残忍なリク
注意という程ではありませんが、会話が酷いです。
「動くなよ。動いたら即火傷させる。キース、川原お前らも加われ。大して面白くもなさそうだが、暇潰し位はできるおもちゃだぞ。壊れたって別に構わないだろう。笹本、他人に話すなよ。話したらお前、燃やすぞ」
笹本まで脅している。早く体の自由を取り戻さなくては大変な事態になるのに、リクは自分の体を自分の意思で指一本動かせない。
「こいつらを甚振ってそれから殺すつもりなのか? リク」
キースはリクと三人の間にやって来て、三人を見下ろした。
「わからん。取り敢えず、これで遊ぶ。つきあえ」
「遊ぶのは構わんが、記憶操作し難い怪我人や始末し難い死体は作らないでくれ。警察が煩い」
「つまんねー」
「あ、あのさ。もう帰ろうよ。桜井の怪我は俺が治すから。俺父親と同じ能力があるから。そいつらと笹本はキースに記憶操作してもらって、今日のこれはなかったことに」
川原が提案した。目の前の三人も、外れそうな程必死に何度も首を縦に振っている。
「あぁ?」
リクの体は不機嫌な声を出し、川原を睨んだ。
「何お前、怖いのか?」
「そいつらが死のうと生きようとどうでもいいし、普通の死体にするんならいいんだけど、リンチされた気持ち悪い肉塊は見たくない。どうせキースの言うことなんて無視して暴れるんだろう?」
「けっ、あっちで目、塞いでろ」
「耳も塞いどく。耳障りな声も俺、嫌いだから」
リクの体は三人に向かって歩み寄る。
「きったねーな。素っ裸がション便漏らしてるぜ。さっきまでの威勢はどこ行ったんだ?」
三人は悲鳴を上げた。
「く、来るな! 化け物!」
素っ裸が叫ぶ。
「化け物? おいおい、勘違いするな。俺達は化け物じゃない、神だ。お前らは人間の分際で神を怒らせたんだ。それなりの罰が下されて当然だろう? 折角お前らの希望通りキース呼んで暇潰しに付き合ってやるんだから、恐怖と苦痛と絶望に歪んだ、いい顔見せてくれよ。じゃなきゃ痛め付ける意味ないだろ? おい、期待してるぞ」
今リクの体を乗っ取っているこいつは、とんでもないことを言っている。リクはとにかく体を取り戻したかった。どうにかしてキースに伝えなければ。本物のリクはこいつらを殺したくは無い。止めて欲しい。声を、何とか声だけでも出せれば。リクはリクの中の何かと鬩ぎ合いながら、やっと声を取り戻した。
「キ、キース、俺、じゃない。嫌だ、殺、したく……ない。助け……てくれ」
リクは体の動きの自由も何とか取り戻した。歩みを止めて、どうにか膝をついた。キースは天を仰ぐと大仰に溜息を吐く。
「あーっ、全く! この次期当主は世話が焼ける!」
とうとうキースの口から愚痴が出た。キースは取り敢えず三人の首筋に順に手を当てて気絶させた。それから今度は一人ずつ頭に手を置いていく。
「俺は記憶を挿げ替える。川原、こいつの火傷を完全に治さなくてもいいから、もうちょっとマシにしてやってくれ」
「えーっ、ほっとけばいいのに。やだな。そんなことに力使うの」
「いいから、やれ」
川原はかなり嫌そうにノロノロ歩み寄ると、火傷をした少年の額に手を置いた。
「キースがこんなこと頼む奴だとは思わなかった」
「わかっている。俺だってお前に頼みたくはない。でもこの少年の手が使えなくなったら、真面な方のリクは気にするだろう。後々面倒臭い。理由はただそれだけだ。全くリクといると調子が狂う」
リクは膝をついたまま顔だけ後ろを向けると、笹本を見た。数メートル離れた所でボーっと立ち尽くし、リク達を見る笹本。もう笹本は記憶操作か仲間に引き入れられるか、どちらかしかない。
「キース、キース、何があったのですか? リク様は無事ですか?」
ボディバッグの中でチャンスが喚く。急いでいた所為だろう、キースはチャンスをスリープモードにして来なかったのだ。リクはキースの背中のボディバックを見た。
「リクは大丈夫だ。チャンス、頼む、黙っててくれ」
「誰の声だ?」
これには川原も辺りをキョロキョロ見回した。
「え? 他に誰かいるのか?」
リクの耳に笹本の声も聞こえた。笹本を見ると川原同様辺りを見回している。
次から次へと湧いて増えていく問題。キースはうんざりしたように溜息を吐いた。
「二人には今の声については後で説明する」
「皆、大丈夫か?」
リクの背後でポールの声がした。ポールが来たのだ。川原の話ではリクと笹本をバス停付近で見掛けて直ぐに、ポールに電話を入れてくれていた。その後キースと合流し学校に向かっていることもポールに連絡を入れていた。
