはポールに言われた場所を凝視した。何か黒子みたいな黒い塊が見える。いや、よく見ると黒じゃなくて濃茶色の塊だ。でもこれは塊なだけじゃない。塊みたいな物から腕が二本伸びていて。
「ええっ?」
これにはリクの中のこいつも驚いた。声を上げた。
リクはこれに見覚えがある。
これは夏にスティーブから見せてもらった、
会社で服が燃えた女性のお腹に在った、
あの印だった。
読んでくださってありがとうございました。




