出られないリク
車は程無く佐久間の家に到着した。見慣れた門。リクにとっては月に何度か訪れる佐久間の家だ。ポールがインターホンを押すと直ぐに門が開き、車ごと邸宅の庭に入った。適当に車は止められ、五人で車の外へ出る。
「すみません、佐久間先生。突然三が日に」
ポールは大人らしく、確りと挨拶をしてから詫びていた。
「男の一人暮らしに三が日は関係ないよ。明日エドも来るしね。彼が笹本圭祐君?」
佐久間は初対面の笹本を見た。
「初めまして。笹本圭祐です」
流石学費の高い学校に通う、躾けられたお坊っちゃま。こんな状況でも佐久間に対する挨拶はきちんとしていた。
「初めまして、佐久間だ。緊張しなくていいよ。リクの友人を傷付けたりはしない。君はちゃんと御両親の元へ返すから、心配しないで」
日本人らしい外見の佐久間の言葉にホッとしたのか、笹本は肩の力が少し抜けているように見えた。中に入れてもらうとこれだけの広さの家に圧倒されたらしく、笹本は部屋の中をキョロキョロと見回し始めた。ソファに座るとローテーブルにデリバリーのピザが置かれていた。ポールから電話が掛かって来て直ぐに、注文しておいてくれたそうだ。取り皿とコップとペットボトルの飲み物が出された。
「お腹が空いているだろう。三人は先に食べなさい。リクとポールはこっちへ来て。ポールに怪我を見てもらおう」
佐久間の言葉にキースがピザの箱の封を開けて、皿の上にピザを配り始めた。川原がコップにお茶を注いでいく。この異常な状況の中、笹本はただじっと座っていた。リクはポールに促され、少し離れた一人掛けのソファに座らされる。
はっきり言って、殴られたり蹴られたり、体中が痛い。それなのにリクの中のこいつはまだ体を動かせる。リクは勘弁して欲しい。タフな奴だった。
ポールはリクの頭にそっと手をのせた。
「右手を退けて、目を見せて」
右目を隠しているのはリクの意思ではない。リクの中のこいつの意思だ。思ったよりも素直にこいつは右手を退けた。でも手を退けても殴られて瞼が腫れていて、前がよく見えない。
「体中打撲だらけだな。随分とやられたね」
「この馬鹿がやり返さないからだ。相手に怪我させたくないんだとよ。俺がいなきゃ今頃死んでいるか大怪我しているぜ、こいつ」
「瞼の腫れは酷いが眼球に問題はない。良かったよ。顔面の骨も折れてない。ただ肋骨は折れているけど大丈夫そうだ。纏めて怪我を治すからじっとしていて」
「キース! キース! リク様は!」
黙っていることに耐えきれなくなったらしいチャンスの声がした。チャンスはキースのボディバッグの中に入れっ放しだ。ピザを配り終わったキースはお絞りで手を拭くと、ボディバッグからチャンスを取り出した。そしてチャンスをリクの傍のテーブルの上に置く。夏に佐久間とチャンスがチェスをしたあの小テーブルだ。チャンスはリクを見上げて首を傾げた。
「リク様、その髪と目はどうなさったのですか?」
髪と目。先程ポールがやはりそれに関して言っていた。
「何故髪の色が緑で瞳の色が黄色いのですか?」
そんな色に変わっているとは。チャンスに言われてリクは早く鏡が見たくなった。でも周りにはない。洗面所へ行きたいが、リクの中のこいつは承知していて行かなくてもいいと思っている。鏡を見たがっているリクを嘲笑っていた。でもそれよりもリクは、こいつがチャンスに暴言を吐き傷付けるのではと気が気ではない。
「チャンス、こいつはいつものリクではない。心無いことを言うけれど気にするな。大人達が元に戻してくれる」
先にキースが説明してくれた。リクもそう願いたい。
「そう簡単には戻らねえよ」
こいつはわざとキースと目を合わせて笑った。そういえば何となく、こいつとはお互いの考えや感情を共有できている気がした。こいつもリクの一部、リク自身なのかもしれない。今頃気付いたかボケ、とこいつから伝わって来た。川原と笹本は、リクの隣で何やらベラベラしゃべるロボットを、ピザを食べながら不思議そうに観察していた。
やはりポールの治療は素晴らしい。リクの体中の怪我はどんどん治っていった。痛みが段々と引いていって、瞼の腫れも取れてきた。少し元気が出た。先程まではピザを見ても食欲はわかなかったが、今なら八分の一カット一、二枚ならいけそうだ。
「飛行機に乗る前のエドに連絡が取れた。羽田に着いたらエドは空港からまっ直ぐにここへ向かってくれる」
佐久間からの報告に、ポールがホッとしている空気が伝わってきた。そのポールの様子に、リクの中のこいつは嬉しそうに笑っている。ポールが自分に手出しができないのが、現状を解決できないのが嬉しいからだ。
「リク。甘く見るなよ。俺はお前が何だか知っているし、力尽くで解決してもいいんだぞ」
佐久間の声。それは初めて聞いた恐ろしい声だった。佐久間はいつも穏やかにリク達を気に掛けてくれている。声を荒げたことなど一度もない。でも今の声は恐ろしかった。荒げてはいない、でも万が一何かをしでかしたら容赦しないぞと脅しているように聞こえる声。川原とキースは何かを感じたように急にピザを食べるのを止めて、緊張して佐久間を見ている。リクの中のこいつは警戒して佐久間を睨む。リクの背筋に冷たい物が走った。部屋の空気がピンと張り詰め、暖房している室内の温度が下がった気がした。佐久間が一体何者なのかわからない怖さに、笹本以外のメンバーが凍り付いているのがわかる。
「本物のリク、君には何もしないよ。他の面々にもだ。安心しろ」
「本物って言いやがったな! くそ爺! 本物は俺で、こいつが偽者だ!」
リクの中のこいつはそう叫ぶと、治療中のポールの手を薙ぎ払って立ち上がった。世話になっている佐久間にくそ爺と暴言を吐く礼儀知らずのこいつを、リクは許せない。何とかこいつと入れ替わりたい。
「こんな奴にフォレスター家が守れると思っているのか? トーチを守れると思っているのか? 自分の体さえ自分で守れないんだぞ? 笑わせんな!」
「では君だったらどうやって守るというんだ?」
佐久間は冷静な声でリクに尋ねる。
こいつの言い分は酷かった。力による支配。腕力、財力、権力あらゆる力を使って人々を捩じ伏せる。そして逆らう奴は悉く潰す、殺す。そうやって一族を守るという。確かに、リクにはできない。でもこいつなら躊躇わずできる。
「言いたいことはそれだけか? くだらないし、能がないな。現当主エドに遠く及ばない」
リクの体が突然緑色に発光し、ローテーブルの上のピザがいきなり炎を上げた。今までそれを食べていた三人は驚く。しかしこういう時の反応はキースと川原はやはり的確だ。二人は直ぐに笹本を庇った。
「火傷は無いか?」
川原が尋ねる。笹本は仰け反ってビビってはいるが、「な、ない」と答えた。良かったとリクは胸をなで下ろす。本当に笹本には今直ぐにでも頭を下げたい。でもリクは今思い通りに体を動かせない。リクはいつか絶対に笹本に返そうと、笹本は大切な友達だから困っている時は力になろうと、そう心に決めた。だから今は許してくれとリクは只管笹本に、心の中で謝り続けた。
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