「え? リク君? どうしたんだ? その髪と目の色は」
ポールは戸惑うような声で話し掛けた。しかしリクは何故か声が出せなくなっていた。リクから返事はできない。しかし聞こえてはいる。体を見るともう発光はしていなかった。だがポールの言う髪と目の色という意味がわからない。鏡がないので確認しようがない。気になるが今はこの場を何とかする方が先だ。
ポールは川原とキースの側までやって来ると、携帯電話を取り出しどこかに電話を掛け通話を始めた。現状を相談している。その時突然、体育館の窓から漏れた光がリク達を照らした。体育館の電気が点いたのだ。校門も施錠されていなかったし、体育館の入口の電気も点いていた。やはり誰か校内に居る。
「見付かる前に逃げろ」
ポールの声にまず笹本が校門へ向かって走った。遅れて川原が走ったが身体能力の差があり、あっという間に笹本を追い越した。電話を切ったポールが笹本に追い付き並走する。
「リク!」
キースは逃げて行く三人をぼんやりと見ているリクの腕を引っ張った。リクも立ち上がり、校門へ向かってキースと共に走り始める。右目以外で最も痛い右脇を前屈みで庇いながら、何とか逃げる。途中で一度だけ振り向いた。気絶した三人に体育館の電気の光が当たっていて、暗い中その姿がぼんやり浮き上がって見えた。体育館の中の人物が三人に気付くかもしれないと思った。
学校近くのコインパーキングに、ポールの車は駐車されていた。急いで料金を精算して五人で乗り込む。
「佐久間先生の所へ行くぞ」
ポールはそう言うと、車を発進させた。
車は片側三車線の幹線道路を走っている。車が赤信号で止まり、リクは目の前の案内標識を見た。車はA通りをB駅方面に向かっている。車は県境の川を背に都心方面に向かっていた。青信号で車は再び発進し、正月で交通量の少ない都内の道路をとばした。
ポールの車に乗り込んでから、リクはまたこいつに体を取り戻されていた。こいつは一時でもリクに体の自由が取り返されたことに激怒し、先程よりも強力にリクの精神を外に出られないように閉じ込めた。しかしリクの中のこいつは誰なのか。リクの意思を無視して暴言吐いたり、人を殺そうとしたり。今は大人しくしているけれどそれは車の中の四人を観察しているからだけで、何か気に入らない事が起きれば罵って暴れるだろう。
C陸橋と書かれた立体交差で再び赤信号。車は止まった。後部座席のリクの右隣りは笹本。左隣りがキースだ。その笹本はさっきからずっと落ち着かない。キョロキョロと車内を見回している。今は首を捻って、リヤウィンドーから今来た道を見ていた。リクの中のあいつも顔を上げ一瞬だけ後ろを見たが、後続車は来ていない。その後笹本はドアの開閉レバーをじっと見ている。
「おい、笹本」
リクの向こうからキースが笹本に話し掛けた。キースは無表情のままだ。
「今考えていること、実行するなよ。無駄だ」
リクの中のあいつは吹き出すと、楽しそうに声を出して笑った。助手席の川原が振り向いて笹本を見る。笹本は息を呑むと、何かに耐えるように口を一文字に引き結んだ。下を向くと、太ももの上の両手をギュッと握る。
「圭祐君をどうこうしようなんて、この中の誰も思ってないよ。キースももうちょっと言い方があるだろう」
運転席のポールが溜息を吐いていた。隣の席の笹本は見るからにリク達にビビっている。笹本はいい奴なのにとんでもないことにこんな形で巻き込んでしまって、リクは何度も心の中で笹本に謝った。声を出して謝りたいが、リクは今、声が出せない。
「笹本」
リクの中のこいつが笹本に話し掛けた。
「チキンの方の桜井が、お前に謝っているぜ。こんなことに巻き込んで悪かったってよ」
狭い車内、どこにも逃げられない。でも笹本はその言葉を聞いて、体を極力ドアの方へ寄せた。リクと笹本の間には五センチ程の隙間しかできないのだが、それでも笹本はリクから少しでも遠ざかろうとしていた。ポールが再び盛大な溜息を吐いた。
「リク君、車から降りるまで黙っていてあげてくれないか。圭祐君が怖がっているだろう。気の毒だ」
リクの中のこいつは顔を上げると右目を手で隠したまま、ルームミラーに映るポールににっこり微笑んでやった。それから再び下を向く。リクは今、体の自由はきかないが痛みだけは感じていた。右目が痛い。体も痛い。こいつは元気だが、リクはもうこのまま眠りたい。車はどんどん東京の中心地へ向かって行く。リクは早く佐久間の家に着いて欲しかった。
読んでくださってありがとうございました。